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第29話 そんなこと言って、人として恥ずかしくないんですか?

 “王のいない国”。小国モラリスを目指すオレとシャルは、その途中にあるというブラン平原へとたどり着いた。だだっ広い何の変哲もない平原だ。なんとのどかなところなんだろう。そう思った。シャルの言葉がなければ。

「なぜモラリスが未開の地と言われるのかといいますとねー、実はこのブラン平原が大きく関わっているんですよ。ここに足を踏み入れた者は誰一人として帰ってこれない……別名地獄の入口と言われているんです。……さ、いきましょうかタケルさん」

「なぜその話の流れでオレが行くと思った?」

 話に脈絡もクソもない。そんな物騒な呼び名があるところに自ら進んで入ろうというやつなんかいないだろ。

「行かないんですか? ですがここを通らないとモラリスにはいけませんよ?」

「それはまぁそうなんだが……もしものことがあったら困るだろ? オレ、まだこの世に未練たっぷりだし」

「そんなタケルさんが未練がないようにわたしがお手伝いしてあげましょう!」

「お前はオレを殺したいのか……?」

「で、何が心残りなんです? おいしい物が食べたいですか? 大金持ちになりたいですか? 残念ながら後者を叶えるには利子が――」

「かわいい女の子と付き合いたい」

「…………へぁ!?」

「あと、一度でいいからホームランが打ってみたいな。こう見えて学生時代は……って、どうしたんだシャル? 顔を真っ赤にして」

「え、え、えと、ですね、タケルさん。その願いを叶えるにはちょ、ちょーっと心の準備がいるとかなんとか……」

「……あぁーそういうことか。大丈夫だシャル。お前みたいな顔が良いだけのガサツでガメツイゲス女には興味ねーから」

「ではかわいい女の子があなたの頭をホームランしましょうか」

 マズイ。こいつ願いを一気に叶える気だ。

「じょ、冗談だ。早く、行こう」

「ええ。言葉には気をつけましょう?」

 シャルの崩れぬ笑顔に睨まれて、オレは先を急いだ。


「マズいぞシャル。底なし沼だ」

 足がずぶずぶと沈んでいく。これが沼だと気づいたのは割とすぐだった。もがけばもがくほど沈んでいく。なるほど、動かない方がいい。しかしそうしている間もゆっくり、ゆっくりと沼はオレを飲み込んでいく。

「さっそく平原の洗礼ですね。哀れです、タケルさん。くすん」

「ウソ泣きはいいから助けてくれ。お前は沼に嵌っていないだろう?」

「それはまぁそうですが」

 沼から一歩引いたところで高見の見物を決め込むシャル。手を伸ばそうともしない畜生である。

「人にぃ、物を頼むときはぁ、態度ってものがあるんじゃないんですかぁ?」

「……お前、さっきのことまだ怒ってるのかよ」

「はぁ? なんのことですかぁ?」

 手を耳に当てるなんですかぁ?ポーズだ。すごく腹立つ。だが背に腹は代えられない。プライドを捨てる時だ。

「お願いしますお願いします美人で可憐で聡明なシャルドネさま。この哀れな子羊をお救いくださいませ」

「感情がこもってませんね。そんなことじゃ立派な芸者には慣れませんよ?」

「なるつもりなんて全くないんだが」

「それと、大事な部分がいっこ抜けてますよ。美人で可憐で聡明で、おまけに慈・悲・深・い! そう慈悲深いシャルドネさまお助けくださいでしょうがこのおたんこなすさん」

 慈悲深い人は目の前の人を無償で助けてくれると思う。こいつはその真反対にいる人間なのだ。

「……わかりました。美人で可憐で聡明で、おまけに慈悲深い――」

「ナイスバディの!」

「……ナイスバディのシャルドネさん、どうかお助けください」

「と! 哀れなブタが申しております! さんはい!」

「……と……哀れな……ブタが……!」

「あるぇ? どうしたんですかタケルすわぁん。助けてほしくぬわぁいんですかぁ?」

「哀れなブタが……申しております……!」

「申してるでブゥ! 申してるでブゥ!」

「……も・う・し・て・る・でブゥ……!」

「そんなこと言って、人として恥ずかしくないんですか?」

 コロス。こいつは絶対にコロス。

「ま、いいでしょう。及第点です。ではこの空飛ぶ竹とんぼくんを使って――あっ」

 取り出した瞬間、シャルの手からぽろっとこぼれる。

「ちょっ!」

 慌てて手を伸ばすシャル。しかし、足を滑らせてそのまま沼へ。

「ふぎゃ!」

 ぴゅーんと飛んでった竹とんぼくんはそのままオレの目の前へ。にやりと笑い、オレは竹とんぼくんを回して沼から脱出する。そしてシャルの方を振り返った。

「タ、タケルさーん。わたし、沼に嵌っちゃいました。えへ、ドジっちゃった」

「…………」

「な、なんで何も言わないんですか? 心のやさしーいタケルさんならわたしがどうしてほしいか知ってますよね? あ、知った上でいじわるしてるんですか? もータケルさんったらぁ~」

「…………」

「ちょ! どうして後ろを向くんですか!? か弱い女の子がピンチなんですよ! 男なら助けないと! わたし、そういう勇気のある人素敵だと思います! 本当ですよ!?」

「…………」

「って、どうして急に野鳥と会話を始めるんですか!? てかタケルさんそんなことできたんですか!? うわすっげぇ早く助けて!」

「…………」

「そこには誰もいませんから! 一体誰と話してるんです!? 幽霊!? 幽霊ですか!? タケルさんは幽霊と話が出来たんですかうわすっげぇ早く助けなさいよこの無一文ーーー!!」

「冗談だよ、ほらよ」

 竹とんぼくんを手渡してやる。きょとんと呆気にとられた様子のシャルは易々と沼地を脱出した。

「あ、ありがとうございます。とんだ変態プレイを要求されると思ってましたが……」

「どこかの誰かさんとは違うんだよ。それに、お互いさまだしな。これからどんな罠が待っているかわからない。慎重に行くぞ」

「え、ええ。あのー……すみませんでした」

「いいって」

 若干しおらしくなったシャルを引き連れて先を急ぐ。こいつも黙っていると美人なん――

「ふぉおい!」

「な!? なんだ!?」

 急に奇声を上げて飛び出したシャル。しゃがみこんで何かをつまみ上げた。

「お金! こんなところに金貨袋がありますよ! へっへっへ、やりました!! ツいてます!!!」

「……前言撤回」

 金に飛びつく姿はまるで獲物を追うヒョウのようだった。すごい執着心である。しかし妙だな。こんな人気のない場所でそんなまるまる太った金貨袋があるなんて――ッ!?

「シャル! すぐにその場を離れろ!!」

「へ?」

 気づいた時にはもう遅かった。シャルをすっぽりと包む巨大な影。それにようやく気付いたのか、シャルが顔を引きつらせながら後ろを向く。そこにあったのは、巨大な食虫植物だった。

「きゃああああ!!」

 絶叫するシャル。すると、食虫植物はパカっと口を開け、中にもう一つの影が見えた。そしてそれは……

「なんじゃ煩いのぅ……童の眠りを妨げるのは誰じゃ?」

 小さな幼女だった。

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