58.王の最後
【フィリックス】
フィリックス・フィーナリオンは、
一人だけ、目が覚めた。
荒野には、クロノスナンバーたちが倒れている。
倒れている者たちへ、一礼をすると、
フィリックスは王城へと向かった。
王都へ着く。
遠めに王国軍が見えるが、
他の軍に降伏している姿が見えた。
あらためて王都を見る。
城門は開いていて、逃げ出す者が溢れていた。
まさに、悲惨な景色だった。
彼が幼い頃、この国はこの世界で一番の活気があったと自負している。
その民たちを誇りに思っていたし、善政を行う父を誇りに思っていた。
しかし、貴族たちは、民に対して、愚かな行為をたびたびする。
彼らがいなくては、貴族は成り立たないというのにだ。
しだいに貴族が疎ましくなった。
貴族を滅ぼし、国民と王家だけにする。
これも一つの答えであろう。
王城へ向かうと、途中で一人の少女と会った。
まだ10才にも満たない少女だ。
「あなた、国王さま?」
どうやら、意識が朦朧としているようだった。
その少女に向かって答える。
「そうだ。」
「お母さんを帰してっ!」
気づくと腹部にナイフが刺されている。
どうやら、少女に刺されたらしい。
その衝撃からか、少女の意識がはっきりとしたようだ。
そして、少女は、少女自身の手を見て、うろたえていた。
「すまんな。」
少女の頭に手をポンとおいて、なでてやる。
その顔は慈愛に満ちていた。
ここで倒れるわけには、いかない。
この少女に人殺しの罪を背負わせるわけにはいかないのだ。
「すぐ、時代は変わる。
もう少しだけ、辛抱してくれ。」
腹部の痛みをこらえつつ、王城へと、向かう。
王城には奴隷が溢れていた。
主に若い女性たちだ。
みんなやせ細っている。
生きているだけでも奇跡に近い状態なのかもしれない。
奴隷契約をしていない者たちは、既に逃げてしまったようだ。
奴隷たちは命令がないと、逃げ出すことすらできないのだから、
仕方がないだろう。
「汝らにつぐ。
奴隷契約を解除する。」
奴隷たちは、驚いた。
そして、奴隷契約を解除すると、殴りかかってくる者もいた。
仕方ないと受け入れる。
しかし、奴隷たちは既に体力の限界だった。
「すまぬな。
次の時代で、幸せになってくれ。」
多くの奴隷たちは、理解できていない。
だが、理解した者の中から声をかけてくる者がいた。
「一体、何があったのかは聞きません。
ただ、この国の最後まで、お供にいさせて下さい。」
よく見ると貴族の娘たちだ。
最後まで仕えてくれるらしい。
「すまぬな。
他の者たちは、まだ動けるなら、
早く逃げ出すといい。」
最後まで供に付いてくる者の中に、
お腹の大きな者がいた。
「お体は、大丈夫か?
無理をしないように。」
「大丈夫です。
お気遣い、ありがとうございます。」
誰の子か聞かない。
答えは分かりきっているからだ。
「次の時代、何とかその子と幸せになってくれ。
この首飾りを持っていくといい。」
その女性に首飾りを渡す。
罪滅ばしにすらならないが、ないよりはマシだろう。
王の間へ来る。
レオンハルト公爵たちの遺体がある。
この男も、おそらく操られていたのだろう。
ふと、レオンハルト公爵の傍にいた男を思い出す。
まったく恐ろしい男だ。
たった一人で、この国を破滅に導いてしまった。
だが、それも含めて、王の責任だ。
受け入れるしかない。
「謁見の準備をお願いしたい。
頼めるか?」
「やれる範囲でやりましょう。」
「それと、白系の服を着たい。」
「かしこまりました。」
あと少しだけ、この国のために生きなくては。
あと少し…。
ダメだ…。
ほんの少しだけ、目をつむろう。
しばらくすると、あたりが騒がしくて目が覚めた。
見回してみると、マリーナ姫を筆頭に、アテナ女王、市民反乱軍のグラトニーや大勢の者たちがいる。
王の間には、人々で溢れかえっていた。
自身の服は、お願いした白い服だった。
礼を言おうとしたが、誰もいない。
少し休んだからだろうか、肌が昔のように戻った気がする。
「マリーナ・フィーナリオンの名において、
フィリックス国王の罪を裁きにきました。」
そうか、このマリーナが次の国の生贄になるのか。
だが、分かる。
このマリーナでは、国の舵取りはできない。
今も、言わされているだけの、ただの道化でしかないのだろう。
あの時、カインが使った手をそのまま使わせてもらうか。
「久しいな、マリーナよ。
いや、マリーナ・レオンハルトよ。
汝には、以前から謝らなければならないことがあった。
あの時、王家はクロノスナンバーの力が欲しかった。
だから、そなたの兄であるカインの嘘を認め、王家の一員としてしまった。
汝は、レオンハルトの性へ戻るがよい。
今まで、ご苦労であった。」
台本には絶対にないセリフだ。
目の前のマリーナは、ただうろたえるしかできない。
もはや、悪魔の証明なのだ。
誰も真偽は証明できない。
アテナが歩み寄る。
「それでも、市民達の代表は、
マリーナであることに変わりはない。
それにレオンハルト公爵家も遠縁ではあるが、
王家の血を引いているはずだ。」
これで、かまわない。
カイン・レオンハルトも、
この場で王家の血を引いていることが証明された。
彼になら、この国の行く末を任せられる。
これで、この国の次代の王は決まるだろう。
さて、自分でも分かっている。
もう長くは持たない。
この円舞曲も、終曲を迎えよう。
この体よ、あと少しだけ持ってくれ。
神よ、この愚かな王に、
この国のために、あと少しだけ働かせて欲しい。
まだ最後の儀式があるのだ。
「余の名は、第27代フィーナ国王、
フィリックス・フィーナリオンである。」
なんとか立ち上がり、剣を持つ。
マリーナも剣を構えた。
残念ながら、もう一歩も歩けない。
このマリーナに近づいてきてもらうしかない。
私は待った。
しかし、マリーナはなかなか動こうとしない。
自らの剣を見ると、自分の血がたれてきていた。
マリーナの剣は、震えている。
仕方ない。
小さな声で話す。
「汝は、汝の役割を果たすがいい。
汝の罪は、私が背負おう。
だから、気負わなくていい。
セレン。」
セレンだけでなくクロノスナンバーも驚いている。
私も何故、このマリーナがセレンと思ったのか分からない。
でも、間違いなくマリーナの付き人であったクロノスナンバーのセレンだ。
セレンがゆっくりと近づいてくる。
私は、注意深く当たらないよう、剣を横に振る。
だが、振りかぶった後、制御ができなくて、
後ろの椅子に血でできた赤い横の線ができるほど、
大ぶりになってしまい、剣もどこかに飛んでいった。
セレンは、そのまま私を刺す。
そのまま、私は崩れ、椅子へ戻ってしまった。
体がズルズル落ちていく。
意識がもうろうとしてきた。
最後の思いを小さな声でつぶやく。
「どうか、
国民 、
幸せ
心から祈る 。」
聞き取れた者は、いない。
だが、ところどころの単語だけは聞こえた。
何を言いたかったのかは、その単語だけでも分かる。
グラトニーは叫ぶ。
「王は、逝かれた。
これで、この国は平和を取り戻した!」
わぁっと、歓声が広がる。
その声は、外へと拡散していく。
あっという間に国中へ広がり、
各地で、喜びの声があがった。
フィリックス国王が倒れた椅子には、
血で作られた赤い十字架ができあがっている。
赤い十字架を背負い、
フィリックス・フィーナリオンは、
ここに崩御した。
そして、フィーナ王国は、最後の時を迎える。
後世の歴史家は、
フィーナ王国の研究で、
この最後が作り話ではないかと指摘している。
彼は暗君であった。
彼は愚王であった。
当時の人口数の激減は、
彼が行った施策が原因であったのは間違いないと断定できる。
何故なら、代わりに政策を行うことのできる貴族たちは、敵対しており軍事行動を起こしていた。
この時、国王以外に施策を行える人物がいなかったのだ。
それほどの愚かな王であったはずなのに、
彼の最後は慈愛に溢れていた。
彼の願いは最後の言葉に込められている。
「どうか国民よ、幸せとなることを心から祈る。」
もしかしたら、聞き間違いかもしれない。
「どうか国民たちに、死を。心から祈る。」
聞き間違えてもおかしくないからだ。
だが、当時の人の証言によると、
国王の顔は慈愛に満ちていたという。
明らかに政策を行った内容と、
人々の前に姿を現した際の内容では、
真逆の性格なのだ。
どちらにせよ、フィリックス・フィーナリオンを最後に、
フィーナ王国は滅亡した。
こうして、最古の王朝は、歴史に幕は閉じたのだった。
次回、『59.初恋』へつづく。