episode<初戦闘>
草原に存在するモンスターは基本的に温厚だ。
草を食むぬいぐるみのような羊の<ヤン>、人に懐つかないが愛らしい一角ウサギの<テウ>、毒はないが糸で悪戯してくるぬいぐるみっぽい蜘蛛の<ズズ>等々、基本的に敵対する事はない、所謂ノンアクティブモンスターばかりだ。──と、門番のおっさんから聞き出した。
そんなノンアクティブモンスターの宝庫のような草原だが、アクティブモンスターも少なからず存在する。
それは例えば今草葉の隙間からイッちまった目で周囲を探る鷄──<オジ>もその数少ないアクティブモンスターだ。
腰に下げていた盾を握り締め、アイリスを肩に移動させる。
まだこちらに気付いていないらしいのでどうするか。景気付けに<威圧>使ってみるのもいいか。
「<威圧>」
残念な事に思考操作では発動できないので音声での発動をする。
声が聞こえたからなのか、それとも<威圧>の効果なのか、オジはぐるりと焦点の合わない視線をこちらに向けてきた──きめぇ。
「くるっぽー!!」
「それは鷄じゃねぇぞ!?」
ギャグのような鳴き声を響かせて迫るオジに盾握り締めて対峙した。
飛び掛かってくるオジは鋭い爪を向けて足を振り回してくる。それに対して冷静に盾で受け止め、そのまま叩き付ける。
<盾>は武器でありながらアーツを使わなければダメージを与えられない特殊なスキルだ。だが、その代わりにある一点に優れている事と、ダメージはないが攻撃した対象を下がらせるノックバック効果が発生する。
空中に浮かんでいたオジに避けられるはずなく、カウンタが決まり、羽をばたつかせながら後方へと弾き飛んでいく。
即座に伸ばした手がオジの首を掴む。力加減は必要ない、──潰れろ。
紅い、血のような色が飛び散る中、オジが砂のように崩れ去り、消失していく。ただ、握り潰した感覚のみが妙に掌に残っていた。
「ま、こんなもんか」
「普通に素手で殴った方が早くない?」
「盾なんざ使った事ないからな、──まあ、練習だ」
と言うか、人間相手ならともかくモンスター相手に素手だけで挑むのは危険だしな。……俺も含めた全員が。
俺だけなら気にもしないが、後ろに身内がいるのに通す訳にはいかねぇし。
何より家の子に何かあったら保護者として面目たたない。──見た目が女性だろうが中身はサイズ通りに子供っぽいし。
視線を向ければ愛らしく小首を傾げながら、分からないけどとりあえず嬉しいと満面の笑みを浮かべていた。──家の子かわいい。
「ちなみにさ、何をドロップしたの?」
「ドロップ……?」
「落としたアイテム」
ふむ、そう言えば倒したモンスターごとにアイテムを得られたり得られなかったりするんだったか。と言うか、今の子落とし物をドロップとか言うんだな、……昔も言ったっけか?
所持品を調べれば出てきたのは<悪鶏のむね肉>だった。
【食材】悪鶏のむね肉/一般品
世界で最も食されている三大モンスターであるオジのむね肉。家禽されたものと比べて肉が固い。
臭みがないだけありがたいと思うべきだろうな。まあ、あったらあったでどうとでも対処出来るが、やはり手間隙がないのはありがたい。……むね肉か、蒸し鶏にしようかね。照り焼きも捨てがたいな。
「カツと言う手も……センナ、今晩は何がいい?」
「ゲームなんだから料理から離れれば? ──和風スパゲティ」
「家事は続けるから意味があるんだ、仮想、現実で区別はしねぇ。──和風スパゲティなら蒸し鶏だな、ハチミツがあればいいんだが」
私も混ぜてと両手を振ってアピールするアイリスを掌に乗せて頭を撫でる。安心しろ、この世界で最も優先されるのは身内だから、仲間はずれにゃなりゃしない。
「よし、人数分のむね肉を手にいれるぞ」
「その間採取してていい?」
「俺は一向に構わん」
「ツンデレオサゲ中国人の口癖ですね分かります」
「俺はお前が何を言っているのか理解できん」
「あー、そう言えばジョージってあんまり漫画読まないね」
「読む必要がないしな」
そんな話をしながらぶらりと草原を歩き始める。モンスターは圧倒的にノンアクティブが多く、オジのようなアクティブモンスターはそういない。生産職が死なずにアイテムを入手出来るように調整してあるのか?
疑問に思いつつ探し歩いていると、ようやくオジを見付けた。先程の個体同様、イッちまった目で周囲を探っている。
さてやるかと盾を構えたが、不意にアイリスが顔の前で自己主張する。私もやりたいと胸元で拳を作るアイリスに、じゃあやってこいと見守ることに。
やるぞと意気込むアイリスに向かって奇声を上げて走りよるオジ、飛び付くと同時に鋭い爪がアイリスにぶち当た、──らなかった。
するりと、素通りするオジと胸の前に向かい合わせた掌の中央で虹を生み出すアイリス。
ゆったりとした動作で振り向き、楽しげに放たれた虹の光線がオジを咀嚼するように消失させた。
これが初戦闘だったのだが、自分自身の特徴を把握している戦法は素晴らしかったな。
「よくやった、じゃあ次だアイリス」
はい、と元気よく付いてくるアイリスと共に俺はオジ狩りを続けた。──むね肉以外も出るのかね?