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第一話 精霊になりました


 暖かい世界に、私は居た。

 ゆらゆらと揺れて、気持ちが良い。

 目を開ければ、不思議な光景が見えた。ゆらゆらと、虹色の光がどこまでも広がっていた。

 ここは、何処だろう。

 心の中で問えば、答えが返ってくる。

『ふふふ、其処は世界樹の中よ』

『早く出てらっしゃい、新しき命よ』

 世界樹? 新しき命? ここは、いったい。

『大丈夫。直に分かるわ』

 その声を聞きくと同時に、私は理解した。

 ここは、世界樹の中。私は生まれたばかりの精霊だという事を。

 そして、ある事にも気が付いた。

 私は、きっと凄く強い精霊なんだ。だって、精霊は記憶など何も無い状態で生まれてくるのに、私にはある。

 前世の日本人としての、記憶が。

『あらあら、今回の子は、ちょっと特殊ね』

『良いじゃない。面白そうだわ』

『早く、出ていらっしゃいな』

 声が響く。

 そうだ。私は生まれなくちゃいけない。世界樹を守る精霊の一端として。

 今居る、世界樹の中から出ないといけないのだ。

 私は、ゆらゆらとたゆたうのを止めて、前へと進む。

 たくさんの声がする方へと向かう。

 虹色の世界は、どこまでが果てなのか分からないけれど、きっと声の方に向かえば、出られる筈だ。

 そう考えていると、虹色の中に眩しい光が見えた。

 きっと、あそこが出口だ。

 私は、光の中に飛び込んだ。

 視界が一気に開かれる。

 世界は夜だった。眩い星々と月光。そして、それらに照らされ、淡く光る女の人達。皆、宙に浮いている。服装は皆、裾の長い白いワンピースだ。

 それは、私も同じな訳で。ふよふよと浮いたまま、私はキョロキョロと辺りを見回す。

 後ろには、驚く程巨大な大樹がそびえ立っている。

 あれが、世界樹なんだ。私がさっきまでたゆたっていた場所。私が守るべき存在。

『生まれたわ! 私達の仲間よ!』

『可愛いわ! やっぱり新しい子は、特別ね!』

『さあさあ、こちらにいらっしゃいな』

 先輩精霊の女の人達が、私を取り囲む。敵意は無い。私達は、仲間なのだ。

『あ、あの、よろしくお願いします』

 そう挨拶すれば、女の人達は嬉しそうに微笑んだ。

『さあ、踊りましょう』

『祝福の踊りを!』

 先輩精霊の一人に腕を掴まれて、私はその場でくるくると回る。

『上手! 上手!』

 そう言われると、何だか嬉しくなってきた。楽しくもある。

『さあ、踊りましょう! 月夜の中、私達と一緒に!』

 精霊達は一斉に、私の周りで踊り出した。

 楽しいな。先輩精霊達は、皆優しそうだ。

 ふと、私は下を見た。

 誰かに見られている気がしたからだ。

 ──居た。

 世界樹が生えているのは、巨大な湖の真ん中だ。その岸辺に、誰かが立っている。淡く光る世界樹側とは違い、岸辺は暗くてよく見えない。

 だけど服装と気配から人間だと分かる。性別は、ズボンをはいているから男だと思う。

 その人は、ずっと私達を見ているようだった。

『どうしたの、新人さん。踊りましょうよ』

『う、うん』

 岸辺にいる人間は気になったけれど、私は楽しい踊りの誘惑には勝てなかった。

 手を引かれるままに、私達は夜通し踊り続けた。


 精霊として生まれ変わって、数ヶ月が過ぎた。

 日本人の記憶は少しだけ残ったけど、私は精霊として日々を生きている。

 世界樹を守る精霊だけれど、すべき事は殆ど無い。

 精霊は皆、女の人の姿で、男性は居ないようだった。

 精霊達は世界樹のそばで歌い、踊り、日々を楽しく過ごしているようだ。

 平和な日々だ。

 私は時折、世界樹から少しだけ離れて、世界樹の全貌を見たりしている。

 ふよふよと飛びながら見える世界樹。

 この絵面、見たことある気がする。

 こう世界樹がぶわっと枝や葉っぱを広げてて、湖に映り込む姿。見たことあるんだよ。初めてこの景色を見た時、懐かしさを感じた。私は、生まれ変わる前からこの景色を知っていた。そう思うのだ。

『うー……、思い出せない』

 私が唸っていると、かさりかさりと、草を踏む音がした。

 世界樹のある湖の周りは、森に囲まれている。森の向こうには、人間の都があると先輩精霊に聞いた。その話も、どっかで聞いた事あるんだよね。うーん……。

 都の名前は、アルディア。

 そして、アルディアの最高権力者は男の王様。だけど、王様に並び立つ程偉い人は他にも居て……。

「あらまあ。精霊が、世界樹から離れているなんて珍しい事」

 ころころと笑う声が、下から聞こえた。聞き覚えのある声だ。だけど、実際に聞いたのは今が初めてだ。

 既視感。何度目だろうか。

 私は、視線を下に向ける。眼下に居るのは一人だ。

 白を基調とした首まで覆うドレスに、深く被った白いベール。顔は見えない。

 私は、彼女が幾つかは知らないけれど、彼女の事は遠目から見かける事はあった。

 世界樹の神子と呼ばれる存在。

 世界樹の湖に近付く事が出来る数少ない存在の一人だと、先輩精霊から聞いている。

『神子、初めまして。こんにちは』

 挨拶は基本中の基本だ。

 神子は、また笑った。

「あらあら。そんな風にわたくしに挨拶をする精霊は初めてね。不思議だわ」

『他の精霊は、挨拶しないの……?』

 不安になり、私は問い掛けた。

 ずっと見上げているのは、神子も辛いだろうから、私は神子の目線まで下りる。

「そうねぇ。精霊は日々を楽しそうにしていて、自分達の言葉を一方的に話すだけね」

『ああ、そうなんだ。そうだよね』

 先輩精霊達は、私に対してもそうだ。最初はびっくりしたけど、今は慣れてしまった。

 精霊達は神子に対しても、そうなんだ。

「ふふ、不思議な精霊さん。貴女とお話が出来て光栄だわ」

『私も、嬉しい』

 神子を見ていると、何故だか凄く安心するのだ。

「でも、残念ね……。わたくしの任期も後少し。貴女達の姿が見えるのも、もう直ぐ終わりなの」

『神子は、神子でなくなるの?』

 神子が、代替わりする事は先輩精霊達から聞いていた。いつの間にか、違う人になっているって。

「そう、もう少ししたら、新しい神子が来るのよ。楽しみだわ」

『新しい、神子……』

 私がそう言うと、神子は手をギュッと握った。神子の手は、しわくちゃだけど好きな手だと思った。その手には、綺麗な紋様がうっすらと輝いていた。神子の証である、聖痕だ。

「そう、新しい神子が。ねえ、精霊さん。レントには、聖痕が出なかった。あの子も可哀想だけれど、新しく選出された子も苦労するわ」

『レント? 選出された子?』

 私は、困惑した。レント、初めて聞く名前なのに、嫌な感じがしたのだ。知ってる名前だと。

「レントは、次の神子に最も近いとされていた男の子よ。ここへの出入りも許されている程、皆から期待されていたの」

 でも、と神子は言葉を区切った。

「レントに、聖痕は出なかった。代わりに、別の少女が聖痕を宿してしまった……」

 聖痕は神子の証だ。聖痕が無ければ、世界樹との対話も出来ない。神子は、私達精霊にも出来ない、世界樹との会話が可能なのだ。

「レント、可哀想な子……。けれど、次の神子も、突然親元から離されて、さぞかし寂しい思いをしている事でしょう」

 神子は私へと、手を伸ばした。反射的に、私はその手を握る。

「ねえ、精霊さん。あの少女の事、出来る事なら支えてあげてね」

 神子に言われた瞬間、凄まじい記憶の奔流が私の頭の中を流れていった。

 それは、一瞬の事だったけれど。私の体を硬直させるには、充分だった。

『世界樹と、乙女の、幻想曲……』

「え……? 精霊さん?」

 神子に問われ、私はハッと意識を取り戻す。

『な、なんでも、ない』

 なんでもない訳じゃなかった。私は、とんでもない事を思い出してしまったのだ。

 ここは、この世界は──。

『神子、私。新しい神子と、仲良くする』

 前世の記憶の一部を取り戻した私は、神子に力強く言った。

 神子の口元が、嬉しそうに弧を描く。

「まあ、本当に? ありがとう、精霊さん」

『任せて』

 私はそれだけを言うと、ひらりと宙を舞った。

 神子には、世界樹との対話という大事な仕事がある。これ以上は邪魔出来ない。

 下を見れば、神子がひらひらと手を振っていた。


 夜。

 私は、世界樹の根元に座り込み、思考した。

 昼間、思い出した記憶についてだ。

 他の精霊達は、世界樹の中で眠ったり、世界樹の上で楽しそうに踊ったりしている。

 根元に居るのは、私一人だ。

 私は、ゆっくりと思考出来た。

『ここは、世界樹と乙女の幻想曲の世界だ……』

 【世界樹と乙女の幻想曲】とは、前世の記憶で言うところの乙女ゲームと呼ばれるジャンルのゲームだ。

 プレイヤーは、世界樹の見守る国、アルディアの片田舎に住む女の子となる。ファンタジー色の強い内容となっている。

 名前は、デフォルト名はエーティアだった。うん。

 前世の私は、乙女ゲームが大好きだったのだ。

 だって、格好良い男の子達との恋愛なんて、素敵じゃないか! オタクだと言われても良いの。私は楽しんでたんだから。

 そして、エーティアは世界樹の神子にのみ現れる聖痕を宿してしまうんだよ。

 いきなり都から兵隊がやって来て、無理やり連れてこられるの。

 田舎生まれだからって、蔑んだりする貴族や神官も居たりして、序盤は辛かった。

 いきなり連れてこられたから、持ってこれたのは僅かな荷物だけ。

 しかも、間を空けずに、自分の守護騎士を選べと言われたり。

 あ、その守護騎士達が攻略キャラなんだけどね。

 【世界樹と乙女の幻想曲】は、この時選んだキャラで、ルートが確定するのだ。

 それで、えーと……。

『……あれ、どのキャラも攻略した記憶が、無い』

 あれ、あれ?

 序盤のプロローグ部分は思い出せるのに、肝心のキャラルートの記憶が無い!

 キャラの名前は思い出せる!

 えーと、エーティアにジェラルにロイドに、うんうん。思い出せる! けど、肝心の攻略内容だけが思い出せない。

『あっ、あー……』

 そうだ、序盤だけプレイして記録してから、私は家の外に 出て……。

 そこまで考えて、私は目を閉じる。自分の死因など思い出しても、辛いだけだ。

『……そうかぁ、ゲームの世界、なんだ』

 世界樹は、こんなにも幻想的で美しいのに……。

 いや、今の私は本物だ。今の世界は現実だ。

 私は、そう思う事にした。

 私は精霊だ。

 ふと、視線を感じて湖の方を見る。

『……また、居る』

 視線の先には、岸辺に立つ人間が一人。この世界樹の湖は限られた人しか入れないから、偉い立場の人なんだろうな。

 彼は、よくこの湖に来るのだ。

 暗くて、顔を見た事は一度もないけれど。

 世界樹は夜になると、輝くからあちらからは、こちらはハッキリ見えるのだろうけど。

『何だか、不公平』

 私は、すいっと視線を逸らした。

 私は、考える事がいっぱいだ。

 ゲームのヒロイン。今頃、たくさん辛い目に遭ってるのだろう。

『会ってみたいな』

 そう呟くと、私はふわりと宙に舞い上がって、世界樹の中へと入る。

 世界樹の中は、暖かくて、寝床としては最高だ。

『お休みなさい』

 そう呟くと、私は眠りに就いた。



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