表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

第十五話 夜の散歩2


 今夜は、庭園にぬいぐるみを置いての空中散歩だ。

 今日はちゃんとエーティアに、お散歩してくるって伝えてあるもんね。

 お散歩、楽しいよー。

『今日も、月が綺麗ー……』

 空中で私は呟く。

 月は、日々欠けたり丸くなったりするけど、変わらずそこにある。

 私は眼下の神殿を見た。

 夜の神殿は、静かにそこにある。

 神殿にも、変化は無い。

 結局、先代とエーティアは神殿に闇の精霊の事は発表しなかった。

 代わりに、アルディア王国の王には伝えてある。アルディア王も、まだ予兆の段階で騒ぎを大きくしたくないというエーティア達の意見を汲んでくれた。

 だから、神殿だけでなく、都もいつも通りの夜だ。

『闇の精霊、か……』

 大変な事態になった。

 世界樹にも分からないとは、異常な事なのだ。

『……私が、ゲームをクリアしてたら、防げたのかな』

 ポツリと呟く。

 私は、ゲームの序盤しか知らない。

 でも、もしもゲームをちゃんとクリアしていれば、闇の精霊の事を知っていた筈だ。

 ならば、あらかじめ何らかの予防策を講じられたのではないだろうか。

 そこまで考えて、私は首を振る。

 たとえ、シナリオを知っていたとしても、私に何か出来たとは思えない。

 何かをするには私は生まれるのが遅過ぎた。

 それに、先代が言っていたではないか。

 闇の精霊を封印出来るのは、神子だけだと。

 いち精霊でしかない私には、出来る事などそうは無いのだ。

『私は……無力だ』

 精霊などと、特別な存在に生まれたのに。この体では、エーティアを抱きしめる事も出来ない。

 エーティアの涙を拭う事すら、出来ないのだ。

 精霊の体は、人と寄り添うには不便だ。

 ぬくもりを与える事が出来ない。

 なんて、寂しい存在なのだろう。

 精霊になりたての頃は、こんな事考えた事も無かった。

 精霊は精霊で、世界樹のそばに居ればそれで良かったから。

 でも、私は生まれたての頃とは違う。

 私は、エーティアに出会ってしまった。エーティアのぬくもりを知ってしまった。

 もう、普通の精霊には戻れない。戻りたくない。

 エーティアの優しさは、私の体に染み込んでいるのだ。

 私は月明かりのもと、微笑んだ。

 私は、また口ずさむ。

 前世の歌を、覚えている限り。

 ゆっくりゆっくりと、下降していく。下は、庭園だ。

 そろそろ、夜のお散歩を終えてもいいのかもしれない。

 夜空は充分堪能した。

 私は庭園へと降り立った。

 歌を口ずさむのを止める。

 後は、ぬいぐるみの中に入れば、いつものミミさんだ。

 そう思った時だった。

「……その歌は、精霊の歌なのか?」

 背後──庭園の入り口の方から声がしたのは。

『え……っ』

 私は驚き、振り返った。声が、聞き覚えのあるものだったからだ。

 だけど、私の知るものよりは、少し声音が優しい気がして、一瞬戸惑う。

 彼の声は、いつも攻撃的で冷たい。そんな声しか、私は知らない。

 だけど、振り向いた先に居たのは、紛れもなく──レントだった。

 月明かりに照らされ、彼の黒髪が淡く光っている。

 彼は、信じられない事に穏やかに笑っていた。ど、どういう事?

「……人間の言葉が、分からないのか?」

 普段とは違うレントを見て、驚き固まった私に、彼は不可解そうに聞いてきた。

 まだ鈍い思考のまま、私はただ首を横に振る。

 そして、レントには精霊が見えているのだという事を思い出していた。

『……精霊の事を、見える人間は、珍しいから』

 私はたどたどしく、そう言った。

 レントは、また笑った。

「確かに、そうだな。人の多くは精霊を見る事が出来ない」

『うん……』

 何だろう。何で、レントは私に話し掛けているのだろう。

 しかも、かなり友好的だ。

 私の戸惑いは大きくなる。

 レントが、入り口から庭園へと入ってきた。

 私は思わず、後ずさる。いつもと雰囲気の違うレントが、怖かった。

 レントの笑った顔は、エーティアやミミに見せるものとは、全然違う。

 ……凄く、優しいのだ。

 まるで、ミミに微笑むエーティアのようだ。

 これは、本当にレントなのだろうか。

 月が見せている幻では、ないのだろうか。

 ぐるぐる、私の思考は回る。

 距離を置こうとする私を、レントは怒らなかった。

 私と一定の距離を取ると、苦笑を浮かべた。

「すまない。君を驚かせるつもりは無かったんだ」

 と、謝罪までされてしまった。

 私は驚きを隠せないでいた。

 あのレントが、私に謝った! これを驚かずして何を驚けというのだ。

『あ、あの……』

「精霊は、世界樹と……神子以外には心を開かないのだったな」

 と、寂しそうに呟かれ、私はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。

 何だろう、何だろう。今のレントは、何だか弱さを感じる。

 いつも自信に溢れているのが、嘘みたいだ。

 いや、でも。前にリスティリオとの諍いの時に、リスティリオは言っていた。

 レントには、精霊を慈しむ心があるのだと。

 ……レントは、精霊には優しいのだろうか。

 いや、優しいのかもしれない。

 今のレントを見ていると、そう思えてくる。

 レントは、誠実な目で私を見ていた。

 そうだ。私は一度ぐらい、レントと話をしてみたかった。

 何故、エーティアと歩み寄らないのか。エーティアの頑張りを見て、認めてくれないのか。

 今、聞いてみてもいいのかもしれない。

 私は、レントに近付いた。そして、口を開く。

『……貴方、歌が好きなの?』

 口から飛び出したのは、事前に考えていた質問じゃなかった。

 ……私は、直前で躊躇したのだ。

 今の穏やかに笑うレントを、もう少し見ていたいと。そう思ってしまったのだ。

 地雷であるエーティアの話を振れば、たとえ精霊相手でもレントは怒るだろう。

 レントの笑顔はたちまち消えてしまうだろう。

 それが、何だか勿体ないと思ってしまったのだ。

 レントは、私からの質問に軽く目を見張った。

 そして、また苦笑を浮かべる。

「質問をしたのは、こちらが先だったのだがな」

『ごめんなさい』

 私は素直に謝った。

 レントは、微笑んで応えた。

「いや、いい。精霊よ、俺は歌の事はよくは分からん。だが、先ほどの貴女の歌は、その、好きだと思う」

 レントは、少しだけ頬を染めた。

 照れているのだ、きっと。

 私は衝撃を受けた。あのレントが、照れているのだ。驚くだろう。

 本当に今日は、何なのだ。

「なあ、精霊よ」

『な、なに……?』

 レントに話しかけられ、私はどぎまぎしながら聞き返す。

「歌を、歌ってくれないか……?」

『歌?』

 歌って、さっきまで私が口ずさんでたやつだよね?

 アニメの歌とか、ゲームの主題歌とか、オタク趣味全開だよ!? いいの? レントって、英才教育とか受けてきたんじゃないの? その中には、歌に関するものもあるんじゃないの?

 あ、でも。さっきレントは、歌については分からないって言っていたし。い、いいのかな?

 迷って、視線を彷徨かせる私に、レントは悲しそうに笑った。心が、痛くなるような笑顔だった。

「俺の為には、歌えないか……?」

 と言われてしまえば、私には断る事が出来ない。

『私の歌は拙いけど、良いの?』

 一応聞いてみる。

「ああ、構わない。聴かせてくれ」

 そこまで言われたのならば、仕方ない。

 私は、少しだけ宙に浮いた。

 そして、胸の前で手を組むと、歌い始める。

 アニメからゲームまで、好きな歌を歌う。すると不思議な事に、歌う事に夢中になった。

 月が私に力を与えてくれて、疲れる事なく、よどみなく歌い上げる。

 ちらりと、下を見れば。レントが穏やかな、でも熱のこもった目で私を見ていた。

 何だか恥ずかしくなり、私は歌う事に集中する。

 そして、時間にして一時間。私は歌い続けたのだった。ちょっと夢中になりすぎたようだ。反省、反省。

 私はレントのもとへと降りる。

『ちょっと、歌いすぎた。ごめんなさい』

 私は謝った。

「いや、俺が頼んだんだ。文句は無い」

 レントはあっさり許してくれた。

 なんだか、レントが優しすぎて、戸惑うなぁ。

 エーティアにも、こんな風に笑いかけてくれたらいいのに。

 私は、いつもの冷たいレントを思い出し、寂しく思った。

 レントは、やはり微笑んだまま、私を見る。

「なあ、精霊よ。俺は貴女が誕生した瞬間を見ているのだ」

『え……?』

 レントの真摯な響きのある言葉に、私はまばたきをする。

 レントが、私の誕生を見ていた?

『あ……』

 そういえば、私が先輩精霊に舞に誘われた時に、湖の岸辺で佇む人影があった。

 あれは、レントだったのか。

 確か、レントは湖までなら立ち入りを許されていた筈だ。

『見てたんだ……』

 私の呟きに、レントは力強く頷いた。

「ああ、あの時から俺は……」

「レント!」

 レントの言葉は、突然響いた声にかき消された。

 リスティリオだ。リスティリオが、庭園の入り口に立っていた。

 チッと、レントが小さく舌打ちするのを私は聞き逃さなかった。

 リスティリオは、庭園の中に入ってくる。私の事は見えていないようだ。レントのもとに一直線だ。

「レント、今日こそは俺の話を……」

「無粋な真似を」

 レントは吐き捨てるように言った。

「何のことだ」

 リスティリオは、訳が分からないといった顔をした。

 レントは、リスティリオに構わず私に背を向け、庭園の外へと歩いて行く。

「待て、レント!」

 リスティリオは足早に、レントを追う。

 レントは庭園を出る前に、一度私の方を振り返り、そして何事も無かったかのように歩いていく。

 後に残された私は、庭園の地面へと降り立った。

『今日は、本当になんなの……?』

 呟き、私はレントの笑顔を思い出していた。

 優しい笑顔だった。

 そして、レントは私に何を言いたかったのだろうか。

 リスティリオの登場でかき消された言葉の続きが、私は気になってしまう。

 そして私は何だか落ち着かない気分のまま、花の陰に隠していたぬいぐるみの中に入った。

 ミミに同調した後も、私は気分がそわそわして、なんだか自分が自分じゃないみたいだった。

 そして、柄にもなくエーティアに花を一輪摘んで帰った。

 何だか、今夜の思い出を残したい、そんな不思議な気分だったのだ。

 エーティアの手によって、部屋に飾られた花を、私は一晩中ベッドの上から見つめたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ