43.戦線協定
「いや、救済だよ。
かねてから親交のあったものの要請でな。
この女性からだ。」
なっ!?
俺は驚く。
「ジャパン国カイン首相よ、
貴国に対して、
マリーナ姫の要請に基づき、
戦線協定を結んで欲しい。」
そこには、いるはずのない、
最愛の義妹であるマリーナ姫がいた。
もう、この女性の謀略は、
全て分かっている。
まずここにいるマリーナ姫は、
マリーナではない。
能力『千差万別』を使用したセレンだ。
フィーナ国の王女の要請であれば、
大義名分として充分だろう。
その形を取ったのだ。
仮に本物のマリーナがいても、
魔王となったマリーナと、
セレンが変幻した昔のマリーナを見比べたら、
民衆は、偽者のマリーナを本物と思うだろう。
そして、あえて、俺に気付かせるよう、
グラウクスと共にセレンを会場内に入れた。
もし、俺が事前にその謀略を気づいていれば、
絶対に止めただろう。
しかし、俺は、将棋に夢中になり気づけなかった。
そして、インパルス達もグラウクスの解説に夢中になり、気づけなかった。
元日本人にとって、将棋は懐かしかったはずだ。
俺たちが将棋に夢中になっている間、
セレンはマリーナに変幻し、
会場内の来賓へ、挨拶に回ったのだ。
この会場内にマリーナがいるのは、
周知の事実になってしまっている。
この状態で、マリーナが偽者だと証明したらどうなるか。
各国の王や外交官を騙したことにより、
セレンは、処刑される。
俺に好意を寄せてくれているセレンがだ。
甘いかもしれないが、
俺にはそんなことはできない。
だから、今の時点では、認めるしかないのだ。
本物のマリーナであると。
そして、義妹から義兄への要請である。
それも各国の来賓の面前での
救国の要請だ。
この申し出を断ったら、
どうなるか。
各国は、俺とこの国を自国の利権だけのために動くと判断するだろう。
この世界にとって、
貴族は家族を重視する。
だから、政略結婚が生まれるのだ。
拒否した場合、
この国には、信がおけないと判断されるのは目に見えている。
そして、この女性にとっては、
俺の国が参戦するのは、
あくまで保険程度にしか思っていないのだろう。
この女性が単体でフィーナ国を滅ぼした場合、
どうなるか。
本物のマリーナは、邪魔で消すかもしれない。
このままセレンを王にした方が都合がよいのだ。
属国の完成になる。
この女性なら、できるのだろう。
圧倒的な自信を感じる。
それもそのはずだ。
さっきまで見ていたステータスと、
今のこの女性のステータスは、
まったく違う。
何より、称号だ。
傲慢の魔王、クロノスナンバー12を持っている。
つまり、魔王となったマリーナと同格なのだ。
それに、まだまだ隠し持っているのだろう。
いや、この女性からは魔王の気配は感じない。
そうなると考えられるのは、
ステータスの偽造…。
偽造看破の能力が欲しいところだ。
どこまでが本当の能力か分からない。
俺が思考の海に潜っていると、
セレン、いやマリーナ姫が話してきた。
「カインお義兄様、
私は、今、市民反乱軍とともにおります。
お義兄さま、どうか、私に協力していただき、
私とフィーナ国の国民を助けていただけないでしょうか?」
頭では分かっている。
俺は、民主主義のリーダーとして、
この場で回答してはダメだ。
この案件は、国の重大な決断になる。
閣議決定が必要事項だろう。
だが、頭では分かっていても、
心がそれを許さない。
この段階で、この提案に飲まなければ、
後から戦争に介入しても発言権は弱い。
そうすると、本物のマリーナを助ける機会を失う可能性がでてくる。
今なら、まだ優位に進められる可能性があるのだ。
ツヴァイが話しかけてくる。
『カイン、…を用意してくれ。
理由は、後で話す。』
?
俺はツヴァイの言う通りにするため、
近くの者に用意するよう小声で説明した。
そして、女性とマリーナへ向き直る。
「マリーナ、俺は妹として発言するその提案に乗ることはできない。
だが、フィーナ国の人々を助けるために、俺は立ち上がろう。
ローマネリオン公国女王よ、
ジャパンは、ここに貴国と戦線協定を結ぼう。」
アテナは少し驚いた顔をした。
ザワザワと来賓が騒ぎ出す。
こんな場所で、
国同士の重要事が決まったのだ。
当然だろう。
ツヴァイが話してきた。
『カイン、
少しだけ、俺に体を貸してくれ。』
体の使用者の切り替えだが、
主導権は常に俺にあり、
いつでも切り替えが可能だ。
『分かった。
頼むよ、ツヴァイ。』
俺は、ツヴァイに体を貸した。
俺の雰囲気が変わったせいか、
アテナは少し身構えている。
「アテナ女王よ、
これは軍事協定に対する俺の気持ちだ。
貴国は、その立場で構わない。」
ツヴァイは、用意させたプリンパフェをアテナに渡した。
アテナは、少し顔を赤くした。
怒り?
いや、恥ずかしさか?
しかし、アテナは数秒だけ考えた後、
納得したような顔をした。
「ふむっ。
そちらがそれでいいなら、
それでいい。」
『カイン、終わったぞ。
後は頼む。』
ツヴァイ、俺には意味が分からないぞ。
何だったのか、教えてくれ。
『実はな…。』
【アテナ】
アテナは、カインと離れ、
貰ったプリンパフェを美味しそうに食べている。
満面の笑みだ。
グラウクスは、
アテナに質問した。
「こちらの思惑通りになりましたな。
ところで、最後のは、どういった意味だったのでしょうか?」
「こちらの主導で協定を結ぼうとしていたが、
向こうもある程度、
予定通りだったということだよ。」
グラウクスは考え込み、
納得したようだ。
「そういうことですか。
アテナ様がプリンパフェの発言をしたのは、
武闘大会のみです。
つまり、少なくとも、
そこからは監視をされていたのですな。」
「そのようだな。
あの時、カイン王から視線を感じたが、
目をつけられていたらしい。」
「監視は、近くにいなかったので、
何かの能力ですな。
それにしても、メインはカイン首相が引き受け、我々は食後のデザートで甘い物だけをいただいていいとは。」
「そうだな。
今回の戦争は、メインは旨み以上に高い値段がつきそうだからな。
まぁ、もともと我々はフィーナ国が滅亡してくれれば、それで構わない。」
「そうですな。
フィーナ国は、最古の王朝です。
現状、唯一、国同士の連合軍を呼びかけることができた国でしょう。
将来はどこかで連合されるかもしれませんが、
今でなければ、脅威とは言えません。」
しかし、グラウクスは思う。
カイン・レオンハルト、彼は危険だ。
そんなグラウクスをアテナは思いやった。
「心配する必要はない。
カイン王は危険な存在にはなり得ぬよ。
弱点だらけだからな。」
「そうかも知れませんが、
最後の雰囲気が変わったことに、
少々、不安を感じております。
あれは、今までの見てきたカイン首相と、
明らかに異なりました。」
ツヴァイに変わった時のカインを思い出す。
「確かに最後のは、驚いたな。
調べ上げたつもりが、
まだ色々と隠し持っているのかもしれない。
それにしても、あそこまでの深い闇を持っているとはな。
思わず惚れそうになったよ。」
「また、ご冗談を。」
「いや、案外、本気かもしれんぞ。」
それはそれで困ったものであると、
グラウクスは思う。
「さて、ジャパンの国名を聞いて思ったことがある。
我々の国名だが、ローマネリオンは、
弱小国であった忌むべき名だ。
国土も広がったのだし、
国名を変えることで、
国民の意識も変えるのはどうだろうか。」
「アテナ様は過去には囚われないのですな。
確かに、吸収した国民とに意識の差がまだあります。
心機一転させるのは妙案でしょう。
国名はいかがいたしますか?」
「私の中では決まっている。
これは天命なのかもしれないとすらな。
国名は、『専制ローマ帝国』だ。」
かくして、1806年、地球で滅亡した神聖ローマ帝国は、
異世界で復活を遂げた。
次回、『44.絶望の村』へつづく。