第10話 世間知らずなのよ、タケルは。
「じゃあ次ブヒ! 5番の人が……」
「あ、わたしだ」
「王様にキッスだブヒ!」
「……え?」
「ブッヒッヒ、5番はシャルたんブヒね! 俺は優しいからほっぺでいいブヒ! ちょっと待つブヒ、今ほっぺを拭くブヒ~」
「いやぐちょぐちょですが。食べカスまみれのおしぼりで拭いてもかえってぐちょぐちょですが」
「さ、準備できたブヒ。ひと思いにぶちゅっとやるブヒ」
「い、いえ、さすがに衛生上心と体になんらかの影響が出てしまうかと……」
「王様の命令は?」
「「絶対ブヒー!」」
「王様の命令を守らないと普通打ち首ブヒ」
「むしろ打ち首にしてください」
「ブッヒッヒ。逃がさないブヒよ。さぁさぁシャルたん、俺のプリチーなほっぺにぶちゅっとやるブヒ~。さぁさぁさぁ」
「ぐ……タケルさん……」
「ブヒィ!?」
横一閃。ブタのほっぺに一発食らわしてやった。ブタは悲鳴を上げて地面を転がり、壁に激突する。シャルがジト目でオレを見上げる。
「……遅いですよ」
「もうちょっと遅れてもよかったんだけどな?」
「ひどい人です。ま、助けてくれたのでよしとします」
「そりゃどうも」
「……クワガたん? どうしてクワガたんが二人いるブヒ!?」
「おいブタ。お前の目は豚足か。それのどこがオレに見えるっていうんだ?」
ダルンダルンの藁人形を指さす。心なしか、ちょっと笑っているように見えた。ちょうど同じようなタイミングで洞窟の奥からブタが走ってくる。
「た、大変ブヒ! 牢に入れていたお嫁さん候補が一人もいなくなっているブヒ!」
「なんだと!? まさか……」
振り返ったブタどもにドヤ顔で応える。
「おう。残念だったなブタども」
「ブヒィイイイイイイイ!?」
怒りとも悲しみとも分からない鳴き声が洞窟内をこだまする。なんとも痛快だ。
「いくらクワガたんといえど許せん暴挙ブヒ! こうなったらここにいるコたちを――」
「タケル殿。こちらも救出完了でござる」
「おばあさんたちはこっちで逃がしたよ~」
「よくやったウイチャボ」
「ブヒィイイイイイイイ!?」
さらわれた村人たちの救出は完了した。残る仕事は……
「お前らへのおしおきだ。ブタ野郎」
「ぐぬぬぬぬ……返り討ちにしてやるブヒー!!」
勝負はすぐについた。文字通りイノシシのように考えなしに突っ込んでくるブタどもを倒すのは難しくなかった。パーティで連携をとりつつ一匹一匹を確実に仕留めていく。気が付けばそこに立つブタは一匹もいなくなっていた。
「ふーん、強いのね。あんた」
ふいに声をかけられる。そこにはベルが立っていた。
「お前……村に帰ったんじゃないのか?」
「冗談。誰があんなところ帰るもんですか。で、そっちはあんたの仲間?」
シャルたちに視線が送られる。それに気づいたシャルが近づいてきた。
「どもども~商人のシャルドネと申します~。以後お見知りおきを」
「あたしはベルよ。あんたたちも一緒に助けてくれたのね。感謝するわ」
「いえいえ~人助けに理由なんていりませんから。わたしの名前を覚えていただければそれだけで十分ですから」
「何を白々しいこと言ってやがる」
「ふっふっふ、しかしタケルさん。このような方と知り合いとは恐れ入りました。どこで会ったんです?」
「は? 何を言ってる。他の村人たちと一緒に捕まってたんだよ。当たりまえだろ」
「ほう……」
シャルが眉を寄せる。何か様子が変だ。
「ブヒィ……」
「なんだ。まだ起きてたのか。しぶとい奴め」
「ひ、ひどいブヒ……俺たちはただお嫁さんを探していただけブヒ……」
「だからって人をさらっていい理由にはならねーっての。いい機会だから言っといてやる」
「ブヒ?」
「誰かを手に入れようとするなら力づくでやっちゃダメだ。それじゃ誰も振り向いてくれない。相手を気遣う気持ち、これが大事。自分本位で動いているやつに幸せはやってこねぇよ」
「クワガたん……」
ブタの目が心なしか輝いているように見える。魔女っ娘ミミたんのセリフは人外の心をも動かすようだ。さすがミミたん。
「でもこれはさすがにやり過ぎだと思うわ」
「ベルまで……お前こそこいつらにさらわれた張本人だろ?」
「そりゃそうだけど。でも、もともとあたしを捕えてたのはこいつらじゃないわよ」
「へ? それってどういう――」
「見つけまふぃたぞ!」
老人の声が聞こえてくる。
「あれ、村長? どうしてここに?」
「村に戻ってきた者たちから聞いたのれふ。ささ、ベル様こちらへ来なふぁい」
「ベル……さま?」
「お断りよこのクサレエルフ! よくもあたしにあんなことしてくれたわね」
「ちょ、ちょっと待った。まったく状況が読めないんだが」
「それふぁいけませんねベル様」
おもむろに懐から金の入れ歯を取り出し、装着する。
「あなたは大事な人質なんですから」
村長の一言で村人が一斉に飛び出す。あっという間にオレたちの前には大勢の村人たちが立ちはだかった。
「おい……これは一体何の真似だよ村長」
「かっかっか。ご苦労だったな勇者よ。貴殿らは存分に働いてくれた。オークなき今、ベル様を再びこちらの手中に収めるチャンスなのだ。決して我々の邪魔をしてくれるなよ?」
「く、入れ歯を装着するだけで人格まで変わるなんて……!」
「どこで驚いているんですか。キナ臭いとは思っていましたが、こういうことだったんですね。ベル様、つまりあなたはエルフたちに監禁されてたというわけですか」
「そうよ。食事に毒を盛られてね。外面は良いくせに中は真っ黒な最低な連中よ」
「言ってくれるではないか。こちとらせっかく手に入れた人質をまさか奪われるとは思わなかったがな。あなたは大切な金づるだ。決して逃すわけにはいかない」
「待て。この状況に困惑しているのはオレだけか?」
「ねぇ、タケル」
「お、おう?」
「あたしをここから逃がして。あんたなら信用できるわ」
「いきなりそんなこと言われても」
「我々の正体を知られた以上、勇者たちには死んでもらわないとな」
「まずオレたち自体がピンチなんだが」
「わたしたちが逃げることでベル様も一緒に逃がすことができる。まさに一石二鳥ですね☆」
「わぁ、ホントだ……じゃねえよ! そもそもどうやって逃げるんだ?」
入口には大量のエルフ。逃げ道などどこにもない。
「こっちブヒ」
倒れていたはずのブタが立ち上がり、手招きしている。
「こっちに秘密の抜け道があるブヒ。早く逃げるブヒ」
「……なんのつもりだ? 罠のつもりなら――」
「そんなつもりならわざわざ起き上がったりしないブヒ。これは俺の本心ブヒ。信じてほしいブヒ」
「……どうしていきなり?」
「クワガたんの言葉が響いたブヒ。そして俺たちがまちがっていることに気付いたブヒ。ありがとブヒ」
「ブタ……」
「せめて名前を呼んであげましょうよ」
どれがどのブタだったかは覚えていない。
「それなら頼んだぞブタ!」
「こっちブヒ!」
「逃がさん! 追え!」
ブタの後をついて走る。同時に背後からエルフたちの足音も聞こえてきた。
例の穴のとこにやってくる。この穴は……
「確かトイレだったよな?」
「ええ。ということは外につながっているということで……」
「まさかこれが抜け道なのか? 嘘だろ?」
「でも手段を選んでる暇はありませんよね」
「た、確かに。ぐぬぬ……仕方ねぇ! オレが先に行く! ついてこい! おらぁ!」
穴に向かって跳躍する。その瞬間だった。
「なにやってるブヒ。抜け道はこっちブヒ」
「え」
ブタが全然違う方向を指差す。穴に落ちる瞬間。シャルの顔が見えた。
「ゴメンネ」
眉を下げウィンクするシャルにオレは殺意を覚えた。
「タケルさん臭いです」
「よし、お前を殴る」
「女性に暴力はダメでござる!」
「は、放せウイロウ! こいつにウ○コの気持ちを味わわせるんだ!」
「なにやってるんだかまったく……」
「ほーんと危機感ないですね~」
逃げ切れたと思ったが、そうではなかったらしい。多数のエルフの先頭に立つのは見覚えのある少女だった。
「リルリラか。そういえばまだお前がいたな」
「先回りさせてもらいました! アホな勇者様たちならきっとここに来るだろうと思いまして!」
「正直なやつだ。今更ベルを渡したところで逃がしてくれる気はないんだよな?」
「ちょ、あんた」
「はい! 渡していただいたらすぐに殺すつもりです! 痛めつけて殺すつもりです!」
このコの将来が心配だ。
「ここまで来ているとは思わなかったブヒ。すまんブヒ」
「ブタのわりによくやってくれたよ。さて、どうするか……」
かなりやばい状況である。一巻の終わりというやつだ。
「外へ出たし、ここなら聞こえるかもね」
「……ベル?」
おもむろに首に下げていた小さな笛を口にくわえるベル。ピュイーと澄んだ音色は空へ上がってやまびことなって返ってきた。
「そんな笛吹いたところで……え?」
「どこからか足音が聞こえます。これは……馬?」
ドドドド……と遠くから段々と馬らしき足音が近づいてくる。やがて見えてきたのは騎兵の大軍だった。
「全軍突撃ィ!!」
エルフたちを退け、隊長らしき大男がこちらに近づいてきた。そしてそのままベルの前にひざまづく。
「ご無事でしたか、姫様」
「ええ。心配かけたわね。ご苦労だったわ」
「勿体無いお言葉」
「えーと、ベル。このおっさんは――」
「貴様、姫様から離れろ! 馴れ馴れしいぞ!」
刃を向けられる。やばい、この目は本気だ。
「やめなさい。彼はあたしの命の恩人よ」
「なんと。それは失礼した。旅人よ、姫様を救ってくれて感謝する。先ほどの非礼を詫びよう」
「い、いいよ。さっきから姫様姫様って……ベル、お前は一体何者なんだ?」
「ご存じ……ないのか?」
隊長からものすごく意外な顔をされる。
「世間知らずなのよ、タケルは」
「世界知らず、だよ」
「なんとまぁ……ならば説明しよう。この方こそレヴンレイギス王国の姫君、ベルベット・レヴンレイギス様であるぞ」
「……………………………え?」




