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嵯峨野夢譚(さがのむたん)  作者: きりもんじ
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夢の浮橋

薫の君は浮舟のかたみとして側でつかっていた弟君小君を

連れてお忍びで小野の尼寺へ向かわれます。


小野の里では青々と茂った青葉に埋もれて、夕暮れ蛍の舞い

そうなせせらぎの中に尼君たちの庵があります。


薫の君は駒引き留めて小君に文を手渡します。

小君は姉姫に瓜二つのかわいらしい少年です。


「この文は直に手渡すようにと言われてきました」

取次の尼君は、

「はいはい、あなた様のお尋ねの方はこの奥におられますよ」


「お姉さまでらっしゃいますか?お姉さまですよね?」

「・・・・・・・・」

浮舟は見つめる眼にいっぱいの涙をたたえて、


「お人違いでございましょう。遠い昔にそのようなことが

あったような気もしますが、今では全く思い出せません」

「・・・・」

「どうかご主人様にもそのようにお伝えください。この

お手紙は受け取るわけにはまいりません」


そう言って浮舟は奥へと入ってしまわれました。

落飾された肩までの髪もわびしく、その後ろ姿は

単衣の法衣の中にわずかに震えているようでした。


天空で老いたる源氏と柏木が話しています。


「この後、薫はすごすごと引き返す。ほかに男が

おるんじゃないか?と思ったりする。もう俗聖

どころか俗物丸出しじゃ」


「匂宮、だったらどうでしょうね?」

「そりゃあ、真夜中に忍び込んでかっさらって行くかもな」

「やりかねませんね」


「それに引き換え浮舟のなんと崇高なことよ」

「どこか紫式部の達観が感じられますね」

「男のあほさ加減もな」


「出家したからといってすぐに悟りの境地にとは思われま

せんが?」


「そりゃそうじゃ。尼寺の老尼の姿は実に見苦しく紫式部は書

いている。浮舟は身を投げて供養したようなもんじゃからかな」


「このままこの物語は終わってしまうんでしょうか?」

「さあまだ生きてる生身の人間じゃから煩悩即菩提とはいくまいよ」

「煩悩即煩悩?」

「それが現実よ。だから楽しいのじゃ。衆生所遊楽というではないか」


「ということはこれからが面白くなると?」

「まさにその通り。伝教大師も末法はなはだ近きにありと憧れて

おられた。その末法ももうすぐじゃ。ははははははは」


老いたる源氏の笑い声が天空に遠く響き渡りました。

「さあ、嵯峨野に帰ろうか」

「そうですね」

怨霊のはずの二人は仲良く空をかけて嵯峨野に向かいました。


      ーーーーーーーーーーーー


「先輩起きてください!先輩!」

可愛らしい声が治の耳元で響きます。


「え?ああ、ここはどこ?」

「長神の杜ですよ」

治は北山杉のベンチから起き上がり眼をこすりながらながら、


「きみは?」

と、まじまじとその声の主を見つめます。

「ええっ!浮舟!」

「ええ、浮島舟子です」

「どうしてここへ?」

「昨日夢のお告げでここにお昼に来て眠っている少年を起こしてあげなさい

って言われました。ちゃんとお礼を言いなさいって」

「お礼?」

「どうもありがとうございました」


浮舟そっくりの少女が深々と頭を下げます。

「ちょっとまって、お告げをした人ってどんな人?」

「とても美しい品のある方で紫の上式部と申されました。源氏もとても

喜んでいますとお伝えくださいとも申されました。そして私も。

.....ふふふ」


なんだかよくわからないんだけど。彼女の笑顔がとてもかわいくて。

てれるなあ。とてもうれしくて。思わず治は叫んでいました。


「いえいえとんでもない!どういたしまして!とにかく、おめでとう!」


                         ー完ー

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