episode<草原>
──本日の食事は実にシンプルだ。
塩を振り掛けて焼いただけの秋刀魚、ふっくらと炊けた白米、鰹節があったので作ったほうれん草のお浸し、茶。味噌汁は具材と味噌がないので出来なかった。
「いただきます」
「おう、たんと食いな」
センナが手を合わせたのを確認し、布巾を頭から外し、エプロンを篭の中へといれておく。このゲームの衣服は洗う必要はないらしいが、しかし俺は洗わないと気がすまない。洗濯板なんて古めかしいものしかないが、使用して放置は断じて許されないのでしょうがない。
美味そうに食ってくれるセンナの隣に座り、小皿にアイリス用に自分の分取り分ける。喜んで素手で食べようとしたのを止め、木材を削って作った精霊用の匙を手渡した。
なにこれと疑問符を浮かべるアイリスに、これで食べるんだと食べ方を教えた。
不思議そうに使いながら、上手に一口頬張り、──破顔。
俺も思わず破顔した、隣でセンナも破顔している。やはり小さいと言うのは愛らしいし、何より自分の作った物を美味そうに食べてくれる相手は見ていて嬉しい。
「食事終わったらどうする? 草原行く?」
「ああ、もう金がないし、そろそろ闘いたい」
「闘いたいの?」
「そりゃまあ、こう見えても男の子だからなぁ」
「ははは、御冗談を」
「まだ17歳だぞ俺は……ってか、老けて見えるのか、俺?」
地味に、──超地味にだがダメージを喰らった。
……俺、まだ若いし、学生だし、気にしない、絶対に気にしない。
「え、えっと、そのね? 落ち着いてて頼りがいがあるって意味だからね?」
「────気にしちゃいない」
「う、うん、ごめん、本当にごめんね」
うっさい、ちょっと黙ってろ。
◆
街──アインの北門を越えた先、一本の街道以外全てが輝かんばかりに瑞々しい草花の大海原──草原。
そこに初めて踏み込んだ感想は、匂いが、風が違う。森は空気が澄んでいる、対して此処は常に空気が新しい。
それは風が凪いでいるからか、それとも草花が靡いているからか。
音が響いた。小鳥や虫、遠吠えのような雄々しいのも。
「すげぇ」
「でしょ? これ、仮想なんだよね」
美しい、なんて言葉要らない。
ただただ圧巻される自然が、息をするかのように存在していた。
仮想か、現実か。
そんな言葉がチンケに感じるほどにこの光景は衝撃的だ、奇跡的だ、刺激的だ。
「いいな、これとアイリスだけでやってみた価値があるな」
「極論だけど同意するわ、私もこの光景好きだもの」
二人して見いるが、そんな俺達に挟まれて疑問符を浮かべるアイリスに気が付いて苦笑した。
この世界の住人であるアイリスに、この感動は分からないかもしれない。だから不思議なんだろうな、俺達が感嘆の吐息を漏らすことが。
「じゃあ早速パーティー登録しよう」
「おう」
道中にてフレンド登録をした際についでにパーティー機能も習っていた。
メニューリングに触れるメニューウィンドウを立ち上げる。
現れるのはチュートリアルの際に現れたシンプルなウィンドウだが、それに指を当てて横にスライドさせる。
途端に横へと消え去り、逆方向から新たなウィンドウが現れた。
<フレンド><パーティー><ブラックリスト>の三項目だけのウィンドウだが、今回は<パーティー>を選択する。
触れた部分を起点に切り替わるウィンドウの中にはセンナの名前がある。その横にある申請をクリックして、──相手が了承するとパーティー登録完了だ。
「無事できたね」
「これが、時代の最先端か」
「いや、タッチパネルは旧式何だけど。今思考操作が主流だし」
「これでも、時代の最先端じゃないのか」
時代はどこまで流れるのやら、戦後時代に生きた爺さん以下の機械オンチには正直全てが恐ろしい。家電とかなら、まあ、使えるんだがなぁ。オーブンとか、石窯壊れてから必死に覚えたし、炊飯器も毎日土鍋する程暇じゃないからなんとか。
「まあいいか、さっさと遊ぼうぜ」
「ちなみにジョージってどんな風に割り振ったの? スキルはやっぱり戦闘系?」
「STR全振り」
「──うん、まあ予想の範囲内かな。どうせ考えるの面倒だから最初のに叩き込んだんでしょう?」
「まあな、ついでに戦闘系スキルは<盾>やら<素手>やら<威圧>くらいだ、後はほとんど役立たない」
「……よーし、ちょっと見せてよゲーム初心者君」
言われてステータス画面を開き、指示された通りに情報の開示を許可した。
ソレを笑顔で眺め終え、苦笑と諦めの半笑いを浮かべて肩を叩かれる。
「ジョージ、本当に戦うの? と言うか、君は何を目指してるの? 仮想に現実を持ち込むつもり? あと最後の謎スキル何?」
「仮想でお前等を躾つつ世話するんだろうなと思ったら気が付いたらこうなってた。最後のは<家事全般>が謎進化した」
「まさか<家事全般>なんて地雷以下の、……と言うか、β版で誰も使わなかったスキルを使うバカが身近にいるなんて。しかも進化させてるし」
「いや、便利だったぞ<家事全般>。少なくとも通常なら三日半はかかりそうなのが一日半も短縮できた、現実で欲しいくらいだ」
「……そもそも四日未満で終るのがおかしいの」
「そうでもない、効率と経験と空間把握がしっかりしていれば多少の小器用さでどうとでもなるもんだ」
「……はぁ、もういいや。ジョージのリアルチートは今に始まった事じゃないし」
……意味が分からん。
と言うかリアルチートなんだ? 現実でズルしてるって言いたいのか?
寧ろズルする暇なんぞないんだがなぁ、どちらかと言えば努力を続けて、──祖父にしごかれた結果、得て不得手が表に出にくくなっただけなんだが。英語やら機械関係は完全にダメだしな。
「──まあ、何でも良いから遊ぼうぜ」
「そうだね、……多分まだ大丈夫だろうし行こうか」
ボソリと言われた言葉はよく聞こえなかった。だが、──コイツがこういう時は何かあるんだろうな、ってのは確定した。