28.グランの闘い
山を駆ける少年と少女がいる。
「待ってよ、グラン!」
「やだよ-。
リコリスの、ノロマ-!」
少女と少年は、
駆けっこをしていた。
「いつか、絶対に追い抜くからね!」
「抜けるものなら、
抜いてみろー!」
少年と少女は、
いつも競い合っていたようだ。
時は変わる。
「リコリス、俺は冒険者になる!」
「じゃあ、私もなる!
一緒に冒険しよう!」
「えっ、リコリスはこの村で待ってろよ。」
「やだっ!
いつか、グランを追い抜くって、
約束したでしょ。
自分ばっかり強くなるつもりでしょ!
離れないよ!
一緒に冒険しよう。」
そして、二人は冒険者となった。
また、時は変わる。
街の中で、3人が話している。
「あなたの名前は?」
グランとともに酔いつぶれている青年に声をかけた。
「俺の名前!?
えーっと、忘れた!
ってか、頭いてぇー。
ってか、何も思い出せないぞ!」
「だ、大丈夫!?」
男の頭には、大きなこぶがある。
「これは、記憶喪失だな。
俺もさっき知り合ったばかりだから、
名前は知らんぞ。
ってか、知り合いはまったくいないみたいなことを話してたな。」
「あなたたち、何をしてたの!?」
「「美味い酒を飲んでた!」」
ハモる男二人。
「はぁ、名前も思い出せないの!?」
「おう!
ただ、クロノスナンバー11ってことだけは、
何となく覚えてるな。」
「クロノスナンバー11?
何それ?
じゃあ、名前ないと不便だし、
名前つけてあげる。
11かぁ…。
11…
ジャック…。
決めた!
今日から、あなたの名前は、
ジャックよ。」
更に時は変わる。
「グラン、死なないで!」
「俺は、さすがにもうダメかもな。」
魔物たちと戦い、
傷ついたようだ。
「国宝の聖剣まで使ったのに、
このざまか…。」
手には国宝の武器を持っている。
「お願い!
グランがいなきゃ、私はダメなの!
これから先も一緒にいて欲しいの!
だから、生きて!」
リコリスは、回復魔法をもつ精霊を召喚し、
必死にグランを治している。
「女にそこまで言われたんだぞ、グラン!
頑張って生きろ!」
「ぐっ。頑張るしかねーじゃねーか。
そこまで、言われちゃな…。
生きて戻れたら、リコリス、結婚しよう。」
その後、勝手に借りた国宝の聖剣の罰と、
魔物討伐の恩賞が相殺され、
島での生活をすることとなる。
そして、運命の日を迎える。
「半年ぶりね、ジャック。」
「元気してたか??」
「おぎゃーおぎゃー。」
「っておい!
赤ちゃん!?」
「そうよ。
グランの子よ。」
「お前も親かぁ。」
感慨深くなるジャック。
「きゃー!」
周囲の人々の悲鳴が聞こえる。
「なんだ!?」
「どうやら、魔物の群れだ!
街の三方向から襲ってきているらしい。
後ろは海だから、逃げ道はないぞ!」
追い詰められた顔をするジャック。
「やるしかないな!
ジャックいくぞ!」
グランは、ジャックに喝を入れ、
戦う支度をした。
「リコリスは、ここにいろ!」
そして、ジャックとグランは、
戦いの場へと向かったのだった。
遠くで魔物たちの声が聞こえる。
一向に魔物の声が収まらない。
大丈夫だろうか。
リコリスは、不安になる。
そして、扉が開く。
ジャックだ。
相当、傷ついている。
「リコリス、ここはもうダメだ。
撤退するぞ!」
「分かったわ。
グランは?」
「あいつは、なんとか前線で魔物を抑えている。」
「なんとか俺が道を開く。
そこから、逃げ出してくれ!」
「あらっ、強い力を持つ者がいると思ったら、
逃げ出すの?」
そこに、一人の女性が現れた。
「あなたは誰?」
「私?
私の名は魔王ラクリア。
人類の敵よ。」
「魔王だと!?」
ジャックは、震えながら、剣を構えた。
「まさか、あなたがこの魔物の軍勢の指揮を?」
リコリスは平然と、
話している。
「いいえ、違うわ。
ただし、別の魔王が絡んでいるわね…。」
「そんな…
魔王2体と魔物の軍勢が相手だなんて…。」
「あらっ?
使い魔で戦いをリアルタイムで見ているんだけど、
あの前線で頑張ってた子も、
もう限界そうね。」
「グランが!?
ぐっ、マズい。」
「そうね、取り引きしましょう。
そこの女性、私に体を提供しなさい。
そうすれば、魔王の力を貸してあげるわ。
このままでは、
あなたがたは全滅なのだから、悪くない取り引きでしょ?」
「私の体を提供する?」
「そう、もちろん人としては死ぬことになるけどね。
魔力の多い貴女なら、
この戦いの間ぐらいは、
自我を保てるでしょう。」
「ふざけるな!
リコリス、魔王の言うことだ!
真に受けるな!」
「いいわ、取り引きに応じます。
あなた、どういうわけか分からないけど、
実は瀕死なんでしょう。
この闘いに勝って、
家族と皆を守れるなら、それでいいわ!」
「なら、契約成立ね。
それにしても、私の状態を見破るなんて、
やはり私が見込んだだけあるわ。
サービスで、ゆっくりと体の提供を受けるようにしてあげるから、
その分、自我は保てるはずよ。」
魔王は光の泡となって、
リコリスの中に入っていった。
「ジャック、赤ちゃんをお願い。
それと、グランのこともね。
あなたも瀕死なんでしょう。
隠しても、分かるわよ。
休んでて。」
背中に大きな傷を隠していたジャック。
グランを、かばってついた傷だ。
この時、ジャックは時を遡れる能力のことを、
まだ、忘れてしまっている。
「じゃあ、いってくる。
ジャック、今までありがとう。」
「まてっ!
いくなっ!」
ジャックは、魔王と会ったことで、
極度に緊張してしまった糸が切れたのが、
その場で気を失った。
グランはもう立てなくなるまでボロボロだ。
「リコリスたちは、逃げられただろうか。」
グランは、とどめの一撃をくらいそうになった。
ガキン。
リコリスが魔物の一撃を止めた。
そして、リコリスが召喚した精霊が
魔物を切り裂く。
「リコリス!?
どうしてここにきた!」
「グラン…
いえ、あなた。
赤ちゃんを、お願いね。
いつも、ごめんね。」
「な、どういうことだ!」
リコリスは、戦場を駆け回る。
グランは、その場で気を失った。
目が覚めると、
魔物の軍勢が撤退していくのが見える。
「何があったんだ?」
グランは、呟いた。
そして、リコリスは戻ってこなかった。
ジャックとグランは、
リコリスを探しにすぐに魔物たちが撤退した方へ向かい、
連日、闘いに明け暮れる。
その時、ジャックは記憶喪失で失った自分の能力を使うこととなり、記憶の一部を取り戻す。
この時の二人は、後悔しかなかった。
ジャックは思う。
あの時、闘神の能力を知ってさえいれば。
グランは思う。
あの時、もっと未然に最悪の事態を想定しておけば。
それに、避難所を作るべきだったのかもしれない…。
この後、二人の戦い方に、差が出ていく。
そして、時は、今に戻る。
【ジャック】
今、俺の目の前にリコリスがいる。
魔王ラクリアとなって。
前回の時は、あまりの驚きから立ち直れず、
一撃でやられてしまった。
今回は、そうはいかない!
何がなんでも、リコリスの体を、
魔王ラクリアから取り戻す。
あの時、止められなかった俺の責任だ!
「ジャック!」
「な、何故ここにきた、グラン!」
「どういうことだ、ジャック?」
俺は、リコリスが魔王となったことを言えないでいた。
妻が人類の敵になったなど、
言えなかったのだ。
グランにリコリスと戦えなど、
俺には到底、言えない。
きっと、リコリスの顔を見て、
グランは驚いているのだろう。
「私は、魔王ラクリアよ。
この体の所有者よ。」
「あぁ、それは分かっている。
色欲の魔王は、適合者がいないから、
代々そうやって、生きながらえていることもな。
だから、ジャックに聞いている。
魔王と一人で挑むことに、
どういうことか問いただすためにな。」
「あら、あなたは博識ね。」
そこに遠い所から聞こえる声が近づいてきた。
「うわぁぁぁ。
学級委員長、覚えとけよー。」
ゴロンゴロン。
「インパルス?
どうしてここに?」
「ん?
父さん!?
あほな聖騎士に飛ばされてきただけですよ。
って、魔王ラクリア!?
本体か!」
インパルスは、
魔王ラクリアと会っていたのか。
自分の母親の体とは知らずに。
「あらっ?
親子3人揃うなんてね。
まぁ、いいわ。
それでは始めましょうか。
魔王とあなたたちとの饗宴をね。」
「へっ?
親子3人!?」
インパルスの声を遮って、
魔王ラクリアが動き出す。
3体の悪魔が召喚された。
一体ずつ、それぞれ襲ってくる。
グランとインパルスは、応戦する。
ジャックは、その攻撃を食らっても無視し、
最初の一撃に全てをぶつけた。
「長期戦は不要!
アースインパクト!」
あまりの一撃に爆風が起こる。
しかし、魔王は軽くその一撃を受け止めた。
「この程度?」
「ジャック、避けろ!」
ジャックに後ろから襲いかかる悪魔との間に割り込み、
グランは、重傷を負ってしまう。
ジャックも最初の一撃を受けているため、
重傷だ。
「グラン!」
「あの時とは、逆だな!」
グランは、あきらかな、
やせ我慢をして笑みを浮かべる。
「能力 宣誓と誓約!
我、敵を滅ぼす者となる。
我をそのために無双にさせたもう。」
インパルスは、無双と化す。
能力の裏技だ。
聖騎士と戦った時、密かに使った能力である。
能力に自身の力をあげさせた。
それに気づいたグランがインパルスに声をかける。
「インパルス、
悪魔3体の相手を頼む!」
悪魔3体を同時に相手どるインパルス。
しかし、決定打を放てないため、
膠着状態だ。
いや、むしろインパルスの方が、
能力のリバウンドで、動きがどんどん悪くなっていく。
先程のエレナの動きに反応できなくなっていたのも、このためだ。
グランは何かしようとしたが、
魔王ラクリアの方が反応が早かった。
「何かさせると思って?
マリオネット!」
一番身近にいたジャックは、
魔王ラクリアに体を触れられ、
操られる。
「しまった!
グラン、魔王に体を操られた!
俺を倒せっ!」
「ばかやろう!
そんなこと、できるか!」
「ふふふっ。
このままでは、あっさり全滅よ。
もう少し楽しませて。」
ジャックの一撃がグランへ襲いかかる。
なんとか受け止めるグラン。
「ジャック、敵に回すとなんという一撃だ。」
インパルスは、焦った。
このままでは、すぐに瞬殺されてしまう。
カインが来るまでの時間稼ぎすらできない状況だ。
自分で、やるしかない。
インパルスは、覚悟を決めた。
「能力 宣誓と誓約!
我、敵を滅ぼす者となる。
我をそのために音速にさせたもう。」
音速とかしたインパルスの一撃に、
二体の悪魔は切り裂かれ、
衝撃で悪魔は吹き飛んだ。
そのまま魔王ラクリアに一撃を入れる。
「あらっ、いい一撃ね!
でも、またまだね。」
能力のリバウンドがインパルスを襲う。
全身から、血が出た。
「あらっ、隙だらけ。」
「インパルス!」
グランが間に入り、
自らの剣ごと切り裂かれる。
そして、剣は真っ二つに割れた。
魔王ラクリアは、
とどめの一撃をグランとインパルスに放とうとする。
しかし、構えたまま動かない。
いや、動けない。
「じ、邪魔をするの?
リコリス!」
「ぐっ、今だ!」
グランは、ふところから取り出したアイテムを
魔王ラクリアの胸元に左手で押し付け、
散った刃の破片で自分の左手とアイテムと魔王ラクリアを刺した。
「こ、このアイテムは、
神級アイテム 魂の簒奪!?」
アイテムから、神力が解放され、
魔王ラクリアとグランの魂を奪っていく。
「終わりだ!魔王ラクリア!
妻を返してもらうぞ!」
「この程度、
まだよ!」
魔王ラクリアは、魂の簒奪に抗う。
ジャックのマリオネットが解除された。
それを見て、
グランは、妻であるラクリアの体を抱きしめた。
グランは、ジャックに目で伝えた。
ジャック、頼むよ。っと。
「うぉぉぉ!」
ジャックは、魔王ラクリアを斬り裂いた。
しかし、魔王ラクリアの体は、
斬られたものの、
すぐに再生される。
グランは、倒れこみ、仰向けで倒れ込んだ。
ジャックは、その場で片足をつく。
「これでも、倒せないのか!?」
「ふふふっ。
そう、私は滅びるのね…。」
!?
ジャックは、言葉の理解ができていない。
「ここまで魂を奪われては、
復活ももうできないわね。
まぁ、いいわ。
私の代は、長くもった方だったわ。」
!?!?
ジャックはようやく理解できた。
魔王ラクリアは滅びるのだと。
「見事だったわ。
あなたたち4人には、してやられたわ。
特にリコリス、あなたのことを見くびっていたわね。
既に死んだあなたが私を止めるとわ。
奇跡を超えた奇跡…。
母と妻の愛の力というもの…。
完敗だわ…。」
「貴方がたは魔王である私を倒しました。
よって、4人に、ご褒美を授けましょう。」
天から光が射す。
あたりには光の球が溢れ出した。
暖かな空気があたり一面に溢れ出す。
「グラン、ありがとう。
ごめんなさいね、
最後まで。」
魔王ラクリアであった体から、
人としてのぬくもりが出てきた。
そして、人として過ごした時の体や服に戻った。
「リコリス?
リコリスなのか?」
リコリスは微笑む。
リコリスとグランの二人は、涙が出て頬を伝っていった。
そして、リコリスはジャックに体を向けた。
「ジャック、ありがとう。
約束どおり、
グランとインパルスを守ってくれて。」
「約束したからな…。」
ジャックは、泣いている。
リコリスは、インパルスへと体を向き直る。
「インパルス、こっちにきて、
あなたを抱きしめさせて。」
「母さん!」
「インパルス、立派になったわね。
育ててあげられなくて、
ごめんね。」
「母さん…。」
「あなたの音速の一撃は、
魔王すら驚嘆させていました。
何も与えることのできなかった母だけど、
最後に魔王であったものの特権で、
音速の称号を授けましょう。」
この戦いののち、
インパルスは、こう呼ばれることとなる。
『音速のインパルス』と。
「最後に、あなたたちの顔を見れて、
よかった…。」
「ダメだ!まだ、いくなっ!」
「母さん、待ってくれっ!」
リコリスの体は、
淡い光となって消えていく。
叫ぶグランとインパルス。
だが、グランは動かない。
目をつぶっているようだ。
グランの顔は、穏やかな顔をしていた。
神級アイテム『魂の簒奪』
使用された相手と使用者の魂を簒奪する、神が創造したアイテム。
そして、簒奪された魂は天に昇る…。
【グラン】
ここは、どこだ?
少し霧がかっている。
どうやら見覚えがある景色だ。
あぁ、懐かしい。
昔、家族3人で住んでいた家だ。
俺は家の扉を開ける。
「おかえり、あなた。」
「ただいま、リコリス。」
微笑むリコリス。
「聞いてくれ、リコリス。
色んなことがあったんだ。」
話をしよう。
時間はたくさんあるのだから。
次回、『29.神級アイテム『魂の簒奪』 』へつづく。