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第十七話 中庭で


 それからしばらくして、ランは、恥ずかしそうにして去って行った。

 エーティアは、ランの後ろ姿が見えなくなるまで、見送っていた。

 そして翌日。エーティアは、何だかそわそわと落ち着かない。ベッドの上に腰掛け意味もなく、枕を抱いたり、足をバタつかせたりと、忙しない。少しは落ち着きなよ、エーティア。

 エミリーさんは、そんなエーティアを微笑ましそうに見つめている。

 エーティアは、エミリーさんが去った後も、何かを思い出しては悶えていたけれど、突然抱きかかえていた枕から顔を上げると毅然と言い放った。

「ミミ、おしゃれしましょう!」

「え……!」

「せっかく、昨日ミミの為に小物を買ったんだもの。活用しなくちゃ」

 エーティアの目は、真剣だった。

 あ! さては、自分の羞恥心から目を逸らす気だな!

「い、嫌だよっ、エーティア! 今のままで、ミミは充分可愛いよ!」

 私はエーティアから距離を取ると、手振りを大きくし、説得にかかる。

 私はぬいぐるみだ。装飾品を飾るという事は、だ。

 直接、針で縫われるって事じゃないかー! そんな残酷な事出来るかー!

「こら、ミミ暴れないで!」

「嫌なのー!」

 エーティアに頭を掴まれ、私は両手を振り回す。ていうか、何気に扱い酷くないか!

「何をそんなに嫌がってるの?」

 不思議そうなエーティアに、私は憤慨する。

「針とかが、嫌なのー!」

 だって、ぷっすーて刺すんだよ!?

 この柔らか素材の肌に!

「うぬー!」

 頭を掴まれたまま、私は暴れ続ける。

「針? 針なんか使わないけれど……」

 エーティアは困惑気味に言った。

 え? 針使わないの?

「な、なんだー……」

 私は暴れるのを止めた。針使わないなら、怖くないやー。

「もうミミったら、早とちりなんだから」

 呆れたように言うと、エーティアは私の頭から手を離す。

 そして、昨日の買い物の紙袋をごそごそしだした。

「えーと……あ、あった!」

 エーティアは、紙袋から赤いリボンを取り出した。

 うさぎのマークの入った可愛らしいリボンだ。

「後は、これ」

 と、次に出したのは王冠を模した留め具だ。

「これを使って、おしゃれにしよう。ミミ」

「えー……」

 正直、面倒くさいとか思ってしまう。

 ぬいぐるみや精霊に女子力は関係無いのだ。

「……ミミ。ミミだって女の子なんだから、ね?」

 じりじりとエーティアが迫ってくる。

「エ、エーティア……?」

 私は、妙な迫力のあるエーティアから逃げるべく、後退する。

「さあ、ミミ」

「え、遠慮するよ!」

 私はエーティアから逃れるべく、ベッドから飛び降りようとした。が、それは完全に読まれていた。

 がしりと、エーティアが私の体を掴む。

「逃がさないんだから、ミミ」

「うわーん」

 そうして、私の首には可愛いリボンと、王冠の留め具が付けられてしまったのだった。

「似合う! 凄く可愛い、ミミ」

 エーティアは上機嫌だ。

「そ、そうかなぁ」

 慣れないものを付けた私は、落ち着かない気分で、キョロキョロと体を見回す。

「なんか、落としちゃいそうだよ」

「留め具でしっかり留めてあるから、大丈夫よ!」

 エーティアはにこにこ笑いながら、私を見ている。

 ……エーティアが喜んでくれるなら、まあいいか!

 エーティアが嬉しいのならば、私も嬉しいのだ。

 リボンも、付けてみたら案外良さそうだしね。

 私がそう結論つけるのと、部屋の扉がノックされたのは同時だった。

「エーティア様、入ってもよろしいですか?」

 エーティアの家庭教師の声だった。もう、お勉強の時間になってたんだ。

 エーティアの先生、ビシッとした女の人で怖いんだよー。

「あ、はい。どうぞ!」

 エーティアがベッドから立ち上がる。

 私は床に飛び降りた。

 先生が部屋に入ってくる。

 私は入れ違うようにして、扉に向かう。

「エーティア、まったねー!」

「ええ。ミミ、お散歩気を付けてね」

「うん!」

 私は、部屋の外へと飛び出すのだった。


「うわーん!」

 いきなりだが、私は全速力で走っている。

 新品のリボンが、せわしなくはためいていた。

 私は、後ろを見た。

「わんっ、わんっ!」

 私の後方を、お犬様──天敵のジョンが追い掛けてきている。うわーん!

 なんでこうなっちゃったの!

 それは、散歩に出て数分で、お庭にてジョンとかち合ったからだよ!

 ロイドのバカ! ジェラルに言われて、お犬様を小屋に縛り付けてたんじゃないの! 何してたの! 飼い主として怠慢だよ!

 私は心の中で、ロイドを罵った。有らん限りの罵詈雑言を放った。

 だが、それで現状が変わる訳が無く。

「わんっ!」

「バカー! あっち行けー!」

 ジョンの首輪に付いた紐は、噛み千切った様子が見える。

 ぷらんぷらんと、首輪から力なく垂れている。

「もっと、頑丈な紐にしろよー!」

 全速力のまま、私は叫んだ。

 ロイドめ、次会ったら髪の毛引っこ抜いてやる!

 有言実行してやるー!

「わん!」

 ジョンの速度は速い。さすが、犬だけある。このままじゃ、追い付かれちゃうよー!

 庭をぐるぐると回った私は、庭の中心にある大きめの木に気付く。

 そうだ! あそこに登れば良いんだ!

「しゃああああ!」

 雄叫びを上げて、私は木を駆け上った。ぬいぐるみの脚力なめるなよ!

 そして、太めの枝に飛び移った。

「はあっ、はあっ」

 とりあえずの安全地帯に辿り着いた私は息を整えて恐る恐る下を見る。

「わんっ、わんっ!」

 ジョンは居た。木の幹に前足を掛けて、私の方を見上げている。

 好奇心に満ちたジョンの目に、いつかのズタボロになったクマのぬいぐるみを思い出す。

 あれは、狩人の目だ。

 やつは、私をズタズタにする気なんだ!

「うわーん、どっか行けよー!」

 私はしっしっと手を振るが、ジョンは更にしっぽを激しく動かすだけで退く気配はない。

 悪い時は重なるもので。

 通り掛かる人影も無い。

 私は完全に孤立していた。

 私はこのまま、木の上に居るしか無いのだろうか。

 いや、もしかしたら、エーティアが私の危機を察知して助けに来てくれるかもしれない。

「うー、エーティアー!」

 淡い期待を胸に、私は枝の上で縮こまった。

 そんな時だった。

「うー……!」

 下で騒いでいたジョンが、唸り声を上げたのは。

「なに……?」

 見れば、ジョンは私を見ておらず、前方へと視線を向けていた。

 つられて私も視線を動かす。

「あ……」

 思わず声が出た。

 ジョンの視線の先には、レントが佇んでいたのだ。

「相変わらずの、駄犬振りだな」

 と、皮肉めいた笑いを浮かべてジョンを見ている。

 ……私は、二日前に見たレントの笑顔を思い出し、胸が痛んだ。

 そうだ。ああやって見下したように笑うのが、私の知るレントだ。分かっている。

 分かっているのに、私の脳裏からは穏やかに笑うレントが離れない。

「ん……?」

 レントが、私の居る木の方を見た。

 私と視線が交わる。

 見られるとは思ってなかったので、私は固まった。

「何かと思えば、あの女のぬいぐるみか」

 レントは興味が無さそうに呟いた。その言葉が、私の心を鋭く抉る。

 どうしたんだろう、私。

 何がこんなにも苦しいのだろう。

 訳の分からない痛みに、私は俯いた。

「……そういう事か。本当に、駄犬だな」

「うー!」

 ジョンの唸り声が強くなる。

 足音がした。こちらに近付いてくる。

 見れば、レントが木の直ぐ近くまで来ていた。

 そして、ジョンを見つめる。

「うー、うー……」

 段々とジョンの威嚇が小さくなっていく。

 しかも、ジョンはレントを避けるように後退まで始めた。

 そして、耳を伏せて走り去ってしまった。

 ジョンはレントが苦手なようだ。

「助かった、の……?」

 私はへなりと、枝に抱き付いた。

 良かった、助かったー!

「おい、お前」

「え?」

 安心していたら、レントに声を掛けられてしまった。珍しい事だ。レントが、私に声を掛けるなんて、今まで無かったのに……。

 私の頭に、二日前の事が過ぎるが、あれは精霊姿だったからカウントに入らないし。

「聞こえてないのか?」

 レントが苛々とした様子で、再度私に声を掛ける。

「き、聞こえてるよ!」

 私は慌てて答えた。

 レントは、枝の上に居る私を見上げたまま言う。

「あの犬は去った。もう降りてもいいだろう」

 降りたい。降りたいけど、レントが居るから、なんでか緊張して動けないんだよー!

 じっとする私に、レントは眉を寄せた。

「なんだ。降りられないのか。仕方のないやつだな」

 と言うと、両手を広げた。

「レント……?」

 私の問い掛けにレントはますます不機嫌そうに、眉間にシワを寄せる。

「降りられないのだろう? いいから、飛び降りろ。受け止めてやるから」

「え……!」

 レントの言葉に、私は驚きの声を上げた。あのレントが、私を助ける。そういうのか。

「……飛び降りないなら、俺は行くぞ」

「待って!」

 レントが行ってしまう。そう思ったら、衝動的に飛び降りていた。レントの腕の中へと。

「出来たじゃないか」

 そう言うと、レントは神殿の廊下まで私を連れて行った。

「あの犬は、神殿の中にまでは入ってこない。ロイドのやつが一応は躾たみたいだな」

「そうなんだ……」

 私は、レントの腕の中に居る不思議さから、夢心地で答えていた。

「だから、ここまで来れば安全だろう」

 そう言うと、レントは私を廊下に下ろした。

 レントのぬくもりが消えて、私は何だか寂しい気持ちになり、戸惑う。

 私、本当にどうしちゃったんだろう。

 レントの顔がまともに見られない。

「では、俺は行く」

 そう言って、レントは私に背を向けた。

「待って、レント!」

 私は、慌ててレントに声を掛けた。

 レントは、振り返らない。その事に小さく胸が痛んだけど、私は気にせず言葉を紡ぐ。

「あのっ、助けてくれてありがとう!」

 私の礼にレントは足を止めた。

「礼など、不要だ」

 それだけ言うと、レントは再び歩き出した。

 私はレントの後ろ姿が見えなくなるまで、その場に居た。

 動けなかった。

「レント……」

 呟いた声は、自分のものとは思えないほど、熱く掠れていた。



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