116.決戦(カインvsソラト)②
カインとウルティアの前には巨大化したソラトがいる。
その姿は邪悪であり、異形であった。
ソラトが巨大化した瞬間、オルヴィスの世界が揺れ、天変地異が起こる。
人々にとっては、異形の者が天変地異を引き起こしたと思っても仕方ないことであった。
その姿を見た者は絶望する。
見るだけで絶望を与える姿は、まさにこの世の終わりを象徴する存在だった。
誰もが生きることを諦める。
しかし、遠めからは詳しく分からないものの、二つの光が異形の者と戦おうとしているのが分かる。
人々は、それが誰だか分からなかった。
しかし、近くにいた者は気付く。
片方は分からないものの、もう片方はジャパン国首相であり、第一次オルヴィス大戦の英雄であるカインである。
光の正体がカインであることが人々に浸透するのに時間はかからなかった。
人々は、膝を折り、光輝くカインへ祈りを捧げる。
そして、カインは信仰という名の力が溢れ、強くなった。
「さぁ、ソラト。決着をつけよう。」
しかし、そんなカインを相手にせず、ソラトは無差別に攻撃を開始した。
もはや、ソラトに自我はない。
ソラトは口から、無数のレーザーを出し、各地へ攻撃を行う。
「なっ!?」
カインは慌てて、レーザーを撃ち落とす。
しかし、ソラトはそんなカインへ尻尾のようなものを振り回した。
カインは、直撃し、吹き飛ばされる。
さらに、ソラトはオルヴィスに住む全ての者へ呪いをかけようとした。
「させないっ!」
ウルティアがオルヴィスの地上へ結界を張り、防ぐものと、隙だらけである。
ソラトの一撃がウルティアへ入り、吹き飛ばされてしまった。
その光景を人々は見守ることしかできない。
二つの光が飛ばされても、ただ信じることしかできなかった。
ソラトの自我が残っていれば、疑問に思っただろう。
何故、人々は絶望しないのか。
どれだけ、絶望を味わおうとも、最後まで希望を諦めないのが人だ。
その本質をソラトは理解していない。
そして、それはカインも同様だった。
人とは弱い者である。
しかし、不屈の精神を持つ者を弱いというのだろうか。
人は本当に困った時、神に祈る。
それは、諦めないからこそ、行う所作である。
人々が絶望を味わえば味わうほど、カインの力が強くなるのは、奇妙な現象であった。
カインはダメージを負いながらも、再びソラトの前へ立つ。
「スーパーノヴァ!」
極大の一撃がソラトを襲う。しかし、爆発するはずの一撃は、ソラトが腹から口を広げ飲み込んだ。
「なっ!?」
そのまま、光の束となって、ソラトがカインへ攻撃を返す。
いや、そのままではない。
ソラトの力が上乗せされ、黒い光となって、カインを襲った。
防御結界を張るも、結界を突き抜け、カインにダメージを与える。
カインとウルティアは合流し、互いに回復させて、次の手に備えた。
それを見たソラトは、倒れない二人を見て、苛立ったかのように体を振るわせる。
そして、異形の顔で笑う。
ソラトは地上に住む、ありとあらゆる者へ、またもや一斉に呪いをかけ始めた。
「させないっ!」
ウルティアは、再び地上へ結界を張る。
ソラトは先程と違い、呪いを永続的に発動させているため、ウルティアは動けなくなった。
ウルティアが盾なら、剣はカインである。
カインは、自身の力を剣に込め、ソラトを斬る。
しかし、斬れはするものの、すぐに回復してしまい効果はない。
「まったく、やっかいな…。」
その時、上空でその戦いを見守る者がいた。
クレアである。
クレアは、ずっと迷っていたのだ。
カインに着くべきか、ソラトに着くべきか。
クレアは、ソラトに恩を感じていた。
少なくとも、ソラトがカインへの悪意をばらまこうとしなければ…。その手段にクレアが選ばれなければ、クレアの命はその前に終わっていたのである。
さらにではあるが、クレアから見たソラトは、自身で苦しんでいそうだった。
ソラトはソラト以外の悪意に振り回されていた感もある。
同情の余地は、充分にあった。
そう思うとソラトを攻撃できない。
では、カインへはどうだろうか。
クレアは、幼少の頃からカインと苦楽を共にしたのである。
その付き合いは、妹のマリーナ以上だったであろう。
それは、幼なじみの関係に良く似ている。
何よりも、クレアはカインが好きだった。
共に歩きたかったのだ。
クレアは、ただ見守ることしかできない。
だが、ソラトにとっては別だったのだろう。
上空で見下ろす存在が、不快だったのかもしれない。
ソラトは、人には不可避の一撃をクレアに放った。
クレアは、その攻撃を目で追うことはできても、体が反応しなかった。
そして、死を確信し、目を瞑る。
(こんな終わり方も良いかもしれない。裏切り者の末路に相応しいかな…。)
「そんな風に思うと、親も俺も悲しいぞ。」
クレアは、目を開ける。
その瞳には、カインの笑顔がうつった。クレアをカインが庇ったのである。
「なんで!なんで、私を助けるのですか?」
「俺がクレアを助けるのに、言葉はいらないだろう?クレアだから助ける。ただ、それだけだよ。」
クレアは涙が出た。
そして、すぐに顔を青ざめた。
カインは、ボロボロだったのである。今の一撃が決定的なものとなった。
瀕死のカインは、そんな状態でもクレアを気遣ったのだ。
「すぐに回復を!」
「あいつがさせてくれればな!」
ソラトは、次なる攻撃をカインへ放っていた。
ウルティアとカインの二重結界で、何とか防御している状況だ。
そして、クレアはついに覚悟を決めた。
「私が時間を稼ぎます。その間に力を溜めて、必殺の一撃を放ちください。」
「その作戦は飲めないな。今のクレアとソラトでは、力に差がありすぎる。」
「大丈夫ですよ。なんせ、悪魔王の力を使えるのですから。」
クレアは、悪魔王の力を降臨させる。しかし、クレアとソラトの力の差は、まったく埋まらない。
「なぁ、クレア…。悪魔王って、誰のことなんだ?」
「考えたこともありません。」
「ふふっ、私だよ。」
「「!?!?」」
黒髪の少女が、突然、あらわれた。
闇の王である。
カインをもってしても感知することができなかったのは、カインと闇の王との力の差がありすぎるからであろう。
「何故、あなたが!?」
「ただの道楽じゃ。」
「まったく、あなたらしいです。」
「じゃろ?そうそう、凶報じゃ。『世界の理』は破壊されたぞ。」
「えぇ、知っています。犯人は、あなたですね?」
「さすがだの。」
黒髪の少女は、ケタケタと笑った。
そんな少女を見て、クレアはおそるおそる声をかける。
「あの…、カイン様。どちら様でしょうか?」
「闇の王だよ。この方より、上の神は存在しない。」
「偉いんじゃぞ。敬え。」
「し、失礼しました。」
クレアは、ふと周りを見る。
よく見ると、世界は白黒になっていた。
こんな事ができる存在を知っている。
魔神ウロボロスである。この場に魔神ウロボロスがあらわれた。
「闇の王さまは、お戯れが過ぎます。」
「はっはっは。若さの秘訣じゃ。」
((いや、若さは関係ないだろう。))
その瞬間、カインとウロボロスは、しまったという表情を出した。
しかし、手遅れである。思考は闇の王に筒抜けだった。
強烈な一撃が二人を襲った。
存在が滅びる直前に回復させられ、なんとか一命を取り留める。
だが、カインは口が達者だった。
「この、クソバ○△□」
カインは連撃を受け、瀕死→全回復→瀕死→全回復の順で体験をする。
だが、何度も死を繰り返したカインにとっては、へっちゃらである。
ウロボロスは、あらためてカインを感心した。
オルヴィスの世界で初めて会った時の精神は、人と何ら変わらなかった。
その状態から、ここまで精神を強くしてきたのである。
称賛すべきであった。
「闇の王さま、本題を話されてはいかがでしょうか?あまり、のんびりしていては、光の王が追ってきますよ。」
「本題?そんなものは、ないよ。たまたま私の話しをしているのが聞こえたから、気分転換に現れただけだ。」
((どんだけ、地獄耳なんだ…。))
カインとウロボロスは、またもや同じことを繰り返す。
進歩のない二人だった。
そんな二人を尻目に、クレアは闇の王へ願い出る。
「闇の王さま、お願いがあります。私に更なる力をお貸し下さい。」
カインは、止めようとしたが、手遅れだった。
ウロボロスは、ほくそ笑む。
「私に願うか…。良いだろう。更なる力を貸そう。
それと、闇の王の私に願うということは、どういうことか分かっておろうな。代価は、いつか払ってもらおうぞ。」
その時、クレアの頭の上に666の文字が現れた。
「今のお前じゃ、その時間が限界…おっと!」
闇の王は、途中で話しを遮って、消えてしまった。
その代わり、光の王が現れる。
「はぁはぁ。カインか!?ここに闇の王はいなかったか?」
「あぁ、いましたよ。爺さん…、その恰好で幼女を追い掛けていると、変態にしか、見えませんね。」
「冗談を言っている場合か!早くあやつを連れ戻さないと、大変なことが起こるのじゃ!」
ウロボロスは、その瞬間、逃げ出そうとした。
しかし、カインがそれを許さない。
首根っこを掴み、逃げられないようにする。
「どういうことかな?」
カインは、ウロボロスに、にっこり微笑む。
ウロボロスは、逃げるのを観念した。
「オルヴィスは、『世界の理』によって、守られていたんだ。
それがなくなれば、どうなるか…。おそらく崩壊する。
もって、24時間かな。」
クレアが息を呑む。
「そんな!?」
時間が止まっているせいか、クレアの666の文字が減っていない。
だが、発動もしていないようだったので、クレアの姿は、何も変わっていなかった。
「ウロボロスの言うとおりじゃ。早く、あやつを連れ戻し、もう一度、作り治す!」
カインは、ほんの一瞬だけ思案に暮れた。
そして、何か思いつく。
「爺さん、『世界の理』は消滅されたんではなく、破壊されたんだな?」
「そうじゃ!」
「その場にリュクレオンはいたか?」
「リュクレオン?あの神龍のことか?」
カインは、リュクレオンが神龍となったことを知らない。
しかし、未来の者との話しを聞いていたため、リュクレオンであることは想像できた。
「リュクレオンがいるなら、大丈夫だろう。」
カインは、リュクレオンと遊んだ出来事を思い出す。
その遊びで作ったものは、今考えると、『世界の理』によく似ていた。
「爺さん、リュクレオンに力を貸してやってくれないか?
あいつなら、必ず『世界の理』を修復してみせるはずさ。」
「そんなことできるはずないだろう。」
ウロボロスは、思わずツッコんだ。
そう、本来なら出来るはずがない。
しかし、リュクレオンは壊された瞬間を見ていた。
ならば、望みはあるはずだった。
もともと壊れ方を知っているのだ。
そして、作り方を知っているのだ。
「俺は、あいつを信じるよ。あいつは、何やかんやで天才だ。感覚でいけるはず!」
「バカなのか!?」
光の王は考える。
現実的に考えて、闇の王を捕まえて、説得するには時間が足りなかった。
ならば、カインの申し出に従ってみるのも手なのかも知れない。
しかし、神龍にそんなことができるのか懐疑的であった。
「爺さん、俺を信じてくれっ!」
その瞬間、光の王にとって、カインが昔のカインと被った。
まっすぐな瞳である。
カインは、昔、自分への捧げ物に、他と平等の者を捧げた。
光の王にしてみれば、それは自分のためではなく、他の者のついでにしか見えなかった。
だから、特別に捧げられたアベルの捧げ物を選んだ。
でも、それは間違いだったと後で知る。
カインにとっては、全員が等しく敬う存在だったのである。
全員が特別だったのだ。
当時は理解できなかったし、その主張を信じることができなかった。
その結果が、ソラトという闇を作り出し、カインという目の前の男の不幸を作り出した。
あの時の正解は、どちらかを選ぶことじゃなかった。
両方を選ぶことが正解だったのだろう。
仮に片方を選んでしまったとしても、その後にカインと対話し理解してあげることが重要だった。
それすらも、放置したからこそ、不幸の連鎖が始まる。
カインの心が擦り切れ、何度も人格が変わった。
しかし、カインの本質は変わらなかった。
数代たった後のカインの呪いを解こうとして、話したことがある。
カインは、呪いの解呪を拒んだ。不死なのだ。もしかしたら、不死を手放したくないのかも知れないと疑った。
「私の罪を償う旅は、未来永劫続きます。」
その時のカインの瞳は、まっすぐだった。
それから、1000年以上の時を償いに費やしている。
どのカインも20才ぐらいになると、自分を自覚し、償いの時間へと歩むのだ。
光の王として、ずっと言えなかったカインへ声をかけるべき言葉があるとしたら、今なのかもしれない。
それは、ただ一言だった。
「カイン、君を信じよう。」
その瞬間、二人の間のわだかまりが解消された瞬間だったのかもしれない。
それを互いが理解した瞬間だった。そして、カインにとって、一つの決着がついた瞬間だった。
光の王は、『世界の理』の傍にいるリュクレオンの元へ飛ぶ。
「さぁ、クレア!ソラトと決着をつけよう!」
「はいっ!」
「ウロボロスはどうする?」
「僕は見届けるさ。この戦いの結末をね。じゃあ、時間を動かそう。」
そして、時は動き出す。
クレアは、闇の王の力で姿が変わった。
服も黒い羽衣のような服へと変わる。
「さぁ、ソラト!決着の時だ!」
カインは、ソラトへ再び挑む。
そして、世界中の人々は、『英雄の落日』を目撃する。
次回、『117.リュクレオンの最後』へつづく。