第27話 ならばいっちょ死んでみますか。
城からつまみ出されたところまでは覚えている。つまみ出された理由も。
「いきなり飛びかかるからですよ、タケルさん」
「面目ない……」
「ですが、タケルさんがやらなかったらわたしがやってたかも、なんて」
シャルは笑顔で言った。
今頃城ではベルと干し肉野郎の結婚式が執り行われている頃だろう。宿屋の窓の外を眺めながらそう思った。扉の前には兵士。前もって用意していたのではないか、と思われるほどの手際の良さだ。これもコアントロが用意させたものだろうか?
「まさかあのバカ王子とコアントロが繋がっていたなんてな……」
「ああいう考えが読めない人だから嫌いなんです、あの人。商人としての才能はあると思うんですけどね」
そこだけはシャルも認めるところのようだ。
「そもそもどうしてあいつらが結託してるかだ」
「きっと裏取引でもしたんでしょう。ベルベット様を渡す代わりに商会に便宜を図れって」
「そのためにベルが犠牲になったってのか」
「あくまで推測の域を出ませんがね。とにかく、ここから出ないことには始まりませんね」
「だが警備が厳重だ。ねずみ一匹通さんって顔しているぜあいつら。生きている間にはここから出られんかもな」
「そうですか。ならばいっちょ死んでみますか」
「えっ」
シャルは笑顔で言った。
「ああ! タケルさん! なんということでしょう! しんでしまうとはなさけない!」
「なんだ? なにがあった?」
「くすんくすん、傭兵さん。タケルさんが……タケルさんが童貞をこじらせて死んでしまいました」
「ど、童貞をこじらせて!?」
「胸を触ってみてください。心臓が止まってますでしょう?」
「た、確かに。し、しかし童貞をこじらせて死ぬなどと」
「今こうして目の前に証拠があるんです! 彼の死因は童貞なんです! お願いですから……彼をこのままにしておけません。墓に埋葬を!」
「わ、わかった! 手を貸そう!」
「いえ! わたし一人で十分です! そこの扉を開けてください!」
「お、おう」
「お手伝い感謝します! これで彼も浮かばれます! 来世ではきっと童貞も卒業できるでしょう!」
「上手くいきましたね」
「よし、シャル。お前を殴る」
「なんでですか。上手くいったじゃないですか」
「その過程が問題なんだ。なんだ? 童貞をこじらせて死亡って。もっとマシな言い分はなかったのか?」
「おや聞こえていましたか。仮死状態だったのによく聞こえたものです」
「おぼろげにな。だが一時的にとはいえ心臓を止めることができるってすごい道具だな」
「わが社自慢の商品ですから。このリザレクトリングは」
シャルが取り出したのは呪文が掘られた金色のリングだ。
「このリングは生者を仮死状態にもできるし、また逆に死者を一時的に蘇生することもできる万能リングなんです! タケルさんもおひとついかがです?」
「ふざけてる場合か。先を急ぐぞ」
「今なら魔法効果が二倍になるペンダントも――」
「シャール」
「はいはいわかりましたよ。ユーモアの通じない方ですね。えっと、ベルベット様に会いに行くんでしたっけ?」
「ああ。城に乗り込まなくちゃな」
「それならわたしにお任せください」
「……」
「あ、なんですかその目は。わたしが信じられないんですか?」
「ほう。理解が早くて助かる」
「失礼な方ですね。でも大丈夫です。任せてください」
「……わかった。不安だが任せる」
「任されました」
この間気づいたことだが、城の中は穴だらけだ。一旦注意を向けさせれば侵入することも容易い。だから今回も。
「はぁ……」
「何をため息吐いてるんだ、お姫様」
「へ!? あ、タケル!? あんたどうしてここに……!」
「どうしてもベルと話がしたくってさ。こっそり侵入させてもらった」
「侵入って……衛兵にバレたらタダじゃ済まないわよ!? そもそもこんな厳重な警備の中侵入って……」
「シャルが頑張ってくれた。いや、現在進行形で頑張ってるかな。そんなことよりも、だ。ベル、事情を話してくれ。どうしてこんなことになったんだ?」
「……元々、あたしに縁談が来てたのは知ってるわよね? 実はその縁談の相手がサラミ王子だったの」
「オレも会ったぜ。あのいけ好かない野郎な」
「あはは。あたしも結婚する気なんて更々なかったの。だから逃亡を繰り返していたんだけど……いよいよそういうわけにもいかなくなっちゃってね。そこで、無理難題を出すことで先延ばしにする作戦に出たの」
「無理難題?」
「ええ。かの伝説の竜石を用いたアクセサリーと、これまた入手の難しいアクアベールを持ってくること。それが縁談の条件だって」
「あ……あぁー……なんていうか、ごめん……」
「あんたが謝る必要はないわ。まさか本当に手に入れるなんて思わなかったけど。あんたたちは仕組まれたのよ。七商会、なによりアイゼンフォート商会の連中にね」
「うむむ。ベルの話を聞いた王子がコアントロに依頼したってことか。それにオレたちは誘導されたんだな」
「そういうこと。でもあなたたちが気に病むことはないわ。あなたたちは自分たちがすべきことをやっただけだもん」
「だけどそれでお前が――」
「いいの。いずれこうなる運命だったんだし。ここらで潮時かな。今までとは立場が異なるけど、それでもあたしは変わらずベルベットよ。あなたの知ってるベルベットよ。だから、今まで通り接してくれたらうれしいな」
「ベル……覚悟が足りなかったのはオレの方か」
「覚悟なんてする必要はないのよ。タケル。立場が変わってもあたしたちの関係は何も変わらないわ。それだけは覚えておいて」
城門の前へと戻ってくる。シャルは相変わらず門番相手に商売を続けていた。
「あ、タケルさん。お帰りなさいです。お話しはできましたか?」
「ああ。しっかりとな。どうやら向こうは向こうで考えているみたいだ。これ以上オレがとやかく言う問題じゃないのかも」
「アイゼンフォート商会にハメられたことだけは我慢なりませんけどね。ま、タケルさんがそれでいいならいいんじゃないですか?」
「自由交易権も保障してくれたしな。よし、宿に戻るぞ。明日からの動きを考えなくちゃ」
「はーい。しかしタケルさん。そうは言うものの全然スッキリした顔じゃないですね?」
「……当たり前だ」
これが王族と一般人との違いと言われればそれまでかもしれない。オレにはわからない世界。それが確かにそこにあった。
翌日。オレとシャルは城へと向かう。ブタールからの報告で残りの商会の許可も取れたということだ。これでオレたちは必要条件を達した。随分遠回りしたけど、これで自由交易権を手に入れることができる。後はこの国の王から承認してもらうだけだ。
玉座の前でひざまづいて待っていると、サラミ王子とベルが入って来た。
「ごきげんよう皆の衆。昨日、我とベルベットは晴れて夫婦となったのだ。褒めろ、称えろ、もっと崇め奉るがいい。はっはっは」
「……うっせバカ王子」
「タケルさん。聞こえちゃいますよ?」
「ん? なんだそなたらは? 我に何か用か?」
「これはこれはサラミ王子。わたしたちはグリンゴッツ商会の者です。約束通り、七商会の許可を得たので自由交易権をいただきに参上いたしました」
シャルは営業スマイルで言った。
「自由交易権? そんなこと我は聞いていないぞ?」
「国王とのお話しでしたので、聞いていないのも無理はないかと。しかし難しいことは何もありません。なんなら国王にお話ししていただけたら……」
「断る」
「え?」
シャルの表情が固まる。
「我はベルと夫婦の契りを結んだのだ。ということはこの国は次期国王である我の物に等しい。だからこの国のすべては我が決める。当然、商売に関してもだ」
「お、おっしゃってることがわかりかねますが?」
「どの商会が交易するかも我が決めるのだ。それにはまず七商会すべてを解体する! そして改めて我の手で商会を組織するのだ! そうだ、それがいい!」
「んな!?」
「馬鹿な! そんなことしたらめちゃくちゃになるぞ! そもそも国王がそんなこと許すはずがねぇ!」
「国王、か……いや正しくは先代の国王、か。報告が遅れてしまったが、彼の身に不幸が起きてしまってな。今は病床に伏していて目を覚まさないのだ。だから、現時点において実質的な王はこの我となる」
サラミ王子から次々に発せられる衝撃の事実。一番に反応したのはベルだった。
「そ、そんな! お父様は他国との交渉で国外に出られているだけだと――」
「ああ、それはすまなかったな。ベルベット……我が妻よ。その遠征先で不幸に見舞われたのだ。後で見舞いに行くといい。最も、目を覚ますことはないだろうがな。くっくっく」
「そんな……!」
「おいおいおい、一体何がどうなってるんだ? こんなの国家転覆と同じじゃねぇか!」
「それなら安心したまえ。この事実を知るのはここにいる者だけだ」
「あー……これはマズい流れ」
「奴らをひっ捕らえよ。この城から出してはならぬ」
「やっぱそうなるよねぇ!?」
この後、牢屋に一直線に案内されるところまで想像できた。その先は……想像したくもない。
「そうはさせません!」
直後、まばゆい光が辺りを包む。
「うおっまぶしい!」
「こっちです!」
「ええあぁ?!」
ぐいと腕を引かれる。わけもわからず走り続ける最中、兵士たちの声が遠く響いた。




