第三話 守護騎士選び
エーティアのそばに居る事を許されて、三日が経った。
今まで大変だったんだよ!
このミミの体、汚れてるからって、エーティアにお洗濯されたり。
晴天の中、物干し竿に括り付けられたり。
乾くまでが大変暇だった!
「エーティア、エーティア! 昔話していーい?」
「良いわよ」
物干し竿の前で読書するエーティアに、構ってもらったりしたけど!
昔話は、おじいさんおばあさんから始まる話から、有名童話から色々だ。
エーティアを飽きさせたつもりはないからね。
それで綺麗な体になって、エーティアにぴったり張り付いたり。
頭にねー、フックみたいなのを付けてもらって、エーティアのベルトに引っ掛けて貰えたりするよ。移動の時はいつもそうなんだ。あっ、フックの先はちゃんと潰してあるよ。危ないもんね。
そんな感じで、エーティアと和やかに過ごしてた三日目の朝。神殿の侍女さんが、エーティアに告げたのだ。
「次代様。本日は、守護騎士を選ばれる日です」
「守護騎士?」
「はい」
不思議そうに問い返すエーティアに、侍女さんは頷く。
私は私で、おお! いよいよか! と、興奮気味だ。
守護騎士だよ、守護騎士!
攻略キャラが、今日で決まるんだよー。いや、まあ。この世界が本当にゲームの世界かは分からないけど。
今のところは、ゲームのストーリーに沿ってるし。私、序盤しか知らないけど!
「守護騎士とは、次代様をお護りする、騎士の称号なのですよ」
「私を、護る……」
「ええ、そうです。次代様をお護りし、支えるのが騎士の務め。守護騎士は候補が数名居ます。その中から、一人を選ばれるのです」
「私が、選ぶ……」
「はい」
エーティアは不安そうだ。そうだよね、急に知らない人達の中から選べと言われても困るよね。
私は、エーティアの腰にぶら下げられた状態で、丸い拳を握る。
「第一印象で選ぶのも、有りだよ!」
「ミミったら」
私は至って本気なのに、エーティアはくすくす笑う。
でも、良かった! エーティアに笑顔が戻って。エーティアは笑顔が似合うよ!
「ふふ、ミミ様が仰るように、直感で選ばれるのも良いと思います」
「そう、そうよね。分かった、ありがとう。ミミ、エミリー」
エミリーとは侍女さんの名前だ。
エーティアは、エミリーさんと、打ち解けられたみたいだ。良い事だよね!
「では、そろそろお支度の準備をしましょう」
「ええ、そうね」
私はエーティアの腰から外される。
エーティアには、普段着と儀式用の服装があって、今から儀式用の服に着替えるのだ。
私は意味もなく、両手で目を塞ぐ。
「あら、ミミったら。ぬいぐるみなんだから、恥ずかしくないでしょ?」
「そうだけど、今日はそういう気分なの」
「おかしなミミ」
またエーティアが笑う。嬉しいな、エーティアが笑ってくれるなんて。エーティアの笑顔大好き。
着替えが終わるまで、私はエーティアの足下をちょろちょろと走った。
暫くして、ひょいっと持ち上げられる。着替えが終わったのだ。
かちりと、エーティアのベルトに引っ掛けられる。
「エーティア、似合ってるよー」
「ミミ、そこからじゃ見えないでしょう?」
「心の目で見てるんだよ」
「時々、ミミはおかしな事言うのよね」
「へっへーん」
「誉めてないから」
「えー……」
ガッカリだよ。まあ、良いもんね。エーティア、本当に儀式用の真っ白な服似合ってるよー!
私とエーティアは、エミリーさんに促され、部屋を後にした。
通された部屋は、広間っぽいところだった。
シャンデリアが吊されていて、ステンドグラスが輝いている。神子を象ったような石像もある。
ここで、守護騎士を選ぶんだ。
「エーティア、エーティア。広いねー」
腰に吊された私は、足をぷーらぷーらさせる。
「うん、そうだね」
エーティアはぎこちなく笑う。
緊張してるんだろうな。
「エーティア、こちらにいらっしゃい」
先に入室していた神子が、エーティアを呼ぶ。エーティアは、それに従った。
「ミミも、よく来たわね」
「神子、おはようございますー」
私はピコピコと、腕を動かす。今日はレント居ないんだ。良かったー。
「ええ、おはよう。エーティア、あまり緊張しなくていいのよ」
「は、はい!」
そうだよね、緊張し過ぎるのも良くないよ。
ふと、私は神子の後ろに帯剣した騎士らしき人物を見つけた。茶髪を短くした男性で、眼鏡を掛けている。優しそうな人だ。
「神子、神子。誰?」
私は神子に尋ねた。神子は、私の不躾な質問に、嫌な顔をせず答えてくれる。
「彼は、ジュークというの。今から来る守護騎士候補の監督役でもあるのよ」
「へー」
私達のやり取りに、ジュークは優しく笑う。
「次代様、ジュークと申します。守護騎士候補達の事でお困りになったら、いつでも相談してくださいね」
「は、はい。ジュークさん、ありがとうございます!」
エーティアはぺこりと頭を下げた。
「どうか、ジュークとお呼びください」
「は、はい。ジュ、ジューク……」
年上を呼び捨てにするのに慣れていないのか、エーティアは呼び辛そうだ。
ここは、私が見本を見せねば。
「おっす、ジューク。よろしくな」
「ミ、ミミ!」
私のキャラ崩壊した挨拶に、ジュークは気を悪くした様子は無い。優しく笑ったままだ。
「ええ、よろしく。ミミ」
ジュークが怒っていないと分かり、エーティアがホッと息を吐いた。良かったね、エーティア。
私達は、広間の中でも、少し段のあるところに居る。
ここからなら、広間が良く見える。
「神子様、次代様。守護騎士候補が、到着しました!」
私達も入ってきた大きな扉の前に居る兵士が、声を張り上げる。
その声を受けて、神子が頷く。
「入室を許可します」
「はっ!」
ギギィと、扉が開かれ、数名の男性が入ってくる。
おおっ、攻略キャラ達だ! 生だよ、生!
守護騎士候補達は、横並びになる。皆、同じ騎士の服を着てる。
シャランと、神子が錫杖を鳴らした。
「ロイド」
名前を呼ぶ。すると一番左端に居た騎士が前に出る。
赤毛の青年は、立派な体躯をしていた。百八十センチはあるんじゃないかな、身長。同じく赤い目には、野性的な光が宿っている。
「ロイドです。次代様、よろしく!」
そうして、ロイドは頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
エーティアが、頭を下げる。
「ジェラル」
また神子が名前を呼ぶ。
「はっ!」
ロイドの隣に居る、黒い長髪の男性が前へと出る。
なんというか、武士とか、侍とかいう雰囲気が似合う人だな。実直そうだ。青い目は、真っ直ぐエーティアを見ている。
「ジェラルと申します。次代様には、忠誠を誓う所存です」
「あ、ありがとう、ございます」
ジェラルの強い眼差しに、エーティアは戸惑っているようだ。
「リスティリオ」
神子の声に、ジェラルの隣に立つ青い髪の青年が、前へと出る。
……う、なんかキツそうな人だなぁ。
黄金色の瞳は、鋭く細められている。
冷たい光が宿っているのだ。こ、怖い。
「……リスティリオだ」
それだけ言うと、リスティリオは元の立ち位置に戻ってしまう。
孤高の人。それが似合う人だな。
でも、体つきはしっかりしてるし、きっと剣の腕は立つんだろうな。
エーティアは、冷たくされたのを気にしてるのか、表情が暗い。リスティリオめ。
「ラン」
神子が最後の一人を呼んだ。
「は、はい!」
出てきたのは、小柄な人物だった。
ロイドと比べると迫力に欠ける。だけど優しそうな少年だ。
エーティアとは一番年が近そうだ。
長い藍色の髪を、後ろで括っている。紫色の瞳は、優しい光に満ちている。
「あ、あの。次代様の為に、精一杯頑張ります!」
そう言うと、ランは微笑みを浮かべた。
リスティリオとは雲泥の差だ。
「これで、全員よ。エーティア」
「は、はい」
エーティアは、無意識なのか右手で私に触れた。
私は安心させるように、エーティアの手に触れる。
「さあ、エーティア。貴女の守護騎士を選んで」
「はい!」
エーティアは、ぐるりと守護騎士候補達を見渡した。
そして、意を決して口を開いた。
「私の守護騎士は──」
私とエーティアは、自室に戻る為、長い廊下を歩いていた。私はぶら下がっているけれど。
守護騎士の選定は終わった。
これから、細々とした儀式には選ばれた騎士がエーティアに同行するのだ。
「エーティア、エーティア」
「なに、ミミ」
エーティアが立ち止まり、私を見る。
私はちょいちょいと、右手を振る。
「なんで、彼にしたの?」
「彼って、ランの事?」
「そうそう」
エーティアは、自分の守護騎士に、ランを選んだ。
迷いなく彼を見て。
本当に自分で良いのかと尋ねるランに、エーティアは笑顔で頷いた。
なんというか、一番頼りなさそうな気がする人を選んだものだから、私は疑問に思ったのだ。
何故、彼なんだろうと。
ロイドのような力強さは無いし、ジェラルのような研ぎ澄まされた輝きも無い。無愛想だけど、リスティリオみたいな圧倒的な自信も無い。
ランは、まあ、優しそうな子だったけれど。
「なんでって、うーん……」
エーティアは悩むように、首を傾げた。
「そうね……年が近かったから、かな?」
「えー、それだけー?」
年が近いから選んだって、ランが知ったら傷付くんじゃないかなぁ。
「だって、ミミ。あの中で、一番仲良くなれそうだったんだもの!」
エーティアはむくれてしまった。
……そうか。エーティアは、無理やり連れてこられて、まだ親しい人間はエミリーさんだけなのだ。
神子は優しいけれど、アルディアの国民にとっては、神様みたいな存在だし。気後れしてしまうんだろうな。
だから、今一番欲しい存在は、友達なんだ。
「そっか、分かったよ。でも、エーティアの一番の友達はミミだからね!」
「ミミ……」
私の言葉に、エーティアは声を震わせた。
突然聖痕が浮かび上がり、都まで連れてこられてしまった少女。
孤独に震えていたエーティア。
私は、エーティアの支えになれてるかな。
エーティアの心を、救えてるかな。
かしゃん。フックが外される。エーティアが外したのだ。
「ミミ、ミミ。貴女は、私の大事なお友達よ!」
ギュッと胸に抱きしめられる。苦しいけど、苦しくない。暖かい包容なのだ。
「エーティア、大好きだよ」
「ええ、私もよ」
私達は、お互いの友情を確かめ合った。
エーティア、貴女はきっと素敵な神子になれるよ。
レントみたいに、傲慢でもない。
素直で、可愛い女の子だよ。
ずっと、ずっとそばにいるからね。
「くだらん友情ごっこだな」
不意に聞こえたのは、侮蔑の言葉だ。
「レント……」
エーティアが困ったように、名前を呼ぶ。
私達の前に、レントは不機嫌そうに立っていた。
「ふん。お前みたいなぬるい神子など、俺は認めないからな」
それだけ言うと、レントは私達の横を抜けて行った。
「あの人にも、いつか認められる日がくるのかな……」
悲しそうなエーティアの声に、私はエーティアの手をギュッと握る事で応えた。
「気にしちゃ駄目だよ」
「うん……」
そうして、ほんの少しの棘を残して、私達は部屋に帰っていった。