episode<ゴミ工房>
始まりの街の北側、所謂職人通りと呼ばれる工房が立ち並ぶ入り組んだ路地の最奥。
薄らと輝く魔力灯がなければ昼間でも薄暗いその場所にセンナの工房は存在していた。
一見するとそれは工房、と言うよりは一軒家だ。普通のどこにでもありそうな、白い壁に赤い屋根の二階建て。変わっているところがあるとするなら煙突があるところと、もう一つ、窓ガラスを叩いてもどうにも割れそうな気配がないことだろう。しかもこの窓ガラスは磨硝子、まあ表明を傷つけて内部を見難くしたガラスを使用している。流石のコイツも周囲から見られる可能性を排除したかったのだろう、女として。
「じゃあ、どうぞお客様」
茶目っ気たっぷりに扉を開けて手招きする閃、──センナの後を追って中へと入る。
玄関先から既に散らかっており、用途の分からない謎のアイテムやら、必要のなさそうなちっこい置物やらが散乱している。……開始してまだ一時間半くらいでこの有様である。いや、ベータ版からの引き継ぎの可能性もあるが、だとしてもこれは流石に、女以前に人としてどうなんだこの汚さは。
片付けたいのを我慢して進むが行けども行けどもゴミだらけ。本人曰くわかってるらしいがその場面に出会えた事は一度たりともありゃしない。顔が引き攣り、アイリスも鼻をつまんでいる程の臭気中、平然と進むコイツを放置したらダメだと再確認した。
ゲンナリとした俺達は別に、はしゃぐ子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、案内された場所はゴミ箱の中。最早視界にゴミしか見えない程のゴミの山。もう、なんというか、──限界だった。
「どう、ジョージ。私の工房も結構」
「暫く工房から出てろ」
「え? なんで?」
「いいからでろ、さもないと現実で飯作らんぞ」
「あ、はい。ちょっと買い物に行ってきます」
アイリスを預けて─泣いていたがこの場にいるのが耐えられないらしく素直に外に出た─追い出した後、掃除を始める事とした。──切実に道具が欲しくなった。
◆
──およそ2時間が経過した。
スキルの影響か、道具が無いので苦労するかと思ったが別にどうという事もなかった。
そして先ほど確認したところ、家事の上がり方がハンパじゃなかった。
<家事全般LV23>(家事技能補正+5、家事速度補正+5、掃除技能補正+5、掃除速度補正+5)
ああ、なるほど。
どうりで途中から妙にテキパキと熟せると思ったよ。
ちなみのこの家事技能補正やらの技能は現実の技能が直結しているらしい。
これは特殊スキルの一つらしく、戦闘にも生産にも関係ないのでこういう所は現実の技能でいいんじゃないという開発スタッフの適当感に溢れている。そのくせ現実の脳波登録時に普段の行動から見えない所でパラメータが作られているあたりは純粋に凄ぇと言わざるをえない。
「それにしてもあのバカ。必要そうな物と、ゴミとでどうしてまとめてそこらに投げておけるんだか」
大量のゴミに隠れるように様々なアイテムが姿を現したときは心臓が跳ねた物だ。
思わず全てのゴミをひっくり返して確認したが、……やれやれ。ともかく分からない物はまとめてあるので後で聞くとしよう。そうじゃなければゴミか判断できない物まであったのだ。
例えばこの小瓶なんかがそうだ。中に真っ黒い謎の液体が詰まっているのだが、アイテムとして見ても表示されるのはなんとも物騒な内容だ。
【道具】封印の小瓶(使用済)/最高級品<霊的魔物封印「精霊特化」「魔法封印」「魔力封印」「売値+80%」>
霊的な存在を封ずる為に存在する小瓶。ただし封印させるには衰弱させる必要がある。また、内部に封印されている存在は徐々にその存在を弱体化され、最終的に消滅する。モンスター消滅時は<ただの小瓶>に変化する。
つまりは精霊とかを弱らせて投げるボールの変わりという事だ。
しかもコレには中身が入っている。考えたくはないが、どうやら中に何かが入っているらしい。
まあ、こんな状況で放置されているのなら大したものではないだろうが。
少なくとも脅威にはならないだろうな。……むしろこんな小さな中に閉じ込められたまま消滅するとか可哀想な気がする。ううむ、こっそりと逃がしてやろうか。
窓を開けて誰もいない事を確認した後、小瓶の栓を抜いて中身を掌へと流す。ゆっくりとこぼれ落ちたそれは弾けるような事もなく、綺麗な球状になって掌に収まった。ひんやりとした冷たさと、モチッとした感触がなんとも言えないのだが、それがもぞもぞと動き出した時、そういえばこれモンスターだったと思い出す。
落とすのは流石に可愛そうだとそのまま置いているのだが、その黒い球体と視線があった、気がする。
ジッと見つめてくるその球体に、とりあえず安心させようと笑みを浮かべると、球体はまたモゾモゾと動き出した。……どうしたんだろうか。逃げるなら逃げた方がいいと思うんだが。
「おい、せっかく生き延びれるんだ。逃げた方がいいだろう?」
答えはないが、なんとなくだが驚いているのが分かる。
その後、唐突に震えが強くなる。はしゃいでいると言う言葉がよく似合うほどに、どうにも嬉しそうだ。……嬉しそうに震えた後球体は窓から飛び出ていく。ぷにょん、ぷにょんと跳び跳ねてそのままどこぞへと消えていった。
さて、アレはいったい何だったのか。興味は尽きないが、まあ、会うことはおそらく無いだろう。
それよりも今はこの工房をどうにかしないとな。収納箱は腐ってる、足場は傷だらけで歩きにくい、奇妙なオブジェにしか見えないほどに壊れた作業台やら、その他諸々──あの野郎、よくぞこれで生産活動が出来たもんだ。
「さて、──やるか」
掃除を終えて新たに露見した問題に頭痛を覚えながら、とりあえず今夜は徹夜だなと現実時間を使い潰すつもりで作業を再開した。
アバター/耳長センナ
種族スキル/森林強化
保有スキル/<鍛冶><調合><彫金><錬金><裁縫><木工><魔力操作><付加><生産者の心得><共有/βテスター上位者専用スキル>
ステータス/STR10/VIT0/DEX170(LVUP+27/内ボーナス24)> AGI0 INT0 MND0