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第二話 ぬいぐるみになりました


 翌日。

 私はさっそく、行動に出た。

 精霊は、世界樹のそばから離れられない訳ではない。自らの意思で留まっているだけだ。

 人間に興味が無いだけなのだ。

 まあ、人間が精霊を見るには素質が必要だし、大多数の人間には私達の姿は映らない。

 交わって生きるには難しい間柄なのだ。

 そんな人間の都に、私は向かっている。

 初めて見る人間の都は、空から見ると圧巻だ。

 中心に王城があり、王城を囲むようにお店が建ち並んでいる。人の姿も多い。

 商店街だろうか。たくさんの人が笑顔で、大きな荷物を抱えている。

 立派な建物が並ぶのは貴族街とかいうやつだろうか。馬車がたくさんある。

 学校らしき建物もあるし、人間の都は本当に広い。

 だが、私の姿が見えないのか、誰も私に気が付かない。

 それは何だか寂しく感じてしまう。

『一人くらい、私が見えてもいいのに……』

 そんな事を呟き、すいすい進む先にあるのは、真っ白な建物だ。

 都の北に位置する場所にあり、王城に匹敵するぐらい大きさがある。神子が住まう、神殿だ。

 壁に囲まれた敷地は、驚く程広い。

『あそこから、神子の気配がする』

 私は闇雲に飛んでいた訳ではない。

 昨日出会った神子の気配を辿ってきたのだ。

 神子は言った。新しい神子が来ると。つまり、エーティアはもう神殿に居るのだ。

 私は、エーティアに会いたいと思っている。

 神子との約束もあるし、何よりエーティアを見てみたかった。好奇心もあるのだ。

『どんな子、なんだろう』

 さわりだけプレイした感じでは、親思いの良い子だったと思う。

『会ってみたい』

 私は、神殿へ急降下する。

 神殿には見張りが居たけど、誰も私に気が付かない。見えていないのだ。

 神殿を守る壁の上を通る時、何かに引っかかった。でも、すんなりと通れた。

 神殿の結界だろうか。悪しきものを通さない為の。

 でも、私は精霊だし。むしろ善だし。

 だから、結界を通れたのだろうな。良かった、良かった。

 ──……しい。

 結界を通り抜けた瞬間、何かが聞こえた。

 ──……寂しい。

 まただ。とても悲しそうな、声。

 聞いていると、私の胸までギュッと締め付けられる。

『誰……?』

 問いかけても、答えは無い。

 悲しい声は、一方的に私に届くのみだ。

 ──ここは、怖い。誰か、助けて……。

 声の主は、神殿内に居て怖いという。

 助けを求めている。

 まさか、という思いが過ぎる。

 まさか、この声、いいや思念の持ち主は……。

 予感があった。

 私は、急いで声のする方へと飛んだ。


 そこは、神殿内でも奥まった場所にある一室だった。

 カーテンは完璧に閉ざされ、朝だというのに薄暗い。

 豪華な部屋だと思う。

 立派な内装に、光を灯す魔道具まで設置されている。

 この世界には、電気は無い。その代わり、魔術師と錬金術師達が発明した魔道具を使っているのだ。

 著名な絵画に、豪奢なシャンデリア。

 他にも、立派な家具達。

 だけど、部屋の主は孤独だった。

 天蓋付きのベッドの上で、膝を曲げて顔を俯かせている。

 綺麗な長い金色の髪も、今はくすんで見える。部屋が暗いせいだろうか。

 テーブルの上の朝食らしきものにも、手を付けた様子は無い。

 ずっと膝を抱えているから、宙に浮かぶ私にも気が付いていない。

 だけど、寂しいという思念は途切れない。

「父さん……、母さん……っ」

 漸く発した言葉は、涙に濡れていた。

 親元から無理やり引き離されたのだ。

 有無も言わさず、連れてこられてみれば、田舎者と嘲笑する声ばかり。辛いだろう。悲しいのだろう。

 ……力に、なってあげられないだろうか。

 私は思った。

 この寂しく、悲しみに溢れた少女に何か力になれないだろうか、と。

 ふと、少女の横に転がるものが目に入った。

 あれは……ぬいぐるみ?

 ああ、そうだ。思い出した。

 ゲームのヒロインが、持ち出せた数少ない荷物の中に、このくたびれたぬいぐるみがあった。

 確か幼いヒロインが、母親と一緒に作ったぬいぐるみだ。

 ピンク色で、うさぎなのか猫なのか中途半端な長さの耳に、目はアンバランスなアンシンメトリー。

 体も、破れる度に縫い直したのか継ぎ接ぎだらけだ。

 お世辞にも可愛いとは言え……なくもないような、うーん。微妙な出来だ。

 だけど、ヒロインの思い出は目一杯詰まっている。

 大切な一品だ。

 よし。私は決めた。

 ヒロイン──エーティアは俯いたままだ。

 私はエーティアに気付かれないように、思いっきり勢い良く、ぬいぐるみへとダイブした。

 ぬいぐるみの中は、思ったよりも暖かい。エーティアの思いが込められているからだろうか。

 直ぐ様、私とぬいぐるみの同調が始まる。

 私の目は、ぬいぐるみの視点に。私の手足はぬいぐるみと重なり合う。

 低い視点に、ちょっと戸惑いつつも、私は同調が上手くいったのか部屋をキョロキョロと見回す。

 うん。視界は大丈夫だ。

 今度は、手足。私は、うんしょと立ち上がってみる。立てた。バランスも大丈夫だ。

 ふかふかのベッドの上で、エーティアを見上げる。

 エーティアは、私に気付いた様子が無い。うーん。私、声出せるのかなぁ。

 いやいや、諦めるな。私は精霊なのだ。

 第一声は、決まっている。

「エ、エーティア!」

 出せた! 声が、出せた! 精霊の声じゃない。ちゃんとした肉声だ!

 だけど、エーティアは声がぬいぐるみから出たとは思う訳もなく。

 顔を上げると、キョロキョロと部屋を見回した。

 初めて見る生身のエーティアは、とても美しい顔をしていた。紺碧の目は、赤く腫れていたけれど。

「……今、誰かに呼ばれた気が」

 声も可愛い! 世界樹と乙女の幻想曲は、ヒロインに声は付かないタイプだったもんなぁ。

 いやいや、違う。

「気のせいか……」

 そう呟くと、エーティアは再び顔を膝に埋めてしまった。

 私は慌てた。

「エーティア! エーティア! こっち、こっちだよ!」

 私はぴょんぴょんと跳ねた。

「え……?」

 再びエーティアは、のろのろと顔を上げた。そして、私の姿を認めると、両目を見開き──。

「きゃあああああ!」

 と、可愛らしい悲鳴を上げた。

 口元に持っていった右手には、聖痕が輝いている。やっぱり、エーティアが次代神子なんだ。

 私は感心していたけど、違う。そうじゃないんだ。

「エーティア、落ち着いて、私だよ!」

 えっと、このぬいぐるみ名前なんだっけ。ていうか、名前あるのかな。

 私は必死に、手足をパタパタさせた。

「ミ、ミミが喋った……」

 エーティアが呆然と呟く。そうか、このぬいぐるみ、ミミっていうんだね。

「そうだよ! ミミだよ! エーティアのミミだよ!」

 私は必死に言い募る。

 エーティアは、大事にしていたぬいぐるみだという事もあり、一応は納得してくれたようだ。

 恐る恐る、私を見るエーティア。

「でも、なんで突然、動き出すなんて……」

「エーティアの力になりたいから!」

 私は間髪入れずに言った。

「わ、たし、の……?」

「そう! エーティア、寂しそうにしてたから! でも、大丈夫。もう、ミミが居るよ! ミミは、エーティアの為に動くの、喋るの!」

 エーティアの紺碧の目に、みるみるうちに涙が盛り上がる。

「ミミ……っ」

 エーティアに抱きしめられた。同調してるから、ちょっと苦しいけど。良いんだ、エーティアが幸せなら、それで。苦しいけど。ぐふっ。

 すると、廊下からバタバタという荒々しい足音がした。

 それは、私達の居る部屋に向かっていて……。

 部屋の扉が勢い良く開かれた。

 帯剣した兵士が数名、なだれ込んできた。

「次代様! 悲鳴がしましたが、いかがなされましたか!」

「ご無事ですか!」

 そこからが、大変だった。

 私という動くぬいぐるみを目の当たりにして、動揺した兵士が斬り掛かろうとしてくるし。

 かと思えば、それを止めた兵士が、この神殿の結界により悪しきものは入れぬと言い、私を神子の奇跡に違いないと断言した。

 そうだよ、私は悪しきものじゃないよ。精霊だよ。善だもの。

「ミミを、私から取り上げないで……っ」

 というエーティアの懇願から、判断は現在の神子に委ねられる事になった。


 私とエーティアが通されたのは、祈りの間という場所だった。

 神殿での裁きとか、審問会などに使われるらしい。

 祈りの間の両脇にある席には、多分神殿の偉い人達が座るんだろうけど、今は席がいっぱいだ。威圧感ハンパない。

 そして、正面に座る神子と、その後ろに立つ黒髪の青年が居り、更に後ろには数名の人間が居た。神子と青年以外の人達は帯剣している。

「ミミ……」

 エーティアは不安そうに胸に抱く私の名前を呼んだ。私は大丈夫だよと、彼女の肩をぽんぽんと叩いた。

 すると、どよめきが起こる。私が動いたから、だろうか。

「本当に、動くのね」

 神子が穏やかに口を開いた。

「魔物の類では?」

 黒髪の青年が侮蔑も露わに言い捨てる。やな感じだな。

「違います! ミミは、魔物なんかじゃ……っ」

「はっ、所詮は田舎者。早々に魔物に魅入られるとは!」

「違います!」

 エーティアは必死に、私を庇う。エーティア……。

 震えるエーティアに、胸が痛む。そして、青年への怒りが湧く。

 私が何か言う前に、神子が青年を制した。

「レント、お止めなさい」

「しかし、神子……っ」

「止めなさいというのよ」

 神子に強く言われ、青年は渋々下がった。やーい、ざまーみろー!

「ミミと言ったわね」

 今度は、私に話し掛けられた。

 私は頷いた。

「そうだよ、神子」

 私が話した事により、また場がざわつく。でも、それも神子が制す。

「そう、可愛らしいぬいぐるみさん。貴女からは、清涼な気を感じるの」

「ミミは、エーティアの為に居るの。ミミは、悪い事をしないよ」

「そうなの」

 神子は嬉しそうだ。もしかして、私だとバレた?

「エーティア、素晴らしいお友達を得たわね」

「は、はい!」

 エーティアが、私をギュッと抱きしめた。

 神子が、手に持つ錫杖で床をこんっと叩いた。

「第二十一代神子が認めます。これは次代が起こした奇跡だと!」

「おお!」

 周りからどよめきが起きる。

「奇跡により生まれた命は、次代であるエーティアのそばに置きます。良いですね」

「ははー!」

 祈りの間に居る人達が一斉に頭を下げる。

「では、この場は解散とします」

 神子の宣言により、皆は去っていく。

 黒髪の青年──レントは、憎々しげな視線を私達に向けて歩いていった。

 そうだよ、レントだよ! 序盤から、エーティアに酷い事たくさん言ってくる人だ! どうりで、昨日名前を聞いて、嫌な感じがした筈だ。

「エーティア。貴女も下がって良いわ」

「は、はい! あのっ、ミミの事ありがとうございました!」

 エーティアは深くお辞儀をすると、祈りの間を後にした。

 エーティアは、自分の部屋へと向かう。幸い、レントが待ち構えている事は無かった。あいつ、嫌いだよ。

「ミミ、本当に、私の為に?」

 エーティアが問い掛けてきたので、私は力一杯頷いた。

「そう。これからよろしくね、ミミ」

「うん!」

 エーティアの笑顔に、私は満足した。



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