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最終話 異世界のお金しかないけど、いいかな?

 城へ参上すると、マコさんが駆け寄って来た。

「タケルさん! 随分お早い到着ですね」

「おう。なんか眠れなくてな」

「それもそうですね……いよいよですからね」

「ああ、そうだな。で、シャルたちは?」

「ふふ、昨夜は随分と楽しまれていたみたいでした。久しぶりの一家団欒ってところでしょうか」

「はは、そりゃよかった」

 永年凍っていたものが溶けたのだろう。シャルのその姿を見たくない、と言ったらウソになるが。流石に彼女たちの関係に水を差すわけにもいくまい。

 それに、これが最後だからな。

「あ、タケル!」

 オレの姿を見つけたベルが小走りで駆け寄ってくる。長いスカートのすそを踏んでこけてしまわないかハラハラする。

「ったく、お姫様がみっともなく走るもんじゃないぞ?」

「ウソ。タケルはあたしのこと知ってるくせに。ね?」

 悪戯っぽく笑うベルに思わず視線を逸らしてしまう。

「あ、どうしてそっち向くのよ。こっちを見なさいタケル。姫の命令よ」

「ちょ、そりゃズルイって……」

「おやまぁ。随分と仲が良さそうですね」

 聞き覚えのある声。どこか懐かしさを感じる声だ。

「シャ――」

 思わず言葉が止まってしまう。そこにいたシャルは、いつものシャルじゃなかった。王族らしく着飾り、どこか気品さえ漂っている。そこにいたのは、一人の姫だった。

「おや? どうしたんですか急に。もしかして、わたしの魅力に魅了されちゃったんですか~?」

「ち、ちげぇよ。近寄んな!」

「ほれほれ~照れちゃって。愛いやつよの~」

「ちょ……! お姉さま! お戯れは止してください!」

「ふふ、冗談ですよ。ベルの物を盗ったりはしませんから♪」

「な……!」

 ベルの顔がみるみるうちに紅くなっていく。姉妹だからか、性格はよく似ている二人だが、若干姉の方が上手のようだ。

「もう……お姉さまったら……」

「あはは、ごめんなさい。そだ、タケルさん。お父様が話をしたいそうです。一人で来るようにと」

「ああ、わかった。場所は王様の部屋でいいのか?」

「いえ、大浴場です」

「えっ」

「大・浴・場です♪」

 とても嫌な予感がする。


「やあ、待ってたよタケルくん」

 大浴場で待っていたのは、裸のおっさんだった。

 湯船に浸かり、頭にタオルを乗せている。まったくもってこれが王とは信じがたい姿だ。

「いつまでそこに立っているつもりだい? こっちへ来なさい」

「は、はぁ」

 渋々湯船に浸かる。だだっ広い大浴場の中、オレと王様の二人だけだった。

「あれ、王様。そういや首輪……」

「ああ、あれかい。あれはミスティが外してくれた。すごいんだな、精霊の力というのは。サラミの呪いも相当なものだったが、それをいとも容易く解呪した。まったく、我々はまだまだ彼らのことを知らないのだな」

「そんなしみじみと。昨日は色々話をしたんだろ?」

「……ああ。ミスティがこれまでどんな人生を歩んできたのか。私の知らない彼女の人生を一つ一つ教えてくれた。もちろん聞いているだけじゃない。こちらからも話をしたんだ。ベルベットがどうしてここまでお転婆に育ったかということをね」

 ははは、と一緒に笑う。娘の話をしている時の王様はとてもうれしそうだ。

「もちろん、あの話も出てきたんだろ?」

「……ああ。断ったよ。私はこの世界で生きていくと、はっきりと伝えたんだ」

「そうか」

「酷いと思うかね? 娘が命を賭してやってきたことを否定するなんて」

「まさか。その逆だよ。あなたにはあなたの信念がある。そのことをシャルもわかっていたじゃないか」

 昨日の城での出来事。それは誰の胸にも強く刻み付けられたはずだ。シャルの想いというものを。

「ああ……そうだよな。願わくば、もっと早く気づいていれば……」

「過去を振り返るなよ、王様。あんたは未来を見るべきだ。それはシャルも望んでいることだろう? シャルだけじゃない。ベルも、騎士団の連中も、国民もきっと……」

「…………」

 ラムジン王は静かに天を仰いで息を吐いた。そしてゆっくりと目を閉じ、言葉を紡いだ。

「タケルくん。本当に帰ってしまうのだな?」

 ややあって、オレは答える。

「ああ。そういう取引だからな」

 魔導書に必要な魔力。その最後のピースはシャルだった。

 シャルの命を持って、魔導書は完成する。だが、なにもせずともシャルは消滅してしまう。それがシャルの契約。精霊との約束だった。

 その運命に抗う術はない。

 そして、シャルに残された時間は――

「王様。オレ、先上がってるよ」

「ああ。行ってやってくれ。なにより、キミの言葉を聞きたがっているだろうから」

「任せとけ」



「おや、案外早かったですね」

 バルコニーで待っていたシャルは、いつもの服に戻っていた。

「長風呂は趣味じゃないからな。つーか、今気づいたんだが、お前姿戻ってんのな」

 紅い瞳も、翼も生えてない。いつものシャルだ。

「はい、いつものかわいいシャルドネちゃんです。向こうの方がよかったですか?」

「いや、こっちの方が断然良い」

「おぉう……そうストレートに言われると弱いですね」

「なんだ、照れてんのか?」

「うっさい。タケルさんのくせに生意気ですよ」

「誰が生意気だコラ」

「……ふふ」

「ははは」

 二人して笑いが堪えられなくなってしまう。こうして笑うのも久しぶりな気がする。

「あ、そうだ。タケルさん。ここからお金の話をしてもいいですか?」

「……こりゃまた唐突だな」

「本業ですので♪」

 そういうとシャルは話を始めた。契約通り、騎士団に貸した分の利息をドリアードから受け取ったということ。それはつまり、オレの目的が達成したことの証だった。

「ふぅ……」

「ありゃ。気が抜けちゃいましたか?」

「そりゃな。ようやくここまで来たか、ってな」

「あはは、随分長かったですもんね。安心してください。お父様が決めた以上、あの魔導書の使い道は他にはありません。ちゃんとタケルさんに売りますよ」

「おうよ。これ以上隠し事は無しだぜ? 実は嘘でしたーってのはもう勘弁だからな」

「今度こそ本当に本当ですよ。だまして悪かったってわたしも少しは思ってるんですから」

「そりゃ殊勝な心掛けだ」

「まぁウソですけど」

「うん、知ってた」

 シャルはこういうやつだと、オレは知っている。だからこそ、こうして心を許しあえるのだ。シャルの隣が、居心地の良いオレの居場所だ。

「な~にニヤニヤしてるんですか? キモイですよ?」

「この顔は生まれつきだ。そんなに言うならなんか善い美顔器貸してくれよ」

「タダでは嫌です。お金取りますよ」

「英雄割りでなんとかならないか?」

「ブサイク割りなら適用してもいいです」

「ひっぱたくぞ」

「あ、女性に暴力はいけないんですよ? タケルさんはわたしに返しきれないぐらいの恩があるんですから! ほら、ブタールさんの洞窟の時だって……」

「あ! 思い出した! あのブタの合コン! お前、オレをエサにしたくせになんのお詫びもないもんな!」

「それを言うならタケルさんだって、ドラゴンとの闘いで使った道具代のツケ、わたしが肩代わりしてあげたんですからね! 感謝してほしいぐらいですよ!」

「なにおぅ……!」

「なんですか?」

 互いににらみ合う。だが、思わず吹き出してしまう。

 あはは、と笑いが起きる。まったくもっておかしい。おかしくて、おかしくて。シャルの目には涙が貯まっている。それぐらい、おかしいんだ。

「……ねぇ、タケルさん」

「ん?」

「出発は、明日なんですよね?」

「そのつもりだ」

「先延ばししてもいいんですよ?」

「そりゃ困る」

「どうしてですか。まだこの世界でやることがあるでしょうに」

「ねぇよ。お前のいない世界でなんか」

「……っ!」

「楽しくねぇんだよ。お前のいない世界は。オレは、この世界が好きだ。お前のいる、この世界が好きだった。……それだけなんだ」

「……ずるい、ですよ」

 シャルの声が段々震えてくる。

「そうやって、心をかき乱すのは。わたし、思っちゃうじゃないですか……この世界にもっといたいって……思っちゃうじゃないですか……」

「シャル……」

「ばか……タケルさんの……ばか……だいすき……です」

「……ああ、オレもだよ」

 シャルの小さな頭を胸に引き寄せる。

 シャルの涙は、とても暖かかった。


 次の日。

 城の広場には大勢の人が集まっていた。見覚えのある顔もちらほらだ。オレはその一人ひとりに話しかける。

「タケル、本当に行っちゃうのか?」

「ああ、世話になったな、パル」

「勇者様……ぜひまた帰ってきてくださいよ? その時はおいしいスライム肉をごちそうします!」

「できれば普通の肉で頼むよ、リルリラ」

「うおー! タケル殿に栄光あれ!」

「僕たちのことも忘れないでね~」

「ウイロウにチャボ。ああ、もちろんだ」

 誰もかれもが懐かしい。こうしてみると、人に恵まれていたんだな、と思う。

「ふ……我が心の友よ」

「…………」

「一人じゃ寂しいだろうからついていってもいいぞ? 今ならもれなくこのブタール様が――」

「うるせぇトンカツ」

「ブヒー!? だれがトンカツだーっ!」

 さて、ブタはスルーだ。

「う…うう……ぐす……」

「パ、パン子?」

「パン子じゃないです! シスターブレッドです! ふぇえ……短い間でしたが……前代未聞の女装シスターは永遠に忘れません……うぇえええん」

「で、できればそれは早急に忘れてくれないか? ほら、ハンカチやるから」

「チーン!」

 ああ。もうグショグショだよ。返す、と言ってきたパン子にお断りを入れつつ、先を急ぐ。しかし、こうも人込みが多いと中々前に勧めな――

「おう!?」

 不意に手を引かれる。そのまま導かれるように人込みの中を突き進んでいく。やがて開けた場所に出ると、

「ふぅ、なんとか抜け出せたわね」

 そこにはベルがいた。そうか、手を引いてくれたのもベルか。

「ありがとな、ベル」

「べ、別に。お父様の言いつけだから仕方なくよ!」

 いつものツンデレである。

「……なんてウソ。ちょっとだけあたしも話したかったから」

 急にしおらしくなる。いつものベルとは違う。

「あのね、タケル。あたし……タケルのことが好きだったの」

「……ベ――」

「でもね! それはもういいの。タケルは大切な感情をあたしに気付かせてくれた。とても感謝している。だから、それだけでいいの。この気持ちを大切に抱えたまま、あたしは生きていくわ。レヴンレイギス王国の……お父様の娘として」

「……強いな、お前は」

「タケルやお姉さまほどじゃないわよ。でも、やっぱり許せないわね」

「ゑ?」

「あたしの心をこんなにかき乱して当の本人は元の世界に還っちゃうなんて。うん、このままじゃ絶対許せない。だからさ、タケル。ちょっと目を閉じてくんない?」

 笑顔で手をパキパキとならすお姫様。笑顔が怖い。

「べ、ベルベットさん?」

「さ、早く」

「ちょ、ちょっとだけお時間を――」

「はーやーく」

 あかん。これ以上はもっとひどいことになりそうだ。オレは意を決して目を閉じる。

「くっ……!」

 だが。

 痛みの代わりに来たのは、柔らかい感触だった。

 目を開けると、ベルの顔がゆっくりと離れていく。

「うん。これで満足した。さ、タケル。早くお姉様のところへ行ってあげて」

「あ、ああ……わかった」

「急いでね! ほら、走る!」

シャルに急かされて小走りで先に進む。頬にほのかに残る、温かさに触れながら。


「準備はいいかね?」

 魔導書を持ったラムジン王に尋ねられる。オレは力強く頷いた。

 目の前にはシャル。もうすでに体の半分以上が透けてしまっているシャルだ。

 ラムジン王の詠唱がゆっくりと始まる。

 その時に、オレには見えた。シャルの身体から出た魔力が魔導書に注ぎ込まれているのを。辛い、だが目を放すことはできなかった。

「ねぇ、タケルさん」

 ふいにシャルに話しかけられる。

「この世界で肉体を失った魂って、どこに行くか知ってます?」

「いや、知らないな」

「じゃあ教えてあげます」

 シャルは優しく微笑んで言葉を紡ぐ。

「この世界で死んじゃった人の魂は、まったく別の世界で生まれ変わるらしいですよ。そんなの誰も確かめようがありませんし、信憑性に乏しいですけど……なんだか夢があると思いません?」

「ああ、そうだな。オレも、それは信じていいと思う」

「あ、言いましたね? じゃあ賭けでもします?」

「こういう時まで金かよ。まったくもってお前らしいよ」

「あはは、タケルさんも、いつものタケルさんで安心しました」

「最後は笑って、そういう約束だもんな」

「ええ……あ、そうだ。タケルさん。ちょっとこっちに来てください」

 シャルに手招きされる。

 もはやシャルの姿は透明に近い。そんなシャルの元へ急ぐ。

「なんだ?」

「はいこれ」

 そう言って渡されたのはシリル硬貨。一枚のシリル硬貨だった。

「これは――」

「魔導書代、経費、その他もろもろ含めたお釣りです。こういうのはしっかりしないとですからね」

「1シリルか……」

 硬貨を見つめ、オレは思い出していた。

 全てはここから始まったのだと。1シリルの重み……今のオレにはそれがよくわかっていた。

「さて、本当にこれで心残りはなしです」

「そうだな。オレもだ」

「では最後に、商人らしく、言わせてください」

 シャルは目いっぱいの笑顔で言った。

「ご利用、ありがとう……ございました!」



「…………」

 頭が痛い。

「……ぷはっ!?」

 がばっと起き上がる。かすむ視界が段々とはっきりしていく。ここは……オレの家だ。元の世界の、オレの家だ。

「帰って……来たのか……」

 ふと、時計に視線を向けると、最後に見た時間からそんなに経っていないことがわかった。あの世界ではあんなに時を過ごしたのに……

「全部……夢?」

 頭をぶるぶると振る。なんだか寝ぼけているようだ。夢、か。そりゃそうだよな。あんなファンタジックな世界なんて、この世にあるはずがない。オレは明日もいつも通り、会社に出社するサラリーマンだ。


 ピンポーン。


 ふいに呼び鈴が鳴る。

 はっ! もしかして、滞納している家賃の支払いの催促か!? 大家がやってきたのか!? 一気に現実に引き戻され、オレは戦闘モードへと入る。またいつも通り話をつけて待ってもらわなくては! オレは唾を飲み込んでドアノブを回す。


「どうも~」


 どこか間延びした声が聞こえてきた。

 水売りの訪問販売だとか。

 あなたにだけ特別な商品だとか。

 オレの耳にはほとんどその会話は入ってこなかった。

 ずっと彼女を見つめたまま。

 ただそれだけだった。

 買うんですか?

 そう尋ねられて、オレはようやくはっとした。

 体中を探し回り、そしてポケットに一枚の硬貨を発見した。

 オレはそれを取り出して静かに微笑む。

 そして、告げた。


「異世界のお金しかないけど、いいかな?」


                       終。

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