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第十三話 異変


 私は見事に洗濯された。

 ぽたり、ぽたりと絞りきれなかった水滴が落ちる。

「うわーん」

 私は、物干し竿に吊された状態で、ジタバタ動く。

 早く乾けー!

 暇だよー!

 私は、ぐりんぐりんと縦横無尽に動き回った。その度に、水滴が飛び散る。

「このやろー!」

 飛び散れ水滴よ、注げ太陽光よ!

 私を直ぐに乾かすんだー!

「……」

 おや、視線を感じる。

 ジタバタしながら、私は視線を下に向ける。

「あっ、リスティーだ!」

 眼下のリスティリオは、超不機嫌そうだ。

「勝手に愛称を作るな」

「えー、良いじゃんよー」

「……相変わらず、品位の無い奴だな」

「リスティーには、関係ないよー」

 私はぷらんぷらん揺れながら言う。

「その愛称は止めろ。あと、体を揺らすな。水滴が飛ぶ」

 リスティリオは嫌そうに手を振る。

「だってー、早く乾いてほしいんだもんよー」

 エーティアは時々様子見に来てくれるけど、神子の仕事で忙しいし。

 私は、暇なのだー!

「騒々しい奴だ」

 リスティリオは、ため息を吐いた。

 む、なんだ、なんだ。私が何をしたというんだ。

 というか、リスティリオは何しに来たのさ。

 まさか、私を笑いに来たのだろうか。

「リスティーの馬鹿ー」

「……何故、俺が悪し様に言われないとならん」

「リスティーが、ミミを笑ったからだよ!」

「……笑ってなど、おらんだろう」

 リスティリオは、ますます不機嫌になっていく。

 なんか、扱い辛いなぁ。思春期か。思春期なのか。

「なあなあ、思春期リスティー」

「貴様、斬られたいのか。そうなんだな」

 リスティリオは、帯剣している剣に手を掛ける。おおう、怒らせてしまったようだ。まあ、いいか。

「ねえねえ、リスティーは私に話でもあるの?」

「……」

 いつも私とエーティアに無関心なリスティリオが、私に話し掛けてきたのだ。

 何かあると考えた方が、妥当だろう。

 リスティリオの眉間のシワは、どんどん深くなる。

 腕を組んだリスティリオは、私から視線を逸らした。

「お前達にとって、悪い知らせかもしれん」

「え……!」

 私はぷらんぷらんするのを止めた。

 リスティリオは、お前達と言った。それはつまり、私とエーティアの事で。

「いや。隠したところで直ぐに知れ渡るだろう」

「な、何があったの?」

 リスティリオの様子から、相当マズい問題が発生したのだと分かる。どくんと、無い筈の心臓が鳴った気がした。

「……神殿に保管されている世界樹の枝の葉が──枯れた」

「え……」

 世界樹の葉が枯れた? そりゃ、大元から引き離せば枯れるもんじゃないの?

 私の間の抜けた声に、リスティリオは息を吐いた。

「世界樹の枝は、初代神子が持ち帰ったものだ。数百年規模で、枯れずにいたんだよ」

「え……!」

 それは、大変な事態じゃないのだろうか。

 生まれたばかりの私にも、起きた異常さは分かる。

 何百年という長い時間枯れなかった葉が、枯れた。

「た、大変じゃんかよー!」

「ふん、お前にも事態の深刻さは分かったか」

「また、エーティアが悪く言われちゃう……」

 私はしょんぼりとうなだれた。

「まあ、そうなるだろうな」

 リスティリオはしれっと言う。

 何だよ、何だよ! リスティリオの馬鹿ー!

 エーティアは毎日、毎日頑張ってるんだぞ! 夜遅くまで、勉強して。神子として相応しくなろうと、努力してるんだぞ!

「エーティアが悪く言われるのは、やだー!」

 私はまた、ジタバタ暴れる。

 飛ぶ水滴に、またリスティリオは嫌な顔をしたが、今度は文句は言わなかった。

「……ならば、守ってやればいい」

「え?」

 リスティリオの言葉に、私は暴れるのを止める。

 リスティリオは真剣な表情で、私を見ていた。

「お前は、神子とは……友人なのだろう? ならば、お前が守ってやれ」

「リスティリオ……」

 リスティリオの目には、微かな痛みがあった。

 それは、元神子候補であるレントを、友人でありながら守る事が出来なかった自身への憂いからくるのだろうか。

 リスティリオも、苦しんでいるのだろうか。

「……守ってやれよ」

「うん……!」

 リスティリオは、私の返事を聞くと、踵を返す。

「あと、水滴を飛ばすのは止めろ」

 と、苦情を言うと去って行った。

 最後のは照れ隠しだったのかもしれない。うん、きっとそうだ。

 リスティリオの奴、本当に思春期だな。

「エーティアを、守るか」

 その言葉は、私の中に大きく響いた。


 私が乾いたのと同時に、エーティアは先代に広間に呼ばれた。

 用件はやはり、世界樹の枝についてだった。

「エーティア、もう聞き及んでいるかもしれないけれど……神殿が保管している世界樹の枝の葉が枯れたわ」

「はい……」

 エーティアは、神妙に頷いた。

「誤解しないでほしいのだけど、私は貴女のせいで葉が枯れたとは思ってないのよ」

 そう言うと、先代はエーティアの手を取った。

「むしろ、大変な時に神子の座に就いた貴女を、可哀想だと思っている」

「それは、どういう……?」

 エーティアが不可解そうに尋ねる。

 大変な時? どういう事なの?

 先代はエーティアの手を、ぎゅっと握る。

「これは、公式には発表しない事にしてほしいと、貴女に進言しようと思ってたの。だから、ここに呼んだのよ」

「先代様?」

「エーティア……いいえ、神子。世界樹の葉が枯れたのは予兆なの」

「予兆とは……?」

 何だろう。凄く嫌な予感がする。

「神子、落ち着いて聞いて。枝の葉が枯れ、わたくしとジュークで文献をさらったの。そうしたら、過去にも枝の葉が枯れた事があった」

「え?」

 エーティアの体が固くなる。

 先代は、重要な事を話そうとしていると感じ取ったからだろう。

「それは、初代神子の時代。闇の精霊が、復活しようとした時なのよ」

「闇の精霊……!?」

 エーティアが驚愕に声を震わす。

 て、えっと……。

「ねえ、エーティア。闇の精霊って、なにー?」

 緊迫した空気の中、私の気の抜けた声が響く。

「ミミ、知らないの?」

 エーティアが驚いたように、声を上げる。

「……だって、ミミは生まれたばかりだもん」

 精霊としても、ぬいぐるみとしても、だ。

 私は先輩精霊から、あまり詳しい知識を与えられる前にぬいぐるみに入ったので、知らない事が多いのだ。

「闇の精霊は、世界を脅かす邪悪な存在……と、言われてるわ。私も、語り部のおばあさんから聞いただけだけど」

 エーティアの言葉に、先代が頷く。

「そう。世界樹の精霊は、世界樹が生む善の存在。対して、闇の精霊は人間の負の感情から生まれる、悪意そのものと言えるの。今は封印されていて、眠りの中にいる筈なのだけれど……」

「それが、復活しようとしているのですね?」

 エーティアの声は震えている。

 それだけ、闇の精霊は悪い奴だという事か。

「ええ」

 先代の声は沈鬱そうだ。

 先代は、エーティアの手を離した。

 そして、毅然と背を伸ばす。

「今から貴女に、闇の精霊が封印された場所を教えます」

「え……?」

「世界樹の枝の葉が枯れたのは、予兆に過ぎないのかもしれないけれど。警戒だけはしてほしいの。闇の精霊を封印出来るのは、神子だけなのだから」

「私、が」

 エーティアの手が、ぎゅっと私に触れる。エーティアに頑張れの気持ちを込めて、私も握り返す。

 先代は、力強く頷いた。

「貴女しかいないの。神子、酷な事を押し付けてしまって、ごめんなさい」

「い、いいえ。あの、もしもその時が来たら、私頑張りますから!」

 エーティアは真剣な表情で、言い切った。エーティア、成長したね。

「そう、ありがとう。神子」

 先代もそう思ったのか、口元に笑みを作った。

 まだ、動揺はあるものの、エーティアは覚悟を決めた。そういう強さのある目をしている。

 エーティア、本当に神子なんだね。

 強くなったね、エーティア。

 ……もう、寂しくて泣いていたエーティアは居ないのだ。

 私はこんな時だけど、誇らしくなった。

 エーティアの強さに、覚悟に。私は誇らしさに、胸がいっぱいになった。

「それでは、場所を話すけれど……」

 先代は、言葉を切る。

 そして、エーティアの腰にぶら下がる私を見た。

「ミミ」

「なに、先代」

 名前を呼ばれたので、私は答える。

「悪いのだけど、席を外してほしいの。封印の場所は、わたくし達神子しか知ってはならないのよ」

 おー、封印場所も神子が負うべきものの一つなんだね。

 私は、ぴこりと頷いた。

「分かったよ、先代。エーティア、フック外してー」

「え、ええ。分かったわ、ミミ」

 エーティアは、私を腰から外した。

 私はぽきゅりと、床に着地した。

「じゃあ、外で待ってるねー!」

 私はぽきゅぽきゅと、扉へと歩いて行く。

「後で必ず回収しに行くから!」

 エーティアの言葉に、私はちょっと憤慨した。

「なんだよー、回収ってー!」

 私の言葉に、エーティアは笑顔を浮かべる。

「ただの言葉の綾だよ」

「まあ、いいけどさー」

 私は再び歩き出した。


 扉の外で、私は座り込む。

「……ちょっと安心したなー」

 世界樹の枝の葉が枯れ、エーティアに心無い言葉を投げつけてくる奴らもいる。

 でも、エーティアの心は折れていない。

 エーティアは強くなったのだ。

「……弱虫、泣き虫エーティアはさよならだね」

 外側が見える廊下から私は空を見上げた。四角い空を。

 綺麗な青空が見える。

「ん……?」

 人の気配に、私はそちらを見た。

 廊下の先の角で、さっきの私と同じように空を見上げている人物が居た。

「レント……」

 そこに居たのは、レントだった。

 私に気付いていないのか、綺麗な横顔を見せている。

 こうして見ると、レントって美形なんだよなー。

 いつもは辛気くさい仏頂面か、侮蔑に満ちた顔をしているから、損してるよ。

 あ、レント行っちゃった。

「……レントも、捕らわれているのかな」

 この四角い空の中に。

「一度くらいは、笑った顔見てみたいよね」

 私はなんとなく、そう思った。

 後ろの扉が開く。

 出てきたのは、エーティアだけだ。

「ミミ、待たせちゃったかな?」

「んーん、そんなには待ってないよー」

 私はぴょんっと立ち上がる。

 エーティアは私を抱き上げた。

「……ミミ、ずっと私のそばに居てね」

 エーティアは私をキュッと抱きしめた。

「当たり前だよー」

「そうよね。ふふ、ちょっと弱気になってたみたい」

 エーティアはそう言うと、私を腰に装備した。

「じゃあ、部屋に戻りましょう」

「おー!」


 ……闇の精霊の復活という、恐ろしい予兆が出た。

 でも、私とエーティアが一緒なら大丈夫だよね!

 エーティア、私、頑張って支えるよー!



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