44.絶望の村
夜会が終わった後、
祭りの余韻を楽しむ間もなく、
ジャックとインパルスと会った。
「インパルス、ジャックさん、
半日ほど、フィーナ国へ偵察へ向かいますので、不在にします。」
ジャックとインパルスは、驚いた。
「一人で行く気か?
ダメだ、せめて護衛に俺を連れていけ。」
「いえ、私の方がフィーナ国を知っている。
私が付いて行くべきです。」
俺は、2人の申し出はありがたかったが、
断ることにした。
「申し訳ありませんが、
今回は一人で行きたいのです。
それに、2人にはお願いがあります。」
2人は俺の意志を汲んでくれた。
魔王となった義妹のマリーナを偵察に行くのだ。
感傷に浸るのは、やむを得ないだろう。
「分かりました。
それで、お願いというのは?」
「まず、インパルスには、
飛竜を何匹か使役して欲しい。」
驚くインパルス。
「空戦部隊を作るのか?」
「えぇ、おそらく必要となります。
それと、ジャックさんは、
俺とインパルスが不在の間、
国のことをお願いしたいのです。」
「つまり、留守番か。」
少しだけ、ふてくされるジャック。
だが、守りは重要なのだ。
今の俺にとって頼れる存在は、
2人だけなので、致し方ないだろう。
ただ、留守番だけでは、
時間がもったいないので、
国王軍と貴族軍の戦力、
自軍の戦力を分析し、
報告書を執務室に置いておいてもらうこととした。
「それでは、また明日の朝、
会いましょう。」
俺たちは、そこでいったん解散した。
クレアへ、アテナへの伝言を頼むこととする。
軍議の要請だ。
できれば、市民反乱軍のリーダーも呼んで欲しい旨を依頼した。
さて、転移するか。
ウィズ、転移が可能なフィーナ国から最も近い村へ行きたい。
頼めるか?
『報告:ハルシュタット村はいかがでしょうか?』
あそこか。
少しだけ、王都から遠いが、充分だ。
あの村は湖もあり、
美しい村で有名だ。
王都の偵察の前に心を和ませることにもなる。
「よしっ、転移!
ハルシュタット村へ!」
俺の周りの地面から、魔方陣が出現し、
俺を中心に、周りの空間に光の文字が包み込む。
淡い光が全身を包み込み、
そして、転移した。
ハルシュタット村の人々は、
美しい湖の恩恵もあり、
観光業で成り立っている。
フィーナ国でも随一の裕福な村である。
村人は、自らの村を誇りに思っていたし、
ふくよかな人が多かったことから、
食生活も豊かだったと伺える。
「いったい、何が起こっているんだ?」
俺の目の前には、
乞食が溢れている。
カァーカァー。
カァーカァー。
たくさんのカラスの鳴き声?
まさか!?
俺は、カラスが鳴く方へ向かった。
墓場だ。
そこには、言葉にできない光景が眼前に広がっていた。
俺は、記憶にあった、村長宅の家へ向かう。
しかし、見つけられなかった。
いや、正確には、村長宅だったものしか見つけられなかった。
村長宅があった場所は、
火事と思われる原因で焼け落ちていたのだ。
そして、あたりには、血の跡が残っている。
俺は、近くの人に、何があったか聞いた。
「何があったんだ?
教えてくれないか。」
「…。」
村人は口を閉ざした。
生気も失われており、
話す余裕がないらしい。
空腹のせいかもしれない。
せめてもと思い、
アイテムボックスにあった、
食糧を置いた。
ツヴァイが話しかけてくる。
「カイン、やめておけ。
お前は見たくないものを見ることになるぞ。」
ツヴァイ、すまん。
俺には何もせずにはいられない。
せめて、これで何とか生き残って欲しい。
俺は、そう願ったのだ。
しかし、悲惨なことが起きた。
その食糧を巡って、
暴動が起きたのだ。
「これは、俺のだ!」
「お願い、せめて子供の分だけでも!」
「うるさい!」
俺の顔が蒼白になる。
俺は、叫んだ。
「皆の食糧は充分ある!
仲良く分け合ってくれっ!」
「あんたか、この食糧を恵んでくれたのは?
足りない!
もっと、くれ!」
「お願い、何でもするから。
夜の相手もするから。
だから、食糧を恵んで!」
「あんた、貴族か?
お前らが食糧を奪ったんだ!
返せっ!」
俺に向かって、
人々がワラワラとゾンビのように近寄ってくる。
俺を中心として群衆ができた。
まるで地獄絵図だ。
何故、こんなことになる。
何故、人はここまで壊れられるんだ。
「御仁、こちらへ。」
群衆の中から、手を引っ張るものがいる。
俺は、どうすることもできなかったため、
その者についていき、
群衆の中から逃げ出した。
そして、村の外れにある家へ辿り着いた。
「申し遅れました。
私の名は、シャレットと申します。」
30才ぐらいの男だろうか。
だが、明らかに村の人とは雰囲気が違う。
「シャレット様、お救いいただき、
ありがとうございます。
もし、よろしければ、
いったい何が起こったのか、
教えていただけないでしょうか?」
シャレットは、つらそうな顔をして話してくれた。
「この村は、本来、湖の恩恵もあり、
裕福な村でした。
しかし、ある日、貴族軍が食糧を徴収していったのです。」
貴族軍は村から食糧を徴収するとともに、
国王軍がこの村へ食糧を供給するよう仕向けさせて、国王軍の食糧不足に陥れようとしたわけか。
「そして、すぐ国王軍がやってきました。
税の引き上げの勧告と、
若い女性の提供を告げに…。」
俺は驚いた。
「食糧を提供していただけなかったのですか?」
「はいっ、村長が説明し、
国王軍にお願いをしましたが、
不敬罪として処断されました。
また他にも反対したものは、
処断かバスティーユ監獄に収監されました。」
「なんでまたそんなことを…。」
「分かりません。
そして、村のまだ元気なものたちは、
市民反乱軍の募集に応じて、
出て行きました。
それにより、男手も失い、食料調達も困難となったのです。」
「せめて、湖の魚や、森の木の実などの採取はできなかったのですか?」
「残念ながら、国王軍が去った後、
湖・森・街道に今までにない魔物が溢れ、
何もできなくなりました。
まだ村が存続しているのも、
奇跡に近いことなのかもしれません。」
俺は、思わず上を見上げてしまった。
そして、自責の念にかられる。
俺は、自国民のことやマリーナのことしか考えていなかった。
その結果なのかもしれない。
故郷であるフィーナ国の現状から、
目を背け続けてしまったのだ。
「ところで、シャレット様は、
こちらで何をされているのですか?」
「私はここで、市民反乱軍への反対活動を行っております。
市民が反乱を起こせば、
多くの血が流れることとなります。」
「そうかもしれません。」
「それに、滅びゆくフィーナ国に、
一人ぐらいそういう者がいてもいいでしょう。」
そうか、シャレットはもう理解しているのだ。
この国は滅びるのだと。
そして、この国に殉教することを決めているのだ。
俺は、お礼を言って、
この家から立ち去った。
俺は、この後、シャレットと会う事はできなかった。
フィーナ国滅亡後、
俺は、シャレットを探させた。
そして、分かったことは、市民反乱軍への反対活動を行っていたシャレットは、
国王軍に反乱の疑いをかけられ処刑されたことだった。
俺は、シャレットと分かれた後、
街道に出てきた。
ここから、フィーナ国の王都まで一直線である。
魔物がいる。
俺は、魔物を駆逐しながら進むことにした。
「雑魚がっ!
!?
いや、雑魚じゃない!?」
魔物にはS~Gランクまである。
ジャパンに棲息する魔物は、
最高でもBランクだ。
Bランクは、凄腕の一流冒険者が数人がかりで倒す等級である。
それが、街道に溢れているのだ。
前までは、街道にはGランクしかいなかった。
何が起こっている!?
マリーナが魔王となったことが影響しているのか?
フィーナ国に向かえば向かうほど、
Bランクの魔物が現れる確率が増えてきた。
王都城壁の外側にたどり着く。
しかし、城壁から先は、
魔物が入れないような結界が張ってある。
これは、昔からだ。
それに加え、
今は魔力に満ちた結果が張ってある。
黄龍リュクレオンが話しかけてきた。
「これは、魔王の結界じゃな。
触れた瞬間に感知されるぞ。
決して、触れるなよ。
この魔王は、ワシよりも強い!
この魔王の結界で、周りの魔物が活性化し、
強くなったのじゃな。」
黄龍リュクレオンが、
そこまで言うほどの強さなのか。
そして、これが転移できなかった理由か。
ウィズが話してきた。
「提案:城壁の兵士に見つかりそうです。
転移を勧めます。」
俺は、城壁の兵士を見る。
全員、嫉妬の種を保有している。
さらに驚いたことにステータスは、
通常の兵士の5倍の力を持っていた。
「ここまでか。
よしっ、転移する。
ウィズ、結界の分析を頼むっ!」
俺は、ジャパンへ転移した。
その場に入れ違いで、
マリーナが現れた。
妖艶な格好をしている。
「あら残念。
カインお義兄さまに会えなかったわ。
ふふふっ。
早く会えるのを楽しみにしていますね。
そして、早く私と愛し合いましょうね。」
マリーナは、また自らの居城へ戻っていく。
その姿を千里眼で見ている者には気付かなかった。
【ウロボロス】
嫉妬の魔王…。
ダメだ。
完全に僕の制御を離れてしまっている。
何とかしなくては…。
虚無の闇の中で、
ウロボロスは決断するのだった。
次回、『45.軍議 』へつづく。