第9話 大丈夫。オレは変態じゃないよ。
「馬鹿だねぇ。自分からフラグを折りにいくなんて」
チャボから言われたそのセリフの意味をオレは理解できなかった。
「じゃあ次は定番の王様ゲームを始めるブヒ!」
「ブヒィイイイイイイイイイ!!!」
くっ、そうこうしているうちにどんどん進行してやがる。
「オレたちってなにしに来たんだっけ?」
「人助けですよ。決してブタの恋人を探しに来たんじゃありません。ここは一旦作戦を立てる必要がありますね……すみません!」
シャルが勢いよく手を挙げる。
「ん? ノーパンのシャルたんどうしたブヒ?」
「……」
「シャル、笑顔」
「え、えーと、ちょっとお手洗いに行きたいなーって。少し離席してもよろしいでしょうか?」
「トイレブヒか。ちなみにお○っこブヒ? う○こブヒ?」
「……」
「シャル、笑顔」
「ちょ、ちょーっとそれは言えないですね。恥ずかしいですし」
「ふむ、となると女の子特有のアレブヒか。そうブヒね、シャルたん?」
「……コロス」
「ストオオオップ! ああもう漏れそうなんだよな!? マジで発射する5秒前なんだよな!? じゃあさっさと行かないとな! トイレはあっちかな!? よーし、行ってこーい!」
無理矢理シャルの背中を押して離席させる。危うくあと少しでここが惨状になるところだった。
「……(ウイロウ、チャボ、オレたちも行くぞ)」
二人にアイコンタクトを送る。二人ともゆっくりと頷いた。
「すみません!」
「ん? 今度はクワガたんブヒか。どうし――」
「う○こです!!」
「……え?」
「なんかもう果てしなくやばいです! むしろ少し出てます! このままだとオギャーと生まれそうなので分便室に行ってきてもいいでしょうか!?」
「そ、そこまで言うならわかったブヒ。あとの二人は――」
「男の子です!!」
「双子でござる!!」
「……わかったから早くいくブヒ。でもなるべく早く戻ってくるブヒ」
「わかりました!」
一斉に勢いよく立ち上がる。そしてシャルのあとを追うことに。
「はっはーん。きっと誰狙いかの相談ブヒね。きっと一番人気は俺ブヒ」
「いいや俺ブヒ」
「俺ブヒ!」
そんなブタどもの妄言を背にその場を離れた。
「さて、これからどうするかですが」
「待って。その前に一つ聞きたいんだが、ここはなんなんだ?」
「お手洗いですよ。見ればわかるでしょうに」
「いや、オレにはただ大きな穴が空いているようにしか見えないが。つまりここに……」
やめておこう。ここは答えを出すべきところじゃない。
「手が洗えないのにお手洗いなんだな……」
「深く考えてはダメです。本題に入りましょう。とにかく今のままでは埒が空きません。なんとかしてさらわれた人たちを助けないと」
「それにはあそこから離れる必要があるな。だけど、誰か一人でもいなくなると怪しまれるんだよなぁ」
「それならわたしに考えがあります」
「そのセリフを聞いてよかった試しがないんだが」
「誰のせいでしょうかねぇ……」
シャルの視線が痛い。思わず目をそらす。
「大丈夫ですよ。タケルさんほど愚かな作戦ではありませんから。というわけでタケルさん。こちらは我々に任せて救出に向かってください」
「いや、でも人気投票一位のオレがいなくなるとやばいだろ。人気投票一位のオレが」
「安心してください。タケルさんの人気はわたしが地を貫いて世界の裏側に届くぐらい落としておきますから」
「いい笑顔でいわれても」
よほど自信があるようだ。確かにシャルの言うようにこのままでは埒が空かない。ならば彼女の作戦に乗るべきだろう。
「よし、じゃああとは任せたぞシャル。オレはみんなを助けてくる」
「ええ、タケルさんの方こそ任せましたよ。ウイロウさんもチャボさんもわたしに協力してくださいね」
「合点招致!」
「任せるでござる!」
こうしてオレは村人救出へ、シャルたちはブタどもの合コンへ向かうことになった。
「あ・そうだタケルさん。行く前に一つ」
「ん? なんだ?」
「服を脱いでください♪」
「まさか身ぐるみを剥がされるとは……」
シャルに衣服を剥ぎ取られ、パン一のオレは近くにあった腰蓑で下を隠すことに。
「しかしシャルたちは本当に大丈夫か……?」
席に戻って行ったシャルたちをそーっと覗いてみる。
「まぁシャルは大丈夫だって言ってたし心配は――」
人形だった。
オレの席にあったのは、オレの服を着た人形だった。
「雑過ぎるだろ!? 絶対バレるって!」
なぜアレでいけると思ったのだろうか。どうやらブタとの合コンという特殊な空間がシャルの頭をおかしくしてしまったらしい。
「あはは、それで、タケルさんはどれが食べたいです?」
『ボクはそのスープが飲みたいでヤンス(シャル裏声)』
「オレはヤンスとか言わないっ!」
無理矢理人形の口元にスープを当てながらびちゃびちゃにするシャルに、少し狂気を感じた。なにかしら復讐されてる気がする。
「マズイ。これは非常にマズイぞ……」
このままではバレるのは時間の問題――
「ブヒヒ! クワガたんは相変わらずかわいいブヒねぇ」
でもなかった! なんか上手くいってるっぽい!
「よかった……相手も馬鹿だったか……」
ひとまずホッとする。とりあえずオレはオレの仕事をしなくては。これ以上シャルが狂気に侵される前に。そう思ってオレは、どこかに捕らえられているであろう村人たちを探しに洞窟の奥へと進んでいった。
「こわいよぉ、ママぁ」
「大丈夫よ、きっと助けが来るから」
人の声が聞こえる。どうやらこの先のようだ。
「おい、助けに来たぞ!」
「よかった! 本当に助けが……キャアアアアア!?」
「ん? どうした!? 大丈夫か!?」
「キャアアアアアア!!」
「うわぁあああああん!!!」
「来ないで変態いいいいいいい!!!!」
「どこだ!? どこに変態がいるんだァアアアアアアア!?」
「あんたよ、この不審者」
金髪ツインテの少女に言われて改めて自分の姿を確認する。
うむ。上裸の男が全速力で走ってきたらそりゃ恐怖だわな。
「大丈夫。オレは変態じゃないよ」
「その恰好で言われても」
少女に突っ込まれる。もっともなツッコミだ。
「人には色々事情ってものがあるんだ」
「そんな事情知りたくもないわ。あんた、あたしたちを助けに来たのよね?」
「まぁそういうところだ」
「だったら早くここから出しなさいよ、この変態」
「ほほぅ……牢屋の中だというのに随分偉そうなヤツだ。人にものを頼むときはそれなりの態度があるんじゃないか?」
「この……っ! わ……わかったわよ。助けに来てくれてありがとうございますー。早くここから出してくださいー」
「感情がこもってない。やり直し」
「……。どうか助けてください。よろしくお願いいたします」
「お兄さま」
「え?」
「お兄さま、だ。さんはい!」
「……お兄さま」
「うむ、くるしゅうない」
「あんた覚えてなさいよ」
背負っていた剣で錠を壊す。中に入ってた村人たちを全員解放することが出来た。
「う……」
「なんだ、お前寒いのか?」
「ここに連れてこられて布一枚の服に着替えさせられたから。ちょっと肌寒いわね」
「そうか。それならこれやるよ」
ツインテ少女に一枚着せてやる。
「あんた……」
「ふ、礼はいらないぜ」
「いや、これ、さっきまであんたが腰に巻いてたやつでしょ?」
「ぬくもりがあるだろう?」
「……ふん! ふん!」
「ああ!? オレのぬくもりティが!」
少女の足元から腰蓑を救出する。まったく、なんてことをするんだ。
「あんた、名前は?」
突然少女からそんなことを聞かれた。
「久我タケル。お前を助けた勇者の名だ」
「一言多いわね。ま、いいわ。あたしの名前はベルよ。一応、助けてくれたことに感謝するわタケル」
「一応、ね……」
他の村人たちは脱出できたことに全身で喜びを表しているのに、どうしてこのベルとかいう少女は淡泊なのか。
「あ、そうか。ツンデレってやつか」
「なんのことよ」
ツンはまだ継続中らしい。
「とにかく、出られたのならいつまでもここにいる理由はないわ。あたしは帰らせてもらうから」
「待てよ。ここはブタの住処のど真ん中だぞ? 下手に動くと危ない」
「あんたみたいな変態が一人で来れたんだから平気よ。あたし一人でも――」
ベルを覆う巨大な影。牢番だろうか、そこには一匹のブタがベルに向かって巨腕を振りかぶっていた。
「え……」
「ブヒィ!?」
地面を蹴ってブタの鳩尾に一発。ブタは悲鳴を上げてその場に崩れた。
「ったく、フラグ回収早過ぎかよ。危ないっつっただろ?」
「え……ご、ごめん……それと、ありがと……」
「それも一応、か?」
「な……!? ち、違うわよ!」
「はいはい。お姫様の機嫌を損ねる前に早く出ないとなー」
ベルの頭をぽんぽんと叩く。こうしてみるとベルは結構背が小さいことがわかる。
「みんな、オレについてきな。お姫様より安全な道を案内してやるから」
「ぐぬぬ……」
頭を押さえて犬のように唸るベルに見つめられながら、オレはその場を後にした。




