第四話 街へお出掛け
とうとう、継承の儀式が間近に迫ってきた。
継承の儀式とは、神子の交代の儀式だ。今までの神子は引退し、エーティアがその座を引き継ぐのだ。
儀式の日程は、一週間後だ。
エーティアは緊張しているのか、そわそわしている。落ち着かないのだろう。
私が話しかけても上の空だし。
「エーティア、エーティア」
「あ、ああ。ミミ、ごめんなさい」
ほら、今もぼーとしてた! 私には分かるよ!
今はエミリーさんは居ない。私とエーティアの二人きりだ。だからこそ、エーティアも気を抜けていられるのだと思うけど。
「エーティア……」
「だ、大丈夫よ。ミミ、私は平気だから!」
「全然、そうは見えないよ」
「う……っ」
エーティアが言葉に詰まる。
うーん。エーティアは頑張り屋さんだからなー。
神殿に来てからの神子の為のお勉強だって、毎日頑張っているし。礼儀作法とか色々学んでいるんだよ。
因みに、エーティアのお勉強時間は私の自由時間になる。お勉強の邪魔しちゃ、駄目だもんね。
このままじゃ、エーティアが思い詰めてしまう。どうしたものか。
私が悩んでいると、扉がコンコンと控え目に叩かれる。誰か来たのだ。
エーティアが緊張に身を堅くする。
エーティアの部屋に来るのは、エミリーさん以外だと、何かの用事を知らせに来た兵士とかしか居ない。
何か急な知らせだろうか。
「は、はい」
エーティアが、小さく返事をする。
すると──。
「あ、えっと僕です。ランです」
訪ねてきたのは、エーティアの守護騎士であるランだった。
「あ、い、今開けます!」
エーティアが慌てて扉に向かう。
腰に居る私は、ゆらゆら揺れている。うぷ。
ドアを開けると、穏やかな笑みを浮かべたランが立っていた。
エーティアは、少し強張った笑みを浮かべてランと対峙する。
うーむ、守護騎士に対してもまだまだ距離があるようだ。
「そ、その。どうかされたんですか?」
エーティアがぎこちなく問い掛ける。
エーティア、リラックスだよ! リラックス。
エーティアの言葉に、ランは控えめな笑顔を浮かべる。
「あの、もう直ぐ継承の儀式ですよね。エーティア様が、緊張しているのではないかと思って……」
「心配、してくれたんですか?」
エーティアは、強張っていた頬を緩めた。嬉しいのだろう。
ランは、少し照れくさそうに視線を下に向けた。
「……僕なんかがこんな事を言うのも、なんですが……元気、出して欲しくて」
「ランさん……」
エーティアが感動したように、声を震わす。
ランは、苦笑いを浮かべた。
「あの、さん付けは止めてください。僕は貴女に仕える守護騎士なんですから。ランで、良いですよ。敬語も、出来ることなら止めてほしいなって、思います」
「そう、かな。うん、そうする。ありがとう、ラン」
エーティアは嬉しそうにはにかんだ。
可愛いよ、エーティア! 可憐だよ、エーティア!
「あの、ラン。私にも様付けや敬語でなくてもいいのよ?」
エーティアの提案に、ランは困ったように笑う。
「い、いえ僕はこの口調が標準で……」
「なら、せめて呼び捨てで構わないわ。貴女は私の、守護騎士なんでしょう? 一番、身近な筈よ」
「で、でも……」
尚も渋るラン。うむ、ランもまた、距離を掴みかねているのだろうな。
お互い遠慮してる者同士、お似合いかもしれない。
ここは第三者の出番だろう。
私は、エーティアの腰から右手をぴょこりと上げた。
「ようよう、ラン。男だろー、ビシッと決めろよ。な!」
「こ、こら、ミミ!」
またまたキャラ崩壊した私の口調に、エーティアが慌てる。
そんな私達に、ランが噴き出した。
「あははは! そうですね。そのぬいぐるみの言うとおりです。エーティア、これからよろしくお願いします」
「え、ええ! こちらこそ!」
ほら、上手くいったじゃないか。私、偉いー。
ランは、押しに弱いんだよ、きっと!
「良かったね、エーティア」
「もう、ミミったら!」
エーティアは、不満そうに口を曲げる。えー、何で怒るのー。
「貴女達は、とても良い友人なんですね」
ランが微笑ましそうに言った。
良い友人?
「当然だよー」
「ええ、そうね。私とミミは、とても仲が良いの」
エーティアが当然のように同意してくれる。それが、とても嬉しい。えっへへ。
「そうなんですか。何だか、羨ましいです」
「あら。ランは他の候補……騎士達と仲は良くないの?」
エーティアが不思議そうに尋ねる。
エーティアの言う騎士とは、ロイドやジェラル達の事だろうな。
エーティアの言葉に、ランは少し慌てた。
「あ。いえ、けっして仲が悪い訳ではないですよ! 付き合いもそこそこありますし……」
「そうなの?」
「はい。ロイドが中心になって、よく街に出掛けたりもします。リスティリオは、だいたい断りますけど……」
あー……リスティリオは、そんな感じだよねー。
本当に、孤高の人だったんだ。
ランは苦笑いだ。
「男の友情も、複雑なんだねー」
私はやれやれといった感じに、首を振る。
「あははは……」
「もうっ、ミミはまた! ごめんなさい、ラン」
「いいんです。気にしてませんから」
ランは、微笑んだ。そして、ちょっと照れたように口を開いた。
「あの……気分転換に、外に行きませんか?」
「という訳で、やってきました。街です」
私は小声で呟いた。
ランの提案により、私を腰に装備して手袋で聖痕を隠したエーティア。それに護衛のランと一緒に神殿の外へと出てきた訳です。
アルディアの国民の殆どは、神子は神殿にずっと居ると思っているけれど。実際は違うのだ。
確かに、だいたいの時間は神殿に居るけど、たまにお忍びで出掛けたりする事もあるのだ。
安全に出掛ける為の、守護騎士なのである。
神殿の守護騎士は、実力が無いとなれないのだ。
ランは、弱そうに見えて、実は強いのである。凄いね!
神子は人前に出る時は、常にベールを被っているから、あまり顔を知られていないという事も、お忍びが出来る理由になるのだけども。
エーティアも、神子になったら、ベールを被るんだよねー。
「うわぁ! たくさん、人が居るのね!」
初めての都に、エーティアは興奮した声を上げる。
私は、ただのぬいぐるみの振りをしながらも、視線だけはキョロキョロと動かしていた。
都の商店街は、凄く賑やかだ。
色んなお店があり、屋台も出ている。綺麗な宝石を扱う露天商も居る。
「私の村では見たことのないものばっかり!」
「ははは、そんなに喜んでもらえて光栄です。エル」
ランが、嬉しそうに笑う。
あ、エルはエーティアの偽名ね。
次期神子であるエーティアの名前が、巷で噂になってるかもしれないから、一応の用心に付けたんだ。
「ねえ、ラン。あのお店で売ってるものは何?」
エーティアが指差した先には、ホットドックみたいな食べ物がある。美味しそうな匂い。
「ああ、あれは南の国の特産品ですよ。食べてみますか?」
「うん!」
エーティアとランは、屋台へと向かう。屋台には、筋骨隆々なおじさんが、ソーセージを焼いていた。
「おじさん! それちょうだい!」
エーティアがお財布からお金を出す。
「あいよ! 嬢ちゃん可愛いから、まけてやるよ!」
「本当! ありがとう!」
エーティアは、おじさんからホットドックもどきを受け取った。
「じゃあ、僕も一つください」
「あいよ!」
ランもホットドックもどきを買ったようだ。
屋台から離れると、ランが広場の方を指差した。
「あっちにベンチがあるんです。そこで、食べましょう」
「ええ!」
二人は笑顔で広場に向かった。
私は、食べ物を口に出来る二人を少し羨ましく感じた。
私、精霊だからご飯いらないんだよね。今は、ぬいぐるみだし。良いなー、二人ともー。ちえー。
広場もたくさんの人間が居た。
だけど、幸いベンチが一つ空いていたので、私達は座る事が出来た。
「……美味しい!」
ホットドックもどきを頬張ったエーティアが、目を輝かせる。
「僕も時々買うんですが、本当に美味しいですよね」
ランも、ホットドックもどきはお気に入りのようだ。
ホットドック、懐かしいな。食べたくなってきた。
二人は、和やかに会話しながら食べている。
その間、私は花壇の花を愛で、広場中央にある噴水を堪能し、空に浮かぶ雲を観察した。有意義な時間である。うむ。
「あー、美味しかった!」
「気に入って頂けて、何よりです」
どうやら食べ終わったらしい。
あっ! あの雲ホットドックみたいだ!
「……ありがとう、ラン」
ポツリとエーティアが呟く。
「え? 僕は、何も……」
「ううん。こうして街に連れ出してくれて。本当に感謝してるの」
エーティアは晴れ晴れと笑った。
うじうじしていたエーティア、さよならだ。
「そ、そうですか。お力になれたのなら、僕も嬉しいです」
ランは照れているようだ。
うん。エーティアの笑顔はとても素敵だもんね! 気持ち分かるよ!
「ランは、他にはお気に入りの場所とかあるの?」
空を見上げて、エーティアは問いかけた。
ランは少し考える素振りを見せた。
「街の商店街も好きですけど……森にも良く行きますよ。ほら、世界樹のある森は一定の所までなら、僕達騎士も入れるんです」
「世界樹の森かぁ。私はまだ入った事無いなぁ」
「……とても静かで、優しい場所ですよ。花畑もありますし。あ、あと、僕は見たこと無いのですが、精霊も居るらしいです」
「精霊! わあ、見てみたい!」
……ここに、居るよー。すぐ近くに居ますよー。
目をキラキラさせるエーティアに、ランは微笑んだ。
「きっと見る事ができますよ、エルなら」
エーティアは、神子になるんだもんね!
神子になれば、世界樹と対話も出来るし、精霊も見たい放題だよ、きっと!
「そうかぁ、精霊かぁ。楽しみだなー」
エーティアは、頬を染めて、期待に胸を膨らませているようだった。
ランのお陰で、エーティアの不安も少しは和らいだみたいだ。
ラン、中々やるね! 私、見直したよ!
皆で和んでいると、ゴーンという鐘の音が響いた。
「あ、もうこんな時間ですね」
「私、午後から礼儀作法の授業があるんだった!」
二人は慌てて、ベンチから立ち上がった。
「じゃあ、戻りましょうか」
「ええ! 今日は本当にありがとう」
二人は笑い合って、歩き出した。
いい雰囲気だったので、私は帰り道もずっとぬいぐるみの振りをした。
空気を読んだんだよ!
その日、エーティアは神殿に戻ってからずっと上機嫌だった。
エーティアが嬉しいと、私も嬉しい。
エーティア。この先、もしかしたら辛い思いをするかもしれない。
涙する日もあるかもしれない。
でも、忘れないでね。私が居る事を。
私はエーティアが大好きだよ。
まっ、今のエーティアには私以外にもランという守護騎士が居るけどね。
エーティアとランが仲良くなってくれて、本当に良かった!
……ホットドック、食べたかったなぁ。