第十一話 庭園2
エーティアの神子様生活は、順調だ。
会議でも積極的に意見を述べたり、他者の言葉に耳を傾けたりしている。
世界樹との対話の成功が、エーティアに敵意を持つ者を黙らせているのも大きい。
世界樹に認められるという事は、それだけ凄いのだ。世界樹、ありがとう。
「では、本日の会議はこれにて解散」
ジュークの言葉に、会議に出席していた人間達が席を立つ。
会議は、何事もなく無事に終わった。
何も無さ過ぎて、呆気ないほどだ。
レント辺りが嫌みを言ってくるかと思ったけど、それも無い。
レントは、会議中も沈黙を保っていた。静かすぎる。不気味だ。
「エーティア様、すっかり板についてきましたね」
ジュークが、エーティアに話し掛けてきた。
「ジューク、ありがとうございます」
「いえ、本当の事ですから」
ジュークは穏やかに笑う。ジューク、お父さんみたいだな。
「先代様やジュークが、助けてくれるお陰です」
「ありがとな、ジューク!」
会議が終われば、私の禁止令も解かれる。私は、感謝を伝えた。
「あ! ミミはまた!」
ぺちりと、エーティアに頭を叩かれた。でも、反省はしないのだ。
「はは、気にしないでください。これは、ミミなりの親愛の現れだと思ってますから」
「そう言ってもらえると、助かります……」
ホッと息を吐くエーティア。許してもらえて、良かったね!
「先代様も、最近のエーティア様のご活躍振りに感心しておられますよ」
「本当ですか!」
「はい」
先代は、今日は会議が終わると直ぐに退出していたので、今の場には居ない。
先代は、エーティアの補佐として会議に出席している。ベール越しの優しい眼差しは、私にも分かる。先代って、優しいよね!
「エーティア様、この調子で頑張りましょう」
「はい、ジューク」
誉められて良かったね、エーティア!
「では、私は本日の議題を纏めますので、これで」
「はい、頑張ってくださいね」
ジュークに一礼して、エーティアは身を翻した。
「ミミ、私頑張れてるかな?」
部屋へ向かう途中、エーティアに話しかけられた。心なしか、声が弾んでいる。
「うん。頑張ってるよー! エーティア、偉い偉い」
「ふふっ」
エーティア嬉しそう。努力が報われているんだもんね!
ふと、エーティアの足が止まる。どうしたんだろう。
「あ……」
エーティアの視線を辿り、私は思わず声を出してしまう。
エーティアの前に、レントが立っていたのだ。
「……随分と、機嫌がいいな」
侮蔑の表情こそ無かったけど、声はとても冷たい。無表情だし。
「レント……」
エーティアが名前を呼ぶ。
今までだったら、エーティアはレントを怖がっていた。レントの言動に戸惑っていた。だけど、今のエーティアは違う。
「レント、あのね」
エーティアから声を掛けた。無視されるかと思ったけど、そんな事はなくレントは視線をエーティアに向けてくる。
「私は、神子としてまだまだ未熟だと思う。先代様やジュークに支えられて、やっと立っていられる状態だとも言える……」
「何が言いたい」
レントの冷たい声にも、エーティアは怯まない。
「私は、それでもここで頑張りたいと思うの。そして、出来れば……レント。貴方にも、私を手伝って欲しいって願ってる」
エーティアの言葉に、レントは息を呑んだ。
「何を、馬鹿な事を……」
「馬鹿な事じゃないよ。貴方の知識は、凄いと思うし、私は貴方に認めてもらえたらと……」
エーティアは誠実な眼差しをレントに向けた。
レントは、視線を逸らした。
「……全てを持っているお前に、俺の気持ちが分かるものか」
「レント……」
「ふん」
レントは踵を返すと、エーティアの前から去って行った。
「私が全てを持ってる……?」
エーティアの呟きは困惑に満ちていた。
エーティアは、知識面ではまだまだレントの足元にも及ばない。
それなのに、レントが最後に見せた目に宿っていたのは──羨望、だった。
レントは、何を持たないというのだろうか。
「レントは、なんでだか、エーティアが羨ましいんだよ」
「どうしてかしら……?」
私達は困惑に首を捻った。
レントとの会話の後、エーティアが向かったのは自室ではなく、庭園だった。
苦手としていたレントと対峙して、高ぶってしまった感情を鎮める為だ。
庭園は、相変わらずの美しさを誇っていた。
「ここは、いつも変わらないね」
「ねー」
私も庭園は好きだよ。花の匂いに満ちていて。
エーティアと二人、花々の美しさを堪能していると、足音がした。
誰だろうと、エーティアと後ろを振り返る。
「あ、ランだ!」
私が叫ぶと、屈んでいたランが体を起こした。
「あ、エーティアにミミ」
ランは微笑んだ。
今日もランは花を摘んでいたようだ。
両手に花を持っている。
「こんにちは、ラン。今日も花摘み?」
「ええ。ここの庭園は、ある用途に使っていいので……」
「ある用途?」
エーティアが問い掛ける。
ランは、微かに寂しそうな笑みを浮かべた。ラン?
「神子様への献上と、後はほら」
と、指を指す。
その方向には、細い道が見えた。神殿の建物の裏に続いているようだ。
「あんな所に道があったのね。今まで気が付かなかった」
「ミミも、気付かなかったよ!」
庭園の陰になっている細い道。
その道の先には、何があるんだろう。
その答えを、ランは口にした。
「あの先には、霊園があるんですよ」
「え!」
「オバケ!」
エーティアが驚きの声を上げ、私はオバケに恐怖した。
そんな私達に、ランは苦笑を浮かべる。
「はは、そんな恐ろしいものではありませんよ。神殿にある霊園には、聖人のお墓が殆どですし」
聖人とは、神殿の神官の中で、徳が高い人間に与えられる称号だよ。
貧しい人々に貢献したり、災害の時に奔走したりした神官がなるのだ。
傲慢な神官が居るかと思えば、そういったお人好しともいえる神官も居るのだから、前世の記憶がある私からしても人間って不思議だよね。
「そうだったのね。驚いてしまって、申し訳ないな」
「良いんですよ。霊園と聞いたら、普通は怖い印象が先に来ますから」
エーティアの言葉に、ランは穏やかに言う。
「話は戻りますが、ここの花はその霊園にあるお墓に供えても良いんです」
「そうだったの。じゃあ、ランは今から供えに行くの?」
エーティアの言葉に、ランは頷いた。
そして、少し躊躇いがちに口を開く。
「……母の墓が、霊園にあるんです」
その言葉に、エーティアは声を呑んだ。
ランのお母さんは、既に鬼籍に入っていたのか。
「それは、無神経な事を聞いちまったな」
「ごめんなさい、ラン」
重くなった空気を和ませようとしてキャラ崩壊したけど、突っ込み役のエーティアが落ち込んでしまっていて注意されなかった。しょんぼり。
ランは、私達の言葉に緩く首を振った。
「いいんですよ、気にしないでください。……本当に幼い頃に亡くなったので、何も覚えていないですし」
「ラン……」
エーティアが言葉に詰まる。
エーティアは、家族から引き離され、二度と会えないとはいえ、両親ともに生きているのだ。
親の居ない辛さを、理解する事は出来ない。
だから、エーティアは同情を口にしなかった。
「ランにお花を供えてもらえて、お母さん嬉しいと思う」
「そう、でしょうか……」
ランの言葉に、エーティアは笑顔を浮かべた。
「きっとそうよ! だって、前にランからお花を貰った時、私凄く嬉しかったもの!」
エーティア、花瓶に飾られた花を見て、ニヤニヤしてたもんね!
「これ、見て!」
と、エーティアはスカートのポケットからある物を出す。
「しおり、ですか?」
「そう! 私、あのお花が嬉しくて、押し花にしたの。そして、しおりにして使わせてもらってるわ」
エーティアは、にこにこと話す。
ランに見せたくて、完成したしおり持ち歩いてたんだよね!
「私がこんなにも嬉しいのだから、お母さんだって同じ気持ちだと思うの」
「エーティア……」
ランが、泣きそうな顔でエーティアの名を呟く。
「ど、どうしたの?」
エーティアは慌てた。
「しおりにしたの、迷惑だったかな? それとも、どこか体調が悪い?」
エーティアは心配そうに、オロオロとランを見る。
ランは、泣きそうな顔のまま、首を振る。
「いいえ、違うんです。ただ、僕も嬉しくて……」
「嬉しい?」
「はい。エーティアの気遣いが、優しくて、僕は嬉しいんです」
「そ、そう、かな」
エーティアは照れくさそうだ。
面と向かって、優しいと言えるのは良い事だよね。
「エーティア、ありがとうございます」
「お、お礼なんていいよ! 私、大した事言えてないし」
「いいえ、エーティアの優しさに僕は救われましたから」
先ほどの悲しそうな顔が嘘のように、ランは笑った。
救われたと、ランは言った。
ランは、何か悲しい事があるのだろうか。
いつも穏やかに笑っている印象のあるランだけど、何か悩みを抱えているのだろうか。
だが、これ以上は今は踏み込んではいけないに違いない。
エーティアもそう思ったのか、微笑みを浮かべた。
「ランの支えになれたら、私も嬉しい」
エーティアの言葉を受けた後ランは、空を見上げた。
「……ひと雨来そうですね」
「え……?」
私達も空を見る。確かに雲が厚い。
「僕は急いで霊園に行くので、エーティアも濡れない内に部屋に戻ってください」
「ええ、分かったわ。ありがとう、ラン」
ランは頭を下げると、細い道の方へと歩いて行った。
「じゃあ、私達も行きましょうか」
「うん」
私とエーティアは、庭園から離れた。
部屋への道の間、エーティアは何か考えているようだった。
きっとランの事を考えているんだろうな。
よーよー、青春だなっとか、茶化せる雰囲気では無かったので、私も無言でいた。
部屋に着き、エーティアはベッドに腰を下ろす。
そして、私のフックを外した。
自由の身になった私は、エーティアを見上げる。
エーティアは、しおりを取り出し見つめていた。
やっぱり、ランの事を考えているんだろうな。
暫くすると、雨が降り出す音がした。
「ラン、濡れてないといいね」
「そうね、心配だわ」
私とエーティアは、窓の外を見た。
「ねえ、ミミ」
「なにー?」
「霊園にお墓があるって事は、ランのお母さんは聖人だったのかな」
エーティアの疑問はランに関するものだった。
「んー、どうなんだろうね」
ランは何も言わなかったので、正直なところ分からない。私は素直に答えた。
「……私、ランの事。何も知らないのね」
呟くエーティアの声は、元気が無いようだった。
でも、それは神子として不甲斐ないと落ち込んでいた時のとは違う様子だ。
何かに焦がれているような、そんな響きがあった。
エーティアの中で、何かが変わっていこうとしている。
そんな事を感じながら、私はエーティアの横顔を見つめ続けた。