第46話 その時は、オレらも黙っていないさ。
「……さま。お父様!」
「うう……」
うめき声とともにラムジン王の目がゆっくりと開かれる。
「……ミ……ミスティ……?」
そこにいたのはシャルだった。
「……もう、寝ぼけてるんですか、王さま。わたしはシャルドネですよ」
「……あ……ああ」
「お父様!」
ベルが飛び込む。
「ああ……お父様! 本当によかった……!」
「ベルベット……怪我はないか?」
「もう……それはあたしのセリフです。もっとご自身の身の安全を考えてください!」
「はは、これは一本取られたな……」
ラムジン王がゆっくりと体を起こす。
「む……なんともない。これはキミの仕業かね?」
視線を向けられ、俺は首を横に振った。
「オレにそんな能力はありませんよ。こいつの、シャルのおかげです」
「そうか……ありがとう。しかしシャルドネ殿、その恰好は……?」
当然の疑問がシャルに投げかけられる。赤い瞳に黒い翼。それは以前のシャルの姿とは全くの別物だった。
「ああ、これですか? ちょっとだけイメチェンを――」
「シャル」
「あ……」
肩に手を置くと、シャルは観念したかのように息を吐いた。
「あはは、こうなったらもう白状するしかないですね」
そういうとシャルは膝をついて恭しく告げた。
「お久しぶりです、お父様。ミスティカ=レヴンレイギス、地獄の底より舞い戻ってきました」
シャルは――ミスティカ=レヴンレイギスは十数年前のあの日、確かに死んだ。
しかし、短い人生に突如終止符を打つことになったミスティカの元に、一人の来訪者が現れたのだ。
それはヒトではなく、精霊だった。
魂を運ぶ精霊に、ミスティカは乞うた。
わたしには、まだやらなければならないことがある、と。
彼女の熱意に圧されたのか、それとも単なる気まぐれか。精霊はその願いを聞き届けることにした。そうしてミスティカは、新たな命と、新たな名を与えられた。シャルドネという名を。
しかし、その命のともしびは、そんなに残されていなかった。
彼女の願いが叶うまで。それが精霊との約束だった。
「お父様。わたしはあなたがこの世界に来たときからずっと知っていました。あなたが辛い思いをしていることを。その人徳と手腕を持って王の立場まで上り詰めたあなたでしたが、心はいつも向こうの世界にありました」
シャルは優しく微笑む。
「そこでわたしは気づいちゃったんです。あなたは帰りたがっていると。向こうの世界を夢見ていると。そうでしょう?」
王はただただ目を見開くばかりだ。否定も肯定もしない。
「だからわたしがなんとかしなくちゃ、と思ったのです。あなたの血が流れるわたしだからこそ、やれることがあると思ったんです」
そんな時だった。あの事件が起きてしまったのは。
「まったく、人の良い精霊もいたものですよ。それだけわたしが必死に見えたんでしょうね。彼女はわたしに一つの物を授けてくれました……魔導書です」
どくん、と心臓がはねた音がした。オレが心から欲しがっていたもの。その名前が出てきた。
「ごめんなさい、タケルさん。あれ、そのままじゃ使えないんですよ。魔力が足りないんです。だからわたしは魔力をためる必要があった。長い年月をかけてね」
そのための命ですから、と付け加える。
「魔力をためるって……どうやって?」
「魔力というのは目に見えないだけでそこらじゅうにたくさんあるんですよ。もちろん人間にもです。精霊というのも魔力の塊……そして魔力は物にも宿るんです。持ち主の気持ちが込められていればいるほど、宿る魔力も大きいんです。で、わたしはそこでシリルというものを考えた」
「だから、お前は商人を……」
「はい。お金に宿る魔力は凄いんですよ? 色んな人の思いが詰まっていますからね。お金を稼げば稼ぐほど、魔力はどんどんたまっていく。そんな時に、あなたに出会ったんです」
シャルに視線を向けられる。
「軽蔑してください。わたしはあなたを騙してました。本当は魔導書を渡す気なんてなかったんです」
「あの時は、だろ?」
「……あはは、わかってましたか」
シャルは気づいたのだ。ラムジン王と再会し、彼を取り巻く人々と会ったことで。
王に魔導書は必要ないと。
「あなたは未来を見ていました。わたしの力なんて必要なかったんです。それなのにわたしは過去に縛られたままで……どうしていいかわかんなくなっちゃったんです」
それでもシャルが続けてこられた理由、それもひとえに父を思ってのことだ。
「すみません、結局わたしは一人で――」
シャルの頭を大きな手が優しく包む。ラムジン王の手だ。
「もういい。もういいんだミスティ。おまえがそんなに苦しんでいたのに私は何もしてあげられなかった……謝るのは私の方だ。本当に、今まですまなかった」
「な、なに言ってるんですか。あなたは何も悪くありませんよ。全部わたしが……わたしがぁっ……!」
シャルの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。すすり泣きはやがて嗚咽に。これまでためこんできたものが一気に溢れ出たようだった。
「ずっと……ずっとこうしていたかった……お父様ぁ……!」
「ああ……ああ。おかえり、ミスティ……」
娘の魂の言葉に、父は熱い抱擁で応えた。
「え、ええと、完全に気を逃した気がするんだけど……」
戸惑うベルにオレは同調する。
「ああ、オレもだ。なんか入りづらい雰囲気だったしな」
「その、混乱してるから整理したいんだけど、シャルがあたしのお姉ちゃんってことよね?」
「そっか、ベルはまだ物心がついてなくて覚えていないんだったな。ま、そういうことだ。突然のことでビックリしてるだろうけど、気軽にお姉ちゃんって呼んでいいんだぜ?」
「そ、そう? じゃ、じゃあ……おねえ、ちゃん?」
「はい、なんでしょうか。ベルベットさま」
「なんか違うんだけど!」
妹扱いされていないことに納得がいかなかったのだろう。ベルは眉を下げて叫んだ。
「冗談ですよ。こっちに慣れちゃったからついこう言ってしまったんです。ベルベット。もう一度わたしを家族として受け入れてくれるなら、また昔みたいに戻っていいですか?」
「も、もちろんよ! あたしだけ覚えてないってのも納得できないけど……それはまたこれから知っていけばいいよね?」
「……はい!」
シャルも飛びっきりの笑顔で答えた。
「さーて、んじゃ邪魔者はこの辺で消えますか。あとは家族水入らずで楽しんでくれ」
「ちょ、どこに行くのよタケル!?」
「キミは英雄なんだ。それなりのもてなしをしなければ……」
「あ、そうですか? んじゃ、一つだけ希望をば」
「ああ、なんでも言ってくれ」
「今日はこのあと三人で過ごすこと! めんどくさいことは騎士団の連中がやってくれますからね、マコさん」
「はい、お任せください!」
「はは……参ったな。わかった、そうさせてもらおう」
「細かい話はまた明日ね。オレはこれから行くところがあるから」
「タケルさん、あまりやり過ぎないでくださいよ?」
「それは保障しかねるなぁ」
軽口を叩き、オレは城を後にした。
目の前に対峙するはアイゼンフォート商会。
オレの傍に控えるブタ、パル、リルリラ、パン子、ウイロウ、チャボ、そしてそれ以外の商会の面々。
コアントロがひきつった顔で尋ねる。
「な、なんだお前たちは!? 一体何の用だ!?」
「とぼけるなよコアントロ。こっちは全部知ってるんだぜ? 裏で色々回って七商会の解体や王国の転覆を図ったって。こっちの情報力なめんなよ?」
「こ……こんなことしていいと思っているのか!? いいか!? 私に何かあったらバックにいる連中が黙っては――」
「おお、上等だ。その時は、オレらも黙っていないさ」
皆が頷く。
「今みたいにな♪」
「ひ……」
コアントロの叫びが、ギルド中に響いた。




