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第31話 ええ、わたしは見えますから

 世界銀行。

 というには、あまりにも古びた町だった。

 妖国モラリス。それが本当の名前だそうだ。

「妖国って、こりゃまた妙な呼び名だな」

「由来を知りたいか? ならば周りを見るがよい」

 ドリアードに言われて辺りを見渡すも、そこにあるのは瓦礫の山だけだ。まともに建っている建物の方が少ない。

「わぁ、ホントに。すげぇ都会だなココ」

「おい、こやつおかしいぞ。これのどこが都会に見えるというのか」

「タケルさんがおかしいのはいつものことですよ。頭も顔もおかしいのです」

「お前ら好き放題か」

 オレなりの気遣いだというのに。こいつらに遠慮はいらないのかもしれない。

「古臭くてボロっちい廃墟だ。こんなところに住めるやつなんかいねぇよ」

「おい、こやつキチクだぞ。気遣いというものを知らんのか」

「タケルさんはいつもおかしいですからねぇ。頭も顔もおかしいのです」

「結局ダメじゃねぇか」

 バランスって難しい。

「お主には見えぬか? あちこちにいる住人の姿が」

「住人? どう見たって誰もいない――」

「はいコレ」

「って。なにすんだシャル」

「このメガネをつけてみてください」

「ほほう。そしたら何かが見えるってのか。面白い」

 頭に置かれたメガネを掛けてみる。

「…………」

 鼻メガネ。

「くく……とてもお似合いですよタケルさん……ぷぷ」

「えい」

「なにするんでふか、タケルふぁん」

「ごめんなさいは?」

「ごめんなふぁい」

 ほっぺを解放してやる。シャルは涙目で頬をすりすりする。

「冗談じゃないですかぁ……はい、本物はこっちです」

「最初から渡せよ……ったく」

 シャルから渡されたメガネを掛ける。

「…………」

 ☆メガネ。

 シュパアッ!

 オレとシャルの追いかけっこが始まった。

「……どこ行くんじゃ奴らは」


「すみませんタケルさん許してください反省してます」

「反省の色が見られないな。もう少し強めに行っとくか?」

 シャルの顔面にアイアンクローをかます。こんな状況でも余裕のシャルである。

「反省してますってば。ホント」

「……そろそろいいかの?」

 見かねたドリアードが声をかける。

「案内の続きをしたいんじゃが」

「お、おう。すまなかったな。で、どこへ行くんだっけ?」

「この街の中枢じゃ。ほれ、彼らが導いておるじゃろう?」

「彼らって?」

「足元にいる彼らじゃ」

「虫しか見えない」

 アリの大軍がエサを運んでいるところだった。

「タケルさん。はいこれ」

 シャルからゴーグルを渡される。

「…………」

「なんですかその目は。今度こそ本物ですから」

「ホントだろうなぁ……うお!? すげぇ!」

 そこに広がるのは光の群れだった。一つ一つが強く輝き、己の存在感を示しているかのようだ。ゴーグルを取ってみると……やはり見えない。しかしゴーグルを掛けると、再び見える。こんなにもはっきりと。

「なんなんだこいつらは……」

「光の妖精じゃ。位の低い微妖精じゃがな。童のような大精霊は誰にでも見えるが、普通の人間には精霊は見えぬ」

「はっはーん。妖精が住むから妖国ってことか。謎は解けたぜ」

「そんな誰にでもわかることをドヤ顔で言うなんて、タケルさんはなんてかっこいいんでしょう」

「…………」

 拳が震える。

「ところで、その奇妙な眼鏡は……聖具といったところか?」

「はい! お値段は張りますが普段見ることのできない微妖精を見ることのできる優れものですよ。タケルさんもおひとついかがです?」

「レンタルでいいよ。てか、お前はいいのか? これかけなくても」

「ええ、わたしは見えますから」

「……ナンデ?」

「心の清い者には肉眼でも見えるのじゃ」

「そういうことです」

「心が清い……? シャルが……? んなアホな……!」

「なんですかこの世の終わりのような顔をして。失礼な」

「だって心は暗黒だろ? 暗黒心ちゃんだろ? そんなお前が見えるなんておかしいって!」

「人に変なアダ名つけないでください。現にこうして見えてますし、やはり清いってことじゃないですか? ……おやぁ? その理論でいくとタケルさんはそうじゃないみたいですねぇ……」

 ニタァ、と悪魔のような笑みを浮かべる清い人。ギャップも甚だしい。

「う、うるせぇ! 肉眼で見えなくてもこれがあればいいよ! しばらく借りるぞ!」

「まったく、かわいいですねぇタケルさんは。特別に貸し金はサービスしてあげますよ」

 ニタニタ笑うシャルの視線を背中に浴びながら光の妖精が作り出した道を歩む。やがて古ぼけた大きな建物にたどり着いた。

「ここは?」

「この町の中枢。つまり世界銀行の中枢。したがって銀行じゃ」

「……とても銀行には見えない」

 しかも世界銀行と名乗っているのに、外壁はボロボロ。中は真っ暗。セキュリティもクソもなさそうに見える。

「そんなのは見た目だけじゃ。ついてこい」

 銀行の中へ入り、欠けた階段を下りる。一歩でも足を踏み外すと真っ逆さまに落ちてしまいそうだ。

「ついたぞ」

 やがて大きな扉の前に出る。よく銀行で見かけるデカくて丸くてゴツイ扉だ。

「へぇ、ここはさすがにしっかりしてんだな」

「こっちじゃ」

 そう言って足元のマンホールを開ける。

「そっちかよ!?」

「ふむふむ。こちらの方は囮だったんですね」

「誰もマンホールの下に金庫があるなんて思わないよなぁ……」

 更に梯子を下りる。そして、少し開けた場所に出た。

「ここじゃ」

 と、ドリアード。しかし……

「……何もないじゃないか」

 見事に何もない。精霊にほのかに照らされた空間だけ。

「まさか……オレたちハメられたんじゃ?」

「オレたち、じゃなくてオレ、ですよタケルさん。ハメられたのはあなただけです」

「シャル?」

「タケルさんおびき寄せる代わりにわたしの罪を免除していただけるのです。ですから、タケルさんには大変申し訳ありませんが、ここで始末されちゃってください」

「シャル……てめぇ!」

「ほーほっほ! タケルさんは最後までマヌケでしたね! 辞世の句は読みましたかー!?」

「ちくしょおおおおお!!」

「なーにやっとるんじゃ、お主らは」

 ドリアードがあきれ顔で呟く。

「えへ、ごめんなさい。ついやってみたくなって」

「小芝居も大概にしろ。そこの小僧なんて本気で信じてるぞ?」

「……へ? 嘘なの?」

「え、信じてたんですか?」

 互いに不思議そうな顔をする。

「あんなの嘘に決まってるじゃないですかー! ナニ騙されてるんですかタケルさんウケる」

「お前が言うとシャレに聞こえないんだよ! この腹黒女!」

「かっちーん。頭にきましたよわたしは。冗談を本当にしてやりましょうか!」

「やれるもんならやって――」

「いー加減に……せいっ」

「「あうっ」」

 ドリアードからチョップを食らう。

「話を逸らすのもいい加減にするのじゃ。ほれ、お主らの違和感の正体を見せてやるぞ」

 そう言うとドリアードは宙に丸い円を描いた。やがて円の中心から文字が走り始め、小さな魔法陣が形成される。そこから更に広がった光は空間全体を包み、そこに無かったものを映し出した。

 それはシリル硬貨の山である。空間を埋め尽くすほどの硬貨がそびえたっている。先ほどまではそこになかったものだ。

「これを管理するのが世界銀行の役目じゃ。世界中の富豪から金を預かっている。数えるのもめんどくさいから数えておらぬが、どれでも好きな国を一つ買えるぐらいはあるかの」

 などと当然のように言った。そんな途方もない莫大な金がどうしてこんな古ぼけた土地にあるのか。オレの疑問は無意識に言葉になり、ドリアードに届いていた。

「ここは滅多に人間が立ち入らない不踏の地じゃからな。あらゆる富豪たちの隠し財産を隠すにはちょうどいい場所なのじゃ」

「公には公表できない黒い金ってことか。でもここって不踏の地ってほどじゃないよな? オレたちでも簡単にたどり着けたわけだし」

「そうでもないぞ。普通の人間なら大精霊である童の気に充てられて蒸発してしまう。砂のようにサラサラとな。お主らは運がよい」

 などと当然のように言った。聞き捨てならぬ言葉である。

「まてまてまて。それじゃアレか? 運が悪かったら今頃オレたちは空気の一部ってわけか? んなこと聞いてねぇぞ!」

 意見を求めるようにシャルに視線を送る。あ、目を反らしやがった。

「だからこそお主らをここに招いたのじゃ。見込みがあると思っての」

「見込み? 一体何の?」

「ここは世界銀行じゃ。金を預かって、そして貸している。じゃから、童がお願いしたいのは――」

 ドリアードは指を一本立ててこう言った。

「金貸しじゃ」

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