第九話 世界樹
「世界樹との対話……」
エーティアが呟く。
今私達が居るのは、守護騎士を選定した広間だ。
エーティアの他には先代とジューク、そしてエーティアの守護騎士であるランが居る。
先代に呼び出されて、エーティアと私は広間へとやってきた訳だ。
先代はゆったりと頷いた。
「ええ、そうよ。貴女は神子となった。世界樹と対話しなくてはならないの」
「先代様……」
エーティアが緊張気味に、声を出す。
先代は、そっとエーティアの手を握った。
そして、いたわりに満ちた声を、エーティアに掛ける。
「エーティア、安心なさい。世界樹は、けして貴女を傷付けないわ」
「……はい」
エーティアは、ホッと肩から力を抜いた。
「エーティア、ミミの存在も忘れないで」
世界樹のもとには、私も行くのだからね。
ちゃんと同行の許可、出てるもん。
「そうね、ミミも居るものね」
エーティアからの信頼の眼差しを感じる。
私は誇らしさいっぱいに胸を叩いた。
ランは、ずっと無言だ。エーティアの後ろで片膝を付いて、ひざまついている。
発言を許されていないのだ。
騎士って、大変だね。
「さあ、行きなさい。世界樹のもとへ」
「はい!」
私達は、先代に促され、広間を出た。
私達は、神殿が用意した馬車に乗り込んだ。
世界樹は、都の直ぐ側にある。だから、移動も短くて済むのだ。
「この街は、本当に広いのね」
「アルディア王国の都ですから」
エーティアの言葉に、馬車に同乗しているランが答える。
「世界樹に守られているこのアルディアは、人も物も集まるんです」
「本当に賑やかで、見ているだけで楽しくなる」
エーティアは、窓を覆うカーテンの隙間から街並みを楽しんでいるようだった。
エーティアが楽しいのなら、私も楽しい気分になる。
「ふんふんふーん」
と、鼻歌を歌い出してみる。
前世で好きだったアニメの歌だ。
「変わった旋律ね」
と、窓の外を見ていた筈のエーティアが聞いてきた。
「僕も初めて聴く旋律です」
ランも、興味津々だ。
ま、マズい。
アニメなんて、二人は当然知らないし。話したところで、何故そんな事を知ってるのかと追及されたら逃げ場が無い!
「そういえば、ミミは色んな物語も知ってるよね?」
ギクリ!
エーティア、痛いところを突いてくるね!
「そうなんですか?」
「ええ、私も語り部のおばあさんから色んな話を聞いたけれど、ミミが話したものはどれも知らない話だったの」
「ミミは物知りなんですね」
ランの言葉に、私はこくこくと慌てて頷いた。
「ぬいぐるみ界では、流行の歌と話なんだよ」
と、平静を装って誤魔化す。
「ぬいぐるみ界って……」
「ミミは、本当に時々不思議な事を言うよね」
二人に呆れられてしまったが、まあ私の不思議さは今に始まった事じゃないからね。何とか、話は逸らせたみたいだ。
「ミミは、ミミの世界で真面目に慎ましく生きているんだよ」
「そ、そう?」
「そうだよ」
私は、真剣に頷いた。
「まあ、ミミは奇跡の命ですから。そういう事もあるのでしょう」
「そうだよ、奇跡だよ。だから、ミミは不思議でいっぱいなの」
「ミミったら、何か隠してない?」
う、エーティアはなかなか誤魔化されてくれないようだ。
「エーティア、エーティア。ミミはミミだよ」
私は右手をピコピコさせて、何も隠してませんよアピールをする。
「……まあ、ミミがそこまで言うなら、今は信じる」
「エーティア……」
信じる。エーティアは私を信じてくれた。
私は、申し訳なさでいっぱいになった。
私は、自分が本当は精霊なんだと打ち明ける事は出来いからだ。
私は、エーティアの威厳を保つ為に、エーティアの奇跡でなければならない。
少しでもエーティアを悪く言う人間を減らす為に。
私は、それがエーティアの為になると信じなければならない。
私は、エーティアの為に居るのだから。
「……」
でも、本当はただ怖いだけなのかもしれない。
真実を知ったエーティアに、嫌われる事を、恐れているだけなのかもしれない。
今や、エーティアが私の世界だと言っても過言では無いのだから。
馬車は進む。
世界樹のもとへと。私が生まれた場所へと。
馬車は、世界樹の森へと到着した。
森の入り口に、エーティアとランは降り立つ。
「ここが、世界樹の森」
エーティアが、木々を見上げる。
森は、小鳥のさえずりが聞こえたりと、長閑な雰囲気だ。
あっ、草むらにうさぎが居る!
「思っていたものと、違いました?」
ランが悪戯が成功した子供のような顔をして、エーティアに問い掛ける。
エーティアは慌てて、両手をぶんぶんと振った。
「あっ、いえ……その、普通の森だなぁって」
素直なエーティアの言葉に、ランは微笑んだ。
「ええ。ここは、普通の森です」
「え!」
エーティアが驚きの声を上げた。
ランはエーティアに、森に入るよう促しながら、口を開く。
「森自体は、許可のある者に限られてますが、普通に入れるんですよ」
「そうなんだ」
森の中を歩きながら、二人は会話をする。
エーティアとランは、当然許可のある者だ。私もね。
「私、世界樹の森っていうから、てっきりもっと幻想的な雰囲気を想像してた」
「精霊が居たりですか?」
「うん、そう。精霊が居るって思ってたの」
居るよ、精霊。エーティアのお腰にぶら下がってるよー。
「はは、精霊は世界樹から離れないそうなんです。僕は見えないから、よくは分からないですが」
「そうなんだ」
まあ、ここに例外的な精霊さんが居ますがね。
私はエーティアの精霊でいいのだ。
「あ、出口が見えてきましたね」
「本当だ」
前方に太陽の光が見える。世界樹まで、あと少しだよ!
二人の歩調が少し早くなる。
「いよいよなのね」
「ええ。エーティア、頑張ってください」
「分かってる」
二人の間には、絆があるのだと、会話から分かった。
うん。神子と守護騎士。理想の形だ。
森が開ける。
「わ、あ……っ」
エーティアが、声を上げる。それは、感動からだ。そして少しの畏怖の念が混ざっている。
透き通るような湖の真ん中にそびえ立つ、雄大な世界樹。
それは、圧倒的なまでの存在感を放っている。
「これが……世界樹」
「はい。アルディアの象徴です」
ランの言葉に、エーティアは頷いた。
そして、一歩を踏み出す。ランは付いてこない。
「ラン?」
エーティアが不思議そうに振り向いた。
ランは苦笑を浮かべている。
「ここから先は、神子の領域です」
つまり神子以外は、立ち入り禁止って事ね。
エーティアはランが付いてこない事に不安そうな表情を浮かべたけど、腰にぶら下げた私に右手で触れると、また一歩足を出した。
「頑張ってくるから」
「はい」
ランの穏やかな返事を背に、エーティアは湖の淵まで歩く。
「これから、どうするのかな?」
世界樹は湖の真ん中にある。湖には、道が無い。だが、私は答えを知っていた。前に先代が、世界樹のもとに赴いた姿を見ていたから。
「エーティア、道ならあるよ。目の前に」
「え?」
不思議そうな表情を浮かべて、エーティアは湖を覗き込んだ。
「あ……っ!」
気が付いたようだ。湖の上に、うっすらとした道があるのが。
この道は、世界樹が用意した神子──エーティアの為の道なのだ。
「ここを通るのね」
「きっとそうだよ!」
エーティアは意を決して、道の上へと乗った。道はたわむことなく、エーティアを支えている。
「さあ、行こうよ。エーティア」
「え、ええ。そうね」
エーティアは歩いていく。世界樹のもとへ。
「あ……」
世界樹に近付き、気付いたのだろう。世界樹のそばを飛ぶ精霊の姿に。
精霊達は、エーティアを興味深く見つめている。害意は無い。悪意も。
「こ、こんにちは」
エーティアのぎこちない挨拶に、精霊達は手を振って応えた。精霊は、神子には友好的なのだよ。
ちょっと前まで、私もあそこに居たんだよねー。不思議な感覚だ。
精霊達は、私に気付いているようで、私の事もチラチラと見てくる。久し振りー。
「精霊って、綺麗な人が多いのね」
「そだねー」
まあ、精霊に美醜の感覚は無いのだけども。
エーティアは、世界樹のもとに辿り着いた。
「凄い……」
改めて、世界樹の大きさに驚いているようだ。
エーティアが、世界樹に触れる。
すると……。
──リーン……。
世界樹の方から、鈴のような音がした。
私はこの音を知っている。前に先代が来た時に聞いたから。つまり、この音は……。
「世界樹が、喋った……」
エーティアが呆然と、呟く。
そうこの音は、世界樹の声なのだ。神子にしか聞こえない言葉。私達精霊も、世界樹の言葉を聞いた者は居ない。
「なんて言ってるの?」
好奇心から、エーティアに問い掛ける。
「よく来た、神子よ……て」
「ほほーう」
そうか、エーティアはちゃんと世界樹から神子だと認められているのだ。良かった。
また、世界樹が鳴る。
「あ、私の名前はエーティアです!」
どうやら名前を聞かれたようだ。名乗るのって、マナーだもんね。
「貴方は、世界樹なんですね」
そう言うと、エーティアは抱き付くようにして世界樹に寄り添った。
さらさらと、世界樹の葉が揺れる。
「……暖かい」
うっとりと、エーティアは目を閉じる。
また、世界樹の音が鳴る。
二人は今、対話しているのだ。
「はい。神殿ではとてもよくしてくださってます。先代様もお元気です」
何だか世間話をしているみたいだ。
「はい。貴方は、平和を望んでいるのですね。私も、平和な毎日が大切です」
そうやって、三十分程、エーティアは世界樹と会話をしていた。
「……また、来ますね」
そう言って、エーティアは世界樹から離れた。
「世界樹は、なんて?」
問い掛ければ、エーティアは微笑んだ。
「少し眠るって」
世界樹って、眠るんだ! びっくりだよ! 全然知らなかった……。
「……世界樹。父さんみたいに、暖かったの」
エーティアは夢見心地で話す。
そうか、世界樹は穏やかな存在なんだ。
暫く余韻に浸ってから、エーティアは私を見た。
「ミミの事も言ってたのよ」
「えっ!」
ま、まま、まさか、私の正体ばらしてないよね!
「な、なんて……?」
恐る恐る聞く私に、エーティアは微笑んだ。
「良い友を持っているなって! 誉められたのよ、ミミ。良かったね!」
「そ、そうだね。嬉しいよ……」
良かったー! 正体ばらされてなかったー!
「あら、あまり嬉しそうじゃないのね、ミミ」
エーティアの鋭い突っ込みに、私は慌てて勢い良くかぶりを振った。
「や、やだなぁ。う、嬉しいに決まってるよー!」
「そう?」
「そーだよー! あ! 話が終わったんなら、ランのもとに戻ろうよ! きっと待ってるよ!」
私の言葉に、エーティアは湖の岸辺を見る。そこにはランが立っている。
「そうね。行きましょうか」
「うん!」
あ、危なかったー!
こうして、エーティアの世界樹との初対話は終わったのだった。
ふう、心臓に悪かった……。