114.決戦(カインvsソラト)①
「ソラト…。まだ満足しないのか?」
玉座の間とも言うべき場所で、カインとソラトは対峙していた。
「当たり前だろう?まぁ、満足しないのには理由があってね。この世の死者の悪意は、僕へ流れることとなっている。まったく尽きないんだよ。地球もオルヴィスの悪意がね。」
「道理でな。何千年もさまようわけだ。それなら、アベル自身の心は、もう一部なのか?」
「まぁ、主となる格はアベルさ。」
カインは、かつての弟の姿を思い出す。自分が殺してしまった弟をだ。
贖罪の旅の終わりは、弟を救うことで終わるのかもしれない。
しかし、それは不可能だということを二人は知っていた。
人が人である限り、悪意は生まれる。
だからこそ、人は争うのである。
人は、何千年たっても争うことを辞めなかった。
そして、これからも争い続けるだろう。
長い目で見れば、カインがオルヴィスの世界で行った行為は、焼け石に水だった。
「俺へ恨むなら分かるが、何で世界を壊そうとするんだ?」
「ありとあらゆる者たちの感情が、そう訴えかけているんだよ。憎悪にも上限を設けて欲しいものだよ。」
ソラトの後ろには窓がある。その窓は空間が歪んでいた。この城から細い光の糸が伸びているのが見える。
地球とオルヴィスの間に何もない空間にトンネルが見え、そのトンネルを通っているようだ。
その糸の先は地球へと向かっていた。
「おいおい、まさかその糸で地球をただ引っ張っているだけなのか?」
「最初は、違ったんだけどね。気づいていないのかい?『世界の理』が破壊されたことを?」
「なっ!?」
カインは、神力で世界を探った。そして、何も制限がなくなっていることに驚く。
「ソラトがやったのか?」
「まさか。アクセスするならともかく、壊すことができるのは二人しかいないだろう。おそらく闇の王さ。」
「あのお方か…。やっかいだな。だが、それで合点がいった。オートから手動に切り替えたんだな。」
「そうそう。まぁ、今の距離なら磁石のように近づくだけだから、これもいらなくなったけどね。」
ソラトは、そう言い放ち、糸を自ら切った。地球と繋ぐ糸が切れたにもかかわらず、地球とオルヴィスが近づくのが止まらない。
ソラトは、そのことに満足し、カインと相対する。
「もう地球とオルヴィスの衝突は回避できない。」
「ソラト、いったいいつからだ?いつから地球とオルヴィスをぶつけようとしたんだ?こんなことは、すぐにできることじゃない。」
「オルヴィスが誕生した時からさ。もう1000年以上も前の話しさ。何度も何度も、往復した努力がようやく身を結ぶ。」
「異世界転移の能力ないだろうに。」
「あぁ、だからそういうことさ。」
ソラトに協力した者が他にいるということを暗に示唆されたのだった。
クロノス神ではない。いったい誰がとは思いつつも、今はそのことに気にしている場合ではなかった。
「さぁ、カイン。僕たちの戦いを終わらせようか。」
「あぁ。終わりの始まりだ。」
二人は剣を構える。
カインの剣は、剣の刃からは、白き光が漏れる。
ソラトの剣からは、黒き闇が漏れた。
二人は思わず、笑顔になる。どこまでいっても正反対なのだ。
そして、二人は斬り合った。その斬りあいの最中、あることにお互いが気付いた。
ソラトは弱くなり、カインは強くなっていたのだ。
そして、ようやく互角となっていたのである。
カインは、ソラトが自身の紋章を付与するのを黙ってみていた。
その行為には、思いのほかエネルギーが必要となる。
操られたものは、心に隙がある。自業自得とは言え、それを見過ごしたカインも同罪であった。
反対にカインは、少しずつ光輝く力を集め、力を練っていたのである。
力の差があった二人は、ここに至るまでの力の使い方の差により、ようやく対等となったのである。
「このために、僕を放置していたんだね。」
「あぁ、そうだ。」
「まったく、君も僕と同罪だ。また罪を犯すんだね。」
「あぁ、俺はそれを全て受け入れる。なぁ、ソラト。お前は何なんだ?俺に殺され、その後、多くの者を殺し続ける。お前の罪も、もはや軽くは軽くはないぞ。」
「僕をそうしたのは君だよ。だから、僕は悪くないね。僕が罪を犯したとしても、全ては君に帰属する。全て君が悪いんだ。それを履き違えてもらっては、困るね!」
二人の斬り合いは、速度を増していく。
そして、剣の衝撃が互いに吸収できなくなりはじめると、その斬撃は城を切り刻んだ。
「おいおい、城が崩壊してしまうぞ。君の大好きな人たちもいるんだぞ?」
「なら、大人しく俺に斬られてくれっ!」
「嫌だね。」
ソラトは、わざと城を倒壊させるよう攻撃を開始しはじめる。
この時点で二人は、何人が城へ残っているか分からない。そればかりか、この城の下にも何人の人がいるかも分からない。
ソラトにとっては、もはやどうでもよかった。
カインにとっては、もはやそんな余裕はなかった。
少しずつ、ソラトがカインの速度を上回っていく。
いや、カインの速度が落ちていく。
「ちっ!フレア!」
カインは、剣撃の合間に魔法を放つ。余裕からではない。苦し紛れだった。
ソラトは、いとも簡単に魔法を切り裂く。
「くそっ!」
「まぁ、こうなることは必然か。元のベースは同じなんだ。あとは、上乗せする力が何かによって互いの力は決まる。悪意…、怨嗟…、憎悪…。ありとあらゆる負の感情よ、我に集まれ!」
ソラトに負の感情が集まり出す。そして、さっきまでの強さより、倍も強くなった。
「かつて、フィーナ国王が魔人と化した時も似たようなことをしたらしいね。バカなことをしたもんだ。負の感情は、ほとんどが僕に集まるというのにね。ぜんぜん、強くなれなかっただろう。」
フィーナ国王も、かつて魔人と化した時、負の感情を集めて強くなろうとした。
しかし、カインからしてみれば、大して強くなっていなかったのである。
それもそのはずだ。大部分の力は、ソラトに吸収されてしまっていたのである。
「イビルレーザー!」
カインは、ギリギリで躱す。しかし、躱した攻撃の後を見て、驚愕する。
一直線に、地面まで大穴が出来ていたのだ。
それは、大地が裂けたような光景だった。
「君が躱すから、大穴が空いてしまったじゃないか。まぁら次は、人も巻き込むかもしれないね。」
「くっ!」
ソラトは、またもやイビルレーザーを放つ姿勢を見せた。
そのため、カインは防ぐために動くしかない。しかし、動きが制限されていたため、ソラトにとってはカインが隙だらけだった。
蹴り一つで、カインはあっさりと間合いを取られてしまう。
「君は守ろうとするものが多すぎる。
『イビルフレイム!』」
ソラトは、世界各地へ炎の塊を何百個も放つ。
カインは、防ぐために魔法を唱えた。
「『ウォーターアロー!』」
カインはソラトの炎の塊を一つずつ水をぶつけ、蒸発させていこうとした。
しかし、威力が足りなく、各地に炎の塊が落ちていく。
「君は何も守れやしない。君は何も守る資格などありはしない。君は何もできずに死んでいく。先に逝くがいい。『イビルブラスト!』」
大爆風がカインを襲う。カインは遠くへ吹き飛ばされてしまった。
そして、トドメの一撃が入る。
「さらばだ、カイン!
『イビルノヴァ!』」
(俺はやはり勝てないのか…。)
カインを中心に大爆発が起こる。その爆発は、オルヴィスの遥か遠くからでも見ることができるほどの一撃だった。
だからこそ、勝ちを確信する。
「長き戦いも、これで終わったか…。いざ、倒してみれば、感慨深いものだな。」
しかし、ソラトのそんな余韻は一瞬で崩れた。
爆風が消えると結界が張られているのが分かったからだ。
そして、その結界を張ったものが誰だかすぐに分かると、憤怒した。
「このタイミングで現れるとはな!女神『ウルティア』!」
カインの隣りに寄り添うように、女神ウルティアが顕在化した。
このタイミングで、ウルティアが現れるのは、カインにとって予想外だったのである。
しかし、ウルティアにとっては、カインが追い詰められているのに、何もせずにジッとなんかしていられない。
「ウルティアなのか!?どうして?」
「助けにきたよ!」
「天界は大丈夫なのか!?」
「世界が滅びそうなのに、天界だけを守っても意味がないから、来ちゃった。」
カインにとって、ずっと会いたがっていた相手なのである。
心の底から喜び、思わず言葉に出た。
「ずっと、君を愛してるよ。」
「私も。ねぇ、カイン。ずっと、とんな瞬間でも愛してるよ。」
その瞬間、カインは力が湧いた気がした。
カインにとって、ソラトとの戦いは暗い闇の中で戦っているようだった。
過去に縛られた戦いだったのである。
しかし、ウルティアが傍にいてくれることで、光が灯されたように感じたのだ。
「まったく、君は、君たちは常に僕をイライラさせるね!」
ソラトから、またもやレーザー攻撃が始まった。
しかし、ウルティアが結界で、レーザーは霧散していく。
「今度は、俺の攻撃だ!
『ノヴァ』!」
超新星爆発が、ソラトを襲う。ソラトは多重結界を張った。しかし、ソラトはウルティアを甘く見てしまった。
ウルティアは『創造の女神』なのである。
ウルティアがカインの魔法に、更に魔法を重ねがけした。
「魔法付与創造!『神の結界破壊』!」
ソラトの結界は、一瞬で砕け散る。
「なっ!?」
カインの攻撃は、無防備に晒されたソラトを直撃した。その爆発は天までそびえる。
しかし、ソラトは何事もなかったかのように爆風の中から現れる。
「忘れてたよ。君は創造の女神ウルティアだ。何でも有りの女神だったね。
だが、どういうことだい?君の力を超える以上の創造はできないはずだ!」
その瞬間、ウルティアの指輪が光った。
そして、その指輪を通して、カインの力が渡っているのに気づく。
「ただ、心を通わせただけで、お互いの力も通わせたのか?
ふふふっ。ありえない。あり得なさすぎる。」
ソラトは、数瞬だけ沈黙した。
そして、全てを悟ったようだった。
「そうだったな、ルール無用だったな…。なら、こちらにも考えがある。」
ソラトは、空間から剣を取り出す。
その剣に悪意を込めた。
「その剣は、まさか…。」
「カイン、間違いないわ。ゼリアンが使っていた剣よ。」
「そう、ウルティアを倒した『神威の剣』だよ。僕が回収しておいたんだ。この剣と、僕の力をもって、君達を滅しよう。」
その瞬間、カインはソラトへ一瞬で間合いを詰めた。
そして、神威の剣へ手を添える。
「なっ!?」
「魂を解放せよっ!解放!」
神威の剣から、何十万の光の玉が飛び出す。その光は天へと昇っていく。
「俺が、その剣に対して何も対策していないとでも思ったのか?ウルティアを倒した剣と対峙したとき、真っ先に壊そうと思っていたんだよ。準備は万端さ。」
ソラトが握っていた神威の剣は、砂となって散っていく。
ソラトは、ただ呆然と見てしまった。
予想外だったのである。
この剣は二人にとってトラウマのはずだった。だからこそ、固まるだろうし警戒すると思っていたのだ。
その目論見は、あっさりと崩れた。
それと同時にソラトは隙だらけだった。
カインの拳がソラトに直撃する。
「ソラト、もう終わりにしよう。そして、お前も今までの報いを受けろ!これは、地球の人々の分だ。」
吹き飛ばされていくソラトにカインは追いつくと、蹴り上げた。
「これは、オルヴィスの世界の人々の分。」
上空にあがるソラトに対して、空へ転移したカインは、上から下へ両手を振り下ろす。
「そして、これが、カインとしてアベルへの手向けだ。」
ソラトは、山の方へ吹き飛ぶ。山が1つ消し飛んでしまった。
地面に倒れたソラトは、一人、笑う。
「ふふふっ。はぁーっはっはっは。
納得できないね。まったく納得できない。」
ソラトは、ゆっくりと空へ浮かび、カインとウルティアに近付いてゆく。
「カイン…。今のままでも、僕なら君たちに勝てるだろう。だけど、君たちに絶望を味あわせてあげよう。僕のとっておきを見せてあげるよ。」
地球とオルヴィスを繋ぐトンネルが、地球側から黒く染まっていく。
いや、地球から悪意が流れ込み、ソラトへと降り注いだ。
「普段、僕は自分が制御できるまでの悪意しか利用していない。
もう、それを解放しよう。普段はオルヴィスに住む者の悪意分しか使用していない。オルヴィスの人口は、まだまだ少ない。地球に比べたらね。
次は、オルヴィスと地球の圧倒的な悪意の力をもって、君を、君たちを滅しよう。」
ソラトの体が、ビクンと跳ね上がる。
そして、顔が歪み始めた。
「おごっ…。ぐがっ…。」
「制御できていないのか…?」
「そうみたい…。」
カインとウルティアは、手を出せない。中途半端に手を出すと、何が起きるか分からないのだ。
ソラトの体が巨大化していく。
「さぁ、悪意を…。ぐぁー!」
そして、ソラトは暴走を始めるのだった。
次回、『115.消えゆくツヴァイ』へつづく。