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嵯峨野夢譚(さがのむたん)  作者: きりもんじ
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冥府

「父上ーっ!父上ーっ!」

鋭い男の子の叫び声が聞こえます。老いたる源氏はまさに死に

かけておりました。その時冥府から呼び戻されましたが。

肉体がありません。


「これはどうしたことか」

と迷っているうちに、

「あの声は薫?」

と気づかれました。


「薫 薫 薫 かおるーっ!・・・寝取られし愚か者。

わしじゃーっ!桐壷帝の二の前じゃ、情けない。もっと悪い。

向こうは孫じゃが、こっちは、赤の他人じゃ。

ああ、情けない。寝取られし愚か者。それは・・わしじゃーっ!

柏木、柏木、憎っくき柏木を呪い殺してやったぞ」


「父上ーっ!父上ーっ!」

「ああ、よく通る声じゃ。何が父上じゃ。父上は柏木じゃ、

馬鹿者。生まれたばかりの時にわしにそっくりだとぬかした

乳母がおったが、生まれたばかりでどこが似とるじゃ、

大ばか者!わしは抱く気もせなんだ、くそっ」


「父上ーっ!」

「うるさい!どこが薫じゃ。わしの香りとは全然違うじゃないか。

几帳面で冷静で、ふん、そんなのどこにでもおる。三宮のように

女好きならわかるが、確かにわしはまめじゃった、女も最後まで

面倒見る、これはまさに夕霧じゃ。薫はわしの子ではない!」


その時ひゅーっと鋭い横笛の音が入ります。

「まあそうおっしゃらずに」

「そういうお前は?」

「柏木です。その節はほんとにお世話になりました」

「ふん」


「私が蹴鞠の宴の時から女三宮様を見染めていたことは

夕霧から聞いたでしょうに」

「そんなこと知るわけないではないか」

「格式だけで幼い女三宮様を嫁になんて、もってのほかです!」


「それは朱雀院が」

「断ればいいではないですか。紫の上様がかわいそうでした」

「それはまあ」

「若者を不幸におとしめる悪鬼」


「悪鬼?」

「本人には自覚がない。権力をかさにきた大六天の魔王」

「なんと?」

「その犠牲になったのが、私柏木、女三宮、紫の上さらに」

「もういい!自分を正当化するのは止めい!」


源氏はそう叫んだ瞬間大六天の魔王に変身します。

それに対応して柏木は白鬼に変身、空を舞って横笛を吹きます。


「ぴゆーっ!」

大六天も空を舞ます。


妖怪によるすさまじい空中戦が始まります。

大六天の稲妻が走ります。まともに受けて白鬼はよろめきながら

大六天に電撃波を食らわせます。たじろぐ源氏魔王。


更なる白鬼剣が襲い掛かります。魔王は鋼鉄のかいな

白剣を受け魔王剣を白鬼の胸に突き刺します。


「うふはははは!思い知ったか、柏木!」

「何のこれしき。むむむむむむむむ」

柏木白鬼は貫通した魔剣をぐぐぐっと引き抜きます。

傷口はみるみるふさがっていきます。


態勢を立て直し睨みあう二体の鬼。

白鬼柏木がふっと一回り大きくなります。

それに負けまいと魔王源氏が二回り大きくなります。


さらに白鬼が拡大します。ついに二体は天を覆うほどに

でかくなりました。とその時、天空に大声が響き渡りました。


「何をしておいでですか!お二人とも!」

それは優しくも美しい紫の上のお声でした。


二体の鬼はみるみる小さくなって紫の上の手のひらに

載るほど縮こまってしまいました。


紫の上は二人を元の大きさに戻されました。

二人は両手をついて紫の上にひれ伏しています。

紫の上は軽蔑のまなざしで二人を見下ろしています。


しかしその顔はよく見ると能面こおもてのようです。

「なぜに殿方はそのように争われになるのですか?」

神妙に二人はうなだれています。ふたりの

額からは汗のしずくがした垂れ落ちています。


天空に紫の上の声が響き渡ります。


「女三宮様のお輿入れが決まった時には、正直私は心の底から

落胆しました。それはそうでしょう、私は源氏の正妻だと思って

ましたからね。源氏もそう言ってたし、みんなもそう思ってたと

思います。だからそれに恥じないように努めて努めてつつましやか

にお支えしてきたつもりです。


ところが、よく考えてみると正式な結婚の儀はしておりません。

ということは源氏が御正室を迎えるということは万が一にもあり

得ることだったのです」


老いたる源氏と柏木は体中冷や汗でびっしょりとなっています。

額の汗は水溜りのようになっています。

二人の頭上に紫の上の魂の叫びがとどろきます。


「ましてや、子ができるなどとはもってのほか!最も恐れていた

ことが起きてしまった。私はその恐怖に何度も出家を試みましたが

源氏は、私のこの苦しみなどは気づきもしない。

『私を独りにしないでくれ』と泣きついてくる始末、


なさけないったらありゃしない!結局私は死んじまったよ。

おまえたちになぶり殺しにされたんだよ!ああ、もういや、

男の無神経には虫唾が走る」


源氏と柏木は顔面蒼白、がたがたと歯は打ち震え氷の水を

浴びせられたようになっています。


「二人とも!この冥府からはちょっとやそっとじゃ成仏

できないようにしてやるから覚悟しとき!」


能面こおもての紫の上はくるりと背を向けて暗闇に消えて

いきます、その後ろ顔は般若になっていました。

般若の顔だけが大きくなって源氏と柏木を飲み込んでしまいました。

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