第2話 とにかく、何をするにもお金は必要です。
「無知識で無教養で無一文なタケルさんに一から教えてあげますと……」
そう言って商人シャルはサイドテールをピコピコと揺らしながら話を始めた。無、無、無ばっか言ってんじゃねぇよ。キレてんのか。
「コレがこの世界の通貨です」
さきほども見た金ぴかのコインを差し出される。
「といっても、お金の価値がわからないタケルさんにはコレがどれほどの価値を有しているのかわかりませんよね。ま、わかりやすく言えばこの硬貨が一枚あれば水を一杯買えると思ってください。さきほどタケルさんが飲み逃げしたアレです。この世界ではコレを用いて品物の売買をします。もちろん、品物だけでなく労働力や権利、人の心でさえもコレで買えちゃうんです。万能です。お金は万能なんです」
「ところどころバカにしながらの解説ありがとう。おかげで無教養のオレにもよくわかったよ」
「いえいえ礼には及びませんよ。本来なら受講料を取るところですが、今回は特別です。タダです。あ、そう考えると段々腹が立ってきました。やっぱ感謝してください」
「グーで殴るぞ」
そんな本気かどうかわからないシャルのありがたい授業を聞きながら、中央都市を目指す。シャルの話だと、そこに元の世界へ帰る方法があるという。本当かどうかはわからないが、他に頼りがない以上、その情報にすがるしかない……オレは一刻も早く家に帰らないといけない。
「しかしタケルさん。こんなこと聞くのもアレですけど、どうしてそんなに元の世界に帰りたがるんですか? せっかく異世界に来たんです、もう少し楽しんでからでもいいじゃないですか」
「シャル……お前は大切な人とかいるか?」
「へ? なんですか急に気持ち悪い」
「オレには、いる。オレの帰りを待っている大切なヤツがいるんだ……」
「……まさか、所帯持ちでしたか。そんなことも知らずに軽率な発言を……このシャルドネ、一生の不覚です。その、タケルさんの大切な人ってどんな方なんですか?」
「ふふ、オレがいなくちゃ何もできないヤツさ。ただ、会うといつも笑顔をくれる……ひまわりのような笑顔だ。それをみてオレも元気になる。そして、よーしやるぞっていう気持ちになるんだ。あいつはひまわりであり、オレのエナジードリンコなんだよ」
「へぇ。それはとてもとても興味がありますね。早くその方の元に――」
「萌え萌えきゅんきゅんラブラブビーム☆」
「……ゑ?」
「そいつのキメ台詞だ……画面の向こうのあいつはいつもそれをしてくれるんだ。そしてオレは言うのさ……うわー、やられたでござるw ぐふぇふぇふぇ……って。あぁ、最高だよミミたん……」
「ごめんなさい、つかぬことをお聞きしますが、それって人間ですか?」
「そんな些細なことは問題ではない!」
「十分デカイですよ。ジャンボですよ」
大きくため息をつくシャル。まるでオレの話がつまらなかったようだ。まぁいいさ、オレにはオレにしかわからない世界がある。
「とにかく、性急ではないことは理解しました。のんびり行きましょのんびりと」
「ま、待て! あまりのんびりするとオレのミミたんが……!」
「黙らないと利子増やしますよ?」
「いや、利子とかついてんのかよ」
衝撃的な事実を知らされた後、中央都市までの道すがら、シャルにこの世界のことをいくつか教えてもらいながら歩を進める。そして中央都市へ着く頃には陽もオレの知識もすっかり深まっていた。
中央都市という名前の通り、大陸の中央に位置するこの都市は人も商業もなにもかもが盛んで、全ての情報はこの都市に集まると言われるほどの大都市だそうだ。なるほど、確かにその通りのようだ。とてつもなくデカイ石造りの都市は、町のあちこちに家が建ち、人々が行き交い、活気に満ち溢れていた。
「ほぇ~、東京ドーム何個分かな?」
「その建造物については全くわかりませんが、簡単に言うとグラーツ広場50個分ですよ」
「オレはその建造物がわからない」
シャルに案内され、町の中央を突っ切る。しばらく行くと、店が軒建つ商業区のような場所に出た。謎の果物が売られ、それから客引きの声が聞こえる。謎のテーマパークに来た気分だ。
「なぁシャル。あそこにある目がついたリンゴみたいな物ってなんだ? モンスターか?」
「あれはアプルですよ。果物です。モンスターじゃないです」
「じゃあそれを売ってるハゲのおっさんは?」
「あれはモンスターです」
「モンスターが商売してんのか……」
「嘘です。あれは人間です」
「お前って結構嘘つきだよな」
「弁が立たないと商売になりませんから。ほら、着きましたよ」
そうこうしているうちに目的地に着いたようだ。
「……ってデカッ!」
他の建物と一線を画す天高くそびえる塔が目の前に。見上げると首が痛くなりそうだ。
「中に入りますよ」
驚く間もなく、そう促されて入店した。
入店、という表現を使ったのは、そこが店だからだ。シャルいわくナンデモ屋。世界中のあるとあらゆる物が売っている万事屋みたいなものらしい。確かに中に並べられている商品は、宝石から武器、動物に至るまで様々な物がある。これだけたくさんの物があるなら、確かに元の世界に帰る方法も見つかりそうだ。
「タケルさん、こっちです」
シャルに手招きされて行ってみると、そこにはガラスケースに入れられた古ぼけた本があった。しかもこのガラスケース、他と比べると随分厚いように見える。カギも何十にもかけられていて、それだけでこれがとても貴重な物だということがわかった。
「まさか、これが」
「そうです。元の世界へ帰る方法です」
見つかった。こんなに早くも。
よかった、これで帰れる。この異世界に長くとどまる必要がないわけだ。そして何より……ミミたんと会える!
「じゃあ早速……」
「ちょちょちょちょーい。なに拳を振りかぶろうとしてるんですか? バカなんですか?」
「いや、だって目の前にあるし」
「明らかに割ろうとしてますよね? しかも当然のように。これは商品ですよ? 売り物ですよ? あなたが今やろうとしていることは犯罪です。強盗です。そのことは理解できていますか?」
「わかっているとも。じゃあ早速……」
「ちょちょーい。全っ然わかってないじゃないですか。なに左手も追加しようとしてるんですか? 右手がダメなら左手もですか? なんつーパワープレイなんでしょうか。これは商品だって言ってるじゃないですか。お金を払わないと手に入らないんです」
「ちっ、しょうがないな。いくらだ?」
「4000000シリルです」
「……それって水何杯分?」
「4百万杯分です」
「お腹がたぷたぷになっちゃうよぉ!」
多分そういうレベルじゃない。ケタが大きすぎてわけがわからない。つまりアレか。水一杯も買えなかったオレが4百万杯分のお金を払わなければいけないということか。
「あの、無理っす」
「でしょうね。あきらめますか」
「そんなあっさりと。あきらめられるわけないでしょう」
「でもお金の目途なんてないじゃないですか。どうするんです?」
「そ、それは」
「……あっ社長!」
急に声をかけられた。
「社長……オレが?」
「んなわけないでしょう」
「シャルドネ社長! いつお戻りになったんですか!? おっしゃってくれればいいですのに……ビックリしましたよ~」
「あはは、ごめんごめん」
「……ゐ?」
ふわふわヘアーの美女店員は衝撃的な発言をした。
「社長って……へ、あ、え? お前って社長なの?」
「そうですよ。店の名前見なかったんですか? 『シャルドネの大きな宝箱』。グリンゴッツ商会の総本山であり、わたしの店です。いらっしゃいませ、お客さま」
「なんだとぉ……」
わざとらしくにやりと笑って見せるシャル。こいつめ、オレが驚くと思って今まで黙っていやがったな。しかし、ここでオレに一つの考えが降ってくる。
「シャルが社長ってことはここにあるもの何でも好きにできるってことだよな? コレ、くれ」
「ダメに決まってるじゃないですか」
「ちょーだい、おねーちゃん」
「かわいく言ってもダメです」
「しゅせんどのおねーちゃん」
「ぶち殺しますよ坊や」
ダメだ。この銭ゲバには何を言っても通用しない。金が全てだと言うような奴だし。
「これは商品ですから販売はしています。だからたとえタケルさんでもお金さえ頂ければ差し上げますよ。お金さえあれば」
「4百万って……そんなに払えるかよ普通」
「レア物ですからね~仕方ないです。とにかく、何をするにもお金は必要です。じゃあ次、行きましょう!」
「行くって……どこへ?」
「冒険者ギルドです。仕事見つけなきゃ、です」