第十四話 ラン
先代に呼ばれてから数日後。私達は、世界樹の元に向かっていた。
闇の精霊が復活する予兆がないか、エーティアが世界樹に聞く為だ。
……もしかして、闇の精霊の封印に世界樹が関係してるのかな? なんとなくだけど、そんな気がした。
まあ、先代やエーティアの様子から、それを詮索するのは駄目みたいだけど。
馬車の中、エーティアとランが会話している。
「二度目になりますね、エーティア」
「ええ。でも、前回よりは緊張は無いの」
「そうですか」
ランは微笑んだ。
ランの笑顔、私好きだなー。ひとを安心させてくれる笑顔だよね。
「ねー、ランは休日は何してんのー?」
私は二人の会話に割り込んだ。
今までの話の流れには全く関係のない質問だったけど、突然気になっちゃったんだもん。仕方ないよね!
二人は、私を咎めなかった。
ランは少し考えてから、口を開く。
「そう、ですね。休日は、街の図書館で借りた本を読んだりしてます。あと、ロイドに誘われて、街に出たりでしょうか」
「おー……、華が無いな!」
「こら、ミミ!」
エーティアに叱られてしまった。しょんぼり。
「まあまあ、エーティア。本当の事ですから」
「それでも、失礼なのは変わらない。私は、ミミにはそんな子になってほしくないの」
エーティアは真剣な表情で、私を見た。
「ミミは、ちょっと口が軽い気がするの。気を付けなくちゃ駄目よ?」
分かってるんだよ。エーティアが、私の事を心配してくれてるのは。
でも、思った事をついつい、このお口が滑っちゃうんだよー……。
「出来るだけ、気を付けるよー」
私はそうとしか言えなかった。というか、確約は出来ないのだ。お口滑るから。
「もう、ミミったら……」
私のそんな思いが伝わったのか、エーティアが、呆れたように呟く。
本当にごめんなのー!
てへりと、頭を右手でこっつんこして私は誤魔化す。ぬいぐるみだから出来る行為である。
エーティアはため息を吐いた。
そんな私達を見ていたランが、噴き出した。な、なんだよー。
「ラン?」
エーティアは不可解そうだ。
ランは、慌てて手を振った。
「あ、いえ。すみません……」
「別に気にしてないけれど、どうかしたの?」
ミミさんは、笑われてご立腹だけどね!
まあ、エーティアが気にしないのならば、良いんだけど!
「あ、その。怒らないで聞いてくださいますか?」
「え、ええ。怒らないけど、そう言われると気になるのよね」
「ミミは、内容によるよ!」
私は右手で、グーを作った。ぽこぽこするよ!
「それは、怖いですね」
と、ランは苦笑を浮かべる。む、全然怖がってないな!
「……実は、お二人を見ていて、その、親子みたいだなぁって。不快に思ったのならすみません」
ランは謝ったけど、目は笑っている。むう、悪いとは思ってないな。
「親子って、私がお母さんって事よね?」
「いや、ミミがお母さんの可能性も……」
「ミミ、それは無いよ」
「ちえー」
エーティアに即座に否定されてしまった。ミミ、お母さん役無理かぁ。がっくり。
「ほら、そういうところとか……仲の良い親子だなぁって」
ランは微笑ましそうに言った。
「そうかなぁ」
「ええ。少し羨ましいぐらいですよ」
「羨ましい?」
エーティアは不思議そうに問い掛けた。
「……僕は、母を知らないので」
「あ……っ」
ランの言葉に、エーティアは慌てて口を押さえた。
そういえば、以前ランは言ってた。
幼い頃に母親を亡くしたって。
「ごめんなさい……」
しゅんとして謝るエーティアに、ランは首を振る。
「気にしないでください。母の事は、本当に何も覚えてないのですから」
「ラン……」
エーティアにランは微笑んだ。
「それに、僕は貴女の言葉に救われました」
「え?」
ランは、少し頬を染めた。
「貴女は、僕の摘んだ花で母が喜んでくれていると言ってくれた。……僕の花を、嬉しいと言ってくれました」
「あれは、本当の事だし」
エーティアが顔を赤くして、俯いた。
今のランは、何だかいつもよりも情熱的で、戸惑っているんだろうな。
良い雰囲気ー。
「ありがとう、エーティア」
「う、うん」
ちょっと二人とも! ここにミミさんが居るの忘れてない!?
私が内心憤慨した時だった。
「な、なんだ、貴様らは!」
「この馬車を、どなたの物だと……っ」
馬車の外から、馬の嘶きと、護衛の騎士の威嚇の声がした。
な、なに。馬車の振動が止まった。
「な、何が起こったの……っ」
戸惑うエーティアに、窓のカーテンの外を見たランが、珍しく眉間にシワを寄せて、振り向く。
「賊のようです」
「賊!?」
「はい。それに数が多い。外の護衛だけでは苦戦するでしょう」
ランの言葉に、エーティアが不安そうに体を震わす。
「どうしたら……」
「加勢してきます」
ランは即座に言った。
ランは数が多いと言った。ラン一人が増えたところで、劣勢は覆るのだろうか。
「大丈夫なの?」
今度は私が問い掛ける。
ランは、力強く頷いた。
そして、馬車の扉に手を掛ける。
「エーティア、貴女の事は──僕が守ります」
そう言って、ランは扉の外へと飛び出していった。
「ラン……っ」
エーティアも直ぐに、扉から体を出す。降りはしない。戦闘の邪魔になる事は分かりきっているから。
そして、エーティアの視線は釘付けになる。
賊は、十数人居た。こちらは、護衛の数とランを入れて四人。数の上では圧倒的に不利だ。
だというのに……。
「強い……」
ランは、賊の中で飛び回っていた。
抜いた剣は、鋭い突きを放ち、賊の手から武器を奪っていく。
「ぐああっ!」
痛みにのた打ち回る賊の男。
ランは致命傷は与えていない。ただ、動けなくなるような傷を与えている。
足を狙い、確実に敵の数を減らしていく。
「このガキ、嘗めやがって!」
激昂した男の一人が、ランに斬り掛かる。体格は、相手の方が上だ。
「きゃ……っ」
たまらず、エーティアが悲鳴を上げる。
その声に、ランが視線を向ける。
──大丈夫。
ランの目が告げる。絶対大丈夫だと。
ランは男の剣を、自身の剣で受け止めた。体重の乗った重い一撃だ。
なのに、ランは涼しい顔をしている。
「な……っ」
男が驚愕を顔に浮かべた。
「甘いですよ!」
ガキン! ランの剣が、男の剣を跳ね飛ばす。
「ぐっ!」
呻く男に、ランは一撃を浴びせ、また戦闘不能にさせた。
ランが参戦してからあっという間に、数の不利が無くなった。
最初は余裕を見せていた賊達も、焦りを見せる。
「な、何だよ! 聞いてたのと話が違うじゃねーか!」
賊の一人が、そんな事を口走ったが、ランにより呆気なく倒された。
「話は、王国騎士団にでも話してくださいね!」
そうして、ランは最後の一人も倒したのだった。
賊達は、護衛の騎士が縛り上げ、アルディア王国騎士団に突き出される事になった。
比較的軽傷の男が言うには、裕福そうな馬車だから狙ったとの事だけど。
私はそれだけじゃないような気がしていた。ただの勘だけど。
それにしても、ランは強かった! 凄いね!
「やるじゃねーか、ラン!」
馬車に戻ってきたランに、私は言ってやった。
「守護騎士として、当然の役目ですよ」
ランは、照れくさそうに言った。
もっとからかってやろうと思ったけど、私が口にする前にエーティアが口を開いた。
「ラン。怪我はない?」
「はい、エーティア。この通り、どこにも」
その言葉に、エーティアの体から力が抜ける。
「……良かった」
「エーティア?」
ランが不思議そうに尋ねた。
エーティアは、ランの手をそっと握った。
「エ、エーティア……っ」
驚くランに、エーティアは微笑み掛けた。
「貴方が無事で、本当に良かった……」
「エーティア……」
ランは、何だか泣きそうな顔でエーティアを見つめた。
「心配してくださり、ありがとう、ございます」
と、お礼を言うランの声は、震えていた。
エーティアの世界樹訪問は、続行される事となった。
これ以上の賊の襲撃は無いだろうという見解が出たのと、今回の世界樹訪問は重要性が高い事もあり、続行となったのだ。
あ、もちろん闇の精霊の事は秘されているんだけどね。
今、私達は世界樹のもとにやってきていた。
「こんにちは」
二回目ともあり、エーティアは落ち着いていた。
世界樹の周りは相変わらず、精霊達が舞っている。楽しそうで、何よりー。
──リーン。
世界樹が声を発する。エーティアは頷いた。
「はい、私は元気ですよ」
そう言って、エーティアは世界樹に微笑み掛けた。
そうして、エーティアは世界樹に、今起きている異変を説明した。
世界樹の枝の葉が枯れた事。
先代から、それは闇の精霊の復活を暗示していると言われた事。全てを、話した。
「いったい、何が起ころうとしているのですか?」
エーティアの問い掛けに、また世界樹が鳴る。
「……そんな、分からないって」
困惑するエーティアに、世界樹はまた音を出す。
「やはり、予兆ではあると……」
そんな感じで、エーティアは世界樹との対話を終えた。
「エーティア……」
エーティアの顔色が悪い。
「ミミ、世界樹にも闇の精霊の復活は分からないの。だけど……悪い事は起きるかもしれないって」
「そうなんだ」
エーティアは、足早に世界樹のもとを後にした。
「とにかく、今は先代様に助言を仰ぎましょう」
「そうだね」
エーティアは、世界樹に話せば全てが分かると思っていたに違いない。
でも、現実は違っていて、闇の精霊については世界樹にも分からない事だった。
いったい、どうなってしまうのだろう。
エーティアが、傷付く事はあってほしくない。
私はそう思った。
でも、今のエーティアなら大丈夫なのかもしれないとも思う。
私がぬいぐるみに入り込んだばかりの頃は、よくエーティアはうじうじしていた。自信が無かったのだ。
私はエーティアの横顔を見た。
動揺こそしているものの、エーティアの目に翳りは無い。
しっかりと前を見ている。
頼もしくなったね、エーティア。
私も、エーティアに負けないように頑張るよ!
だから、一緒に成長していこうね!
私達は、ランと合流すると、神殿へと向かって馬車をは走らせたのだった。