4.どうしてこうなった!?
(どうして、こうなった?)
俺は思わず自分のおかれた状況に1人ツッコみをしてしまう。
俺は両手に手錠を繋がれ、多数の傍聴人に囲まれた罪人席に立たされていた。
もちろん、弁護人などいないし、知り合いもいない。
真ん中に裁判長らしき人がおり、その脇には何人かの貴族らしい人が座っている。
その表情から、全員が俺に対して冷笑しているのが見てとれた。
敵しかいないため、明らかにこれは、一方的な裁判だと分かるのだ。
何故こんなことになってしまったのだろう。
いや、答えは分かっている。
実に簡単だ。
父が、いやレオンハルト公爵家が政争に敗れたのだ。
相手は、ルッソニー公爵家。
正確には、ルッソニー宰相とその子息の転生者ミドリーズ・ルッソニーだ。
俺は捕らえられた時の状況を思い出す。
父と兄が屋敷から離れ、しばらくの間、戻ってこなかった。
俺も使用人たちも、全然気にしていなかった。
それは、いつものことなのだ。
どこに出かけているかは知らない。一度だけ聞いたことがあるが、秘密にされてしまった。
公爵家なのだ。家長と跡取りである兄にしか教えられないこともあるのだろう。
俺は追求はせず、大人しく家で待っていた。
まぁ、正確には商売に夢中になっていたので、対して気にしていなかったに近いのだが。
そんなある日、公爵家の屋敷で呑気に紅茶を飲んでいたら、多くの兵が押し寄せてきた。
当然、応戦しようとしたが、残念ながらマリーナを除いて戦える者はいなかった。
護衛兵が数人いたが、精強の護衛兵は父や兄に着いていってしまったようで、老兵しかいなかったのだ。
そのため、応戦は望ましくないと判断した俺は兵士の指揮官と交渉しようとした。
しかし、交渉にならなかった。その場で何も言われずに捕らえられてしまったのだ。
妹のマリーナだが、その光景を見て、攻撃を仕掛けた。
「水の弓!」
死人が出ないように、マリーナは敵の兵士を魔法で作られた水の矢で射抜いていく。
初めて妹の魔法を見たが、綺麗だった。
水の女神と呼んでもいいかもしれない。
そして、クレアも応戦の構えを見せた。いや、クレアだけでなく他の大人たちもだ。
戦闘力は低くても、俺を助けようとしてくれているのだ。
これには、敵兵もだが、俺も慌てた。このままでは死人が出かねないのだ。
敵の司令官は、ここにきてようやく交渉しようとしたのだ。
「フィーナ国王より、事情聴取するよう指示を受けております。これが証拠です。」
司令官は、王家の紋章が入った書状を見せた。
「大人しくご同行をお願いします。」
王家に逆らうことは、自身の親類にまで害がおよぶ可能性がある。
逆らうことはできない。
レオンハルト公爵家の者たちは、大人しく同行するしかなかった。
そして、今に至る。
裁判長は罪状を述べた。
「レオンハルト公爵は、
魔族と結託し、王都の転覆および国王陛下の暗殺を図った。
その結果、国王陛下は重体であり意識不明である。
レオンハルト公爵および長男は既に賊徒として討伐した。
よって次の継承権をもつ、カイン・レオンハルトがレオンハルト公爵となる。
レオンハルト公爵よ、
さっそくだが家長として汝が責を果たすべきことがある。
王国法第56条の適用により責任をとって、汝を死刑とする。
なおレオンハルト家は、お取り崩しとする。」
とんでもない理由だな。
そんなのありえるはずがない。家に魔族が出入りしていたこともない。
どのように国王陛下を暗殺しようとしたのか、ぜひ聞きたいところだ。
まぁ、答えてくれるはずはない。
裁判長の隣りに立つ男が、更に追加で述べる。
明らかに何か企んでそうな顔だ。
どうやら、その男こそが、ルッソニー宰相らしい。
「裁判長、王国裁判の慣例では貴族の世襲は20才からと決まっております。
本来は死刑とすべきですが、再考をお願いしたい。」
もちろん俺は発言を許されていない。
しかし、どういうことだろうか。
このルッソーニ宰相とレオンハルト公爵は、政争の関係だったのは俺も知っている。
それも、俺が知る限りでも、かなり険悪な状態だった。
一触即発であったのは間違いなく、俺も成人になったら、駒の一つとして動くことになっていただろう。
まぁ、次男は兄の予備なので、俺が動いても、手柄は兄であり、目立たずに過ごすことになるのだが。
それにしても、レオンハルト公爵家をはめた張本人が、俺に手を差し伸べる?
分からない。
「なるほど。
今回の件で功績が著しいルッソニー宰相のはからいなのだから、再考したいと思う。
ルッソニー宰相が今回の件で多大な功績ともに損害を被っている。
レオンハルト公爵家として賠償すべきだろう。
オリーブオイルとマルセイユ石鹸の作成方法をルッソニー宰相に渡し、カイン・レオンハルトを島流しの刑とする。
またマリーナ・レオンハルトについては、女性であることを考慮し、ルッソニー家で引き取るように。子息との婚姻も認める。」
なんだ、これ?
ただ、ようやく全体像が分かった。
まず裁判長とルッソニー宰相はグルなのは間違いない。
事件の、全体像はこうだ。
国王はもともと病気であり、病弱なのは有名な話しだ。
先日、ついに倒れたのだろう。
そして、それを政敵であるレオンハルト公爵家が魔族と屈託したことにしてルッソニー宰相は強襲をかけたのだろう。
そして強襲者は転生者なのは間違いない。
何の能力だかは分からないが暗殺系のスキルだろう。
でなければ、公爵家の守りをかいくぐるなんて、不可能だ。
そして、俺はオリーブオイルとマルセイユ石鹸の製法を聞き出すために、あえて生かされた。
そう実はオリーブオイルを作ると決めた後、
料理長とマルセイユ石鹸の失敗談を話したところ、なんとマルセイユ石鹸の作成に成功したのだ。
この世界の知識をバカにして、ごめんなさい。いや、料理長の傍にいた使用人の発想力が優れていたのかもしれない。
とにもかくにも、オリーブオイルとマルセイユ石鹸は完成した。
そして、公爵家の力を使って、貴族や一般市民に売り込んだのだ。
そこからは貴族や一般市民へ売れに売れた。
オリーブオイルは、料理にかかせないものとして重宝され、マルセイユ石鹸は女性に重宝された。
その製法は秘匿したので、市場を独占したのだ。
そして、ルッソニー宰相が焦りを感じ、財力という力に開きがつく前に強襲をかけたのだろう。
そして、製法を奪おうとした。
ただ他の大人は口が固く聞き出せなかったのかもしれない。
そして俺に死罪との天秤をかけさせ、製法を聞き出そうとしているのだ。
妹のマリーナは、裁判長の最後の発言を推測するなり、クロノスナンバーの力を手に入れたいのだろうか。
もしくは、ミドリーズが惚れたのかな?
まぁ、絶世の美女だし、その可能性もいなめない。
さて、どうせ俺の刑は決まっている。
茶番をもう充分だ。
少しだけ、仕返しさせてもらおうか。
オリーブオイルを作ると決めた時、貴族の謀略に利用されると危惧した俺は、様々なカウンターを用意していた。
だが、問題はマリーナだ。
あまりに事前準備がなさすぎて、何もしてあげられないのが悔やまれる。
せめて、ルッソーニ宰相も何もできないよう手を打つとしよう。
「裁判長、発言する機会をいただきたい。
製法については指示に従います。
ただ、王家の血に関する件なので、聞いていただきたい。」
裁判長は、ルッソニー宰相を見る。
しかし、暗黙の了解で発言をさせないよう決めたのだろう。
拒否をしようとしたのが分かり、俺は許可を受けずに話すことを心に決めた。
おそらく取り抑えられてしまうだろうが、その間に全てを話しきるつもりだ。
しかし、予想外のことがおきる。思ってもみないところから、援護射撃が入った。
「王家の血に関する件か。それは聞きたいね。裁判長、発言の許可をしてあげて下さい。」
今まで様子を見ていただけの男が口を開いた。
「フィリックス皇太子殿下、残念ながら罪人の発言は禁止させていただきたい。」
どうやら、皇太子殿下らしい。
って、皇太子殿下いたのかよ!?
しかし、最初からこの場にいたのではなく、混乱のないよう別室のような場所からこの場を見ていたらしい。
初めて見たので知らなかったが、身長が高く女性にもてそうな顔してる。
羨ましい…。
俺は皇太子殿下がいる社交界に参加したことがない。
皇太子殿下が出る社交界は、必ず兄が参加することになっていたのだ。
つまり、俺はこの瞬間が皇太子殿下と初対面となる。
「ほう、裁判長は私の判断に逆らうと?」
表情は変わらない。
ただ、明らかに威圧感が出ている。
これが王者の風格か。
これで何でルッソニー宰相をのさばらせるのかな。
まぁ、考えても仕方ない。
「いえ、皇太子殿下、失礼しました。
カイン・レオンハルト、発言を許可する。」
俺は発言を許可されたことに安堵する。
これで、ゆっくりと話せるのだ。
俺は皇太子殿下へ礼をする。
「発言の機会をいただき、ありがとうございます。
マリーナの件ですが、私の判断で行き先を決められません。
何故なら、マリーナは先代国王のご落胤だからです。」
突拍子もない発言に、場がざわめきだす。
だけど、俺は気にせずに一気に話す。
「故あって、レオンハルト家がお預かりさせていただきましたが、家がお取り崩しになるなら仕方ありません。
マリーナは、いえ、マリーナ姫は王家に引き取っていただくべきでしょう。」
そう、これは真っ赤な嘘だ。
ただ、誰もそれを証明できる人はいない。
先代国王は既に崩御されている。
先代国王は晩年も女性好きだったらしく、ありえそうな話しだ。
まぁ、ここで重要なのはクロノス神の加護を持つ者を王家が口出しできるようにしたのが重要なのだ。
ここまで宰相が自由に動けるのなら、王家は力が弱くなっているのだろう。
まさにマリーナは王家が咽から手がでるほど欲しい人材なのはずだ。
そう、これで王家がマリーナを守ってくれる。
ルッソニー宰相にはもう手が出せないだろう。
「その発言に嘘偽りはないかい?
つまりマリーナは王家の血を引いているということだね。」
皇太子殿下は、周りに伝え聞かせるように話した。
間違いなく、皇太子殿下はこちらの意図を理解している。
俺と皇太子殿下は、共犯者となった。
「はいっ、嘘偽りはございません。」
真っ赤な嘘だけど、それをおくびにも出さない。
「そうか、それではマリーナは王家が引き取ろう。よく今まで育ててくれた。」
皇太子殿下の腹の内は分からない。
それでもルッソニー宰相よりかは、はるかにマシだろう。
まっ、何と言っても初対面なのだから、信用はしていない。
「もう一つお伝えしなければならないことがあります。
レオンハルト家は、クロノス様よりご神託を受け、マリーナを育てました。
そして、クロノス様より、もしマリーナの自由を奪うなら、それ相応の覚悟をするようにと言われております。
王家も重々マリーナの意思を尊重するようお気をつけ下さい。」
皇太子殿下の顔がひきつる。
加護があるから、なまじ信憑性があるし、嘘だと証明もできない。
もし、証明しようとして本当だったら大変なことになるだろう。
自由にできない力だが、ルッソニー宰相の力が集中するより、マシだろうから、そのまま受け入れるしかない。
さて、マリーナはこれで自由になるはずだ。俺にできるのは、ここぐらいが限界だろう。
次はオリーブオイルとマルセイユ石鹸だ。色んなカウンターがあるが、市場からなくすのは惜しい代物だし、あの手でいこう。
「それと、オリーブオイルとマルセイユ石鹸の製法ですが、王立図書館に製法の本を寄贈しておりますので、本をお借りして下さい。
タイトルは『レオンハルト家の成り立ち』です。
ただし、暗号化しておりますので、3文字ずつ文字を飛ばして読んで下さい。
その本に詳細が書いてありますので、どうぞ、ご自由に製法をご確認ください。」
王立図書館は独立性を保っている場所だ。
教会も関与していて、いかにルッソニー宰相といえども手を出せない。
つまり、自由に誰でも製法を知ることができる。
本を破いたり、インクで消すことはできない。何故なら、厳罰の対象となる。まぁ、万が一に備え、予備の本をたくさん寄贈している。
これで、情報に価値はなくなった。
ざまぁみろ。
傍聴席の中から、何人かが慌てて出て行った。恐らくだが、王立図書館に向かったのだろう。
莫大の富を産む製法が自由に知ることができるのだ。
誰でも作れるようになる前に、早急に作って売らないと、値崩れしてしまう。
早い者勝ちだった。
ルッソニー宰相が真っ赤な顔で睨んでいる。
金・女を手に入れかけて、結局、何も得られないから、そりゃ怒るよな。
俺は、ルッソーニ宰相に少しばかりの仕返しをしたことに満足した。
その自己満足が、自分の生命を脅かすことになるとは、つゆ知らずに満足してしまったのだ。
だが、後悔はしない。
こうして俺は、島流しとなった…。
そして、その島こそ、民主主義国家の建国の地となるのであった。
次回、『5.【幕間】クロノス神と女神ウルティア』へつづく。