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第三章 保健室での誘惑

第三章 保健室での誘惑


 神嶋大翔の運の悪さは、今日も絶好調である。

「げ……」

 菓子の缶から手を出した大翔は、引き抜いた紙の端に書かれた字に、顔を歪めた。

『当選おめでとう!』

「めでたくないよ……」

「なに、大翔。委員長になったわけ?」

 驚いたようにそう言うのは、隣の席の乙女綾音である。彼女の手にはなにも書いていない白い紙切れがあって、それは大翔の次に缶に手を入れた男子生徒が引き抜いた紙と同じだった。大翔は、その同級生に食ってかかる。

「おまえ、代われ!」

「わぁ、やだよ! なんで委員長なんかやらなきゃいけないんだ」

 同級生にあっさり拒否され、とほー、と肩を落とす大翔に綾音が声をかけてくる。

「だから、早くわたしに食べさせてっていうのよ」

 じっと大翔を見つめ、うん、とうなずく彼女は、人間ではない。

「こんな細かいところまで、ちゃんと呪詛(カース)持ちなのね……」

 綾音は、呪詛喰らい(カース・イーター)である。それがどういうものなのか詳しいところまではまだ知らないけれど、とにかく人間とは違う生きものであるらしい。

 大翔は、はっと顔をあげた。大翔、と呼ばれたのと、視界の端、ひらひらと白い紙が翻るのが見えたからだ。

「……琳」

 小さな声で、つぶやいた。大翔の名を呼んだ同級生、犬尾琳は、なぜだか屋上で大翔を押し倒し、「永年に呪われてあれ」などと物騒な言葉をつぶやいた。その意味も、まだ追及できていない。

「マジで……?」

 琳がひらひらと振る紙には、大翔の手の中にある紙と同じことが書かれている。

『当選おめでとう!』

「犬尾琳が、副委員長!? あり得ないから……!」

 そう言ったのは綾音だった。琳は不敵に綾音を見て、ひらひらと紙を振りながら「よろしくね、委員長!」と声高に言い、大翔にウインクを寄越してきた。

「なっ……、犬尾……琳っ!」

「なぁにー、綾音ー?」

 琳はふざけて綾音を呼び捨てにし、ふたりの視線が合う。ばちばちと、ふたりの間に火花が散ったように見えたのは、大翔の気のせいだろうか。

 ――あのふたり、中学違うのにもう仲いいんだな。もう呼び捨てで呼びあってる。

 そんなふうに話しあう同級生たちは、本当のところを知っている――はずはない。

(知られたら、俺が困る)

 入学早々、おかしな噂でも立てられては困る。とはいえどんな噂が立とうと、事実のうえを行く、ということはあり得ないだろうけれど。

 綾音と、琳。このふたりはともに大翔を押し倒し、『大人の行為』を求めた仲なのだ――。



 はぁ、とため息をつきながら、大翔は歩いていた。

 ずるずると足を引きずってしまうのは、入学早々巻き込まれた騒ぎのせいだ。

「巻き込まれたってのは、ちょっと違うなぁ……」

 誰も聞いている者はいないのに、つい独りごちてしまう。大翔を疲れさせているのは綾音と琳だが、彼女たちの狙っているものが『大翔との大人の行為』となると、巻き込まれたとは言えないだろう。むしろ大翔が中央にいるのだけれど、大翔の意図したことではないので、どうしようもない。

「だいちゃーん」

 聞き慣れた声に振り向いた。そこには同じ方向に向かうひよりがいて、いつもどおりの笑顔を見せてくれる。メガネの奥の目が、糸になるほどの笑みだ。

「なんだか、大変みたいだねぇ」

「知ってるのか、おまえ……」

 噂の広まるのは早い。とはいえ綾音と琳は、大翔を巡って何度も睨みあい、火花が散る勢いで、お互いを牽制しあっていたのだ。

 さらに言えば綾音の美貌と、彼女に負けず劣らずの琳。彼女たちのことが噂話に乗ってもまったく不思議ではない。

「そりゃあね。だいちゃんのことだから、気になるし」

「ん?」

 なんでもない、とひよりは明るい笑顔を見せてくれる。その表情に救われたようにほっとしていた大翔は、中に混じる違和感に首をかしげたが、ひよりはそれ以上をツッコませてくれなかった。

「疲れてる? だいちゃん」

「まぁな……」

 疲れていないと言えば嘘になる。しかしなぜ疲れているのかとか、綾音たちがなぜ大翔にちょっかいをかけてくるのかとかなどと話しては、そもそもを信じてもらえないだろう。

呪詛(カース)とか、呪詛喰らい(カース・イーター)とか……話す俺が頭おかしくなったとか、そう思われるよなぁ)

 ちらり、と横を歩くひよりを見やった。ひよりは笑顔で大翔を見ていて、そんな彼女の表情に癒される大翔は、その笑みを曇らせるようなことは言いたくないと思う。

 それに綾音たちが大翔を追いかける理由は、大翔が呪詛(カース)持ち、大きな呪いを背負う者だからなのだ。呪詛(カース)を持たない大翔に彼女たちが興味を持つか――それはわからない。少なくとも、あれほど熱烈に追いかけまわされることはないだろう。

(そう思うと、ちょっとつまらない)

 とはいえ、今の状態が異常なのだ。早くこうやってひよりと家に向かう日常を「平和だ」と実感したい。凄まじいまでの美貌の持ち主たちではない、ひよりのような一見普通の、それでも芯はしっかりしている誰かと一緒にいる日を迎えたい。

「なーんか、今の状態だと無理っぽいっていうか……」

 思わずつぶやいた大翔に、ひよりが首をかしげる。その仕草があまりにも大翔をほっとさせてくれて、つい笑ってしまう。

「なんでもねぇよ」

 自分でもはっきりとわかる笑みとともに、大翔は言った。

「本当、いいやつだな。おまえは」

「え、そう……?」

 戸惑うひよりを見ていると、その頭をくしゃくしゃとして犬か猫みたいに扱いたくなる。もっとも一見飾り気なく無雑作なひよりの髪は、実は朝一時間かけて整えられているものかもしれないので、よけいなことはしないでおく。

「別に、いいやつだなんて……」

「いや、マジで。いいやつだよ、おまえ」

 あわわ、と慌てているひよりにさらなる笑いをかき立てられながら、家に続く道を歩いた。



 大翔は、教室の前で決意を固めた。

「……よし!」

 握り拳を作って全身に力を入れると、その手でドアをがらりと開けた。

 目の前には、ふたりの美少女たちが、睨みあっている。

「あー……」

 つい、そのまま帰りたくなってしまい、それはいけないと自分を戒める。しかし、自惚れや勘違いではなく、少女たちの睨みあいの原因が自分であると思うとすぐに教室には入りかねた。

 その間にも、登校してくる生徒たちは増える。大翔は邪魔になってしまい、結局人波に押される恰好で教室に入った。

「あ、大翔」

「大翔? おはよう!」

 先ほどまで睨みあっていたくせに、大翔の姿を見るところりと機嫌が変わる。それはそれでかわいらしいと言えるのだけれど、しかし。

(仲よくしてくれなきゃ、このままじゃ恐いよ俺は……)

「ねぇ、今日は、お弁当作ってきたわよ。一緒に食べましょう?」

「あ、お弁当ならわたしが! わたしが、作ってきたから!」

 どうして、大翔が。大翔ばかり、どうして女の子に構われるのか。そんな妬みの声も聞こえるが、大翔にしてみれば。

(俺の知ったことじゃねぇーっ!)

 ふたりの絶世美少女に囲まれて、大翔の一日は今日も始まるのだ。



 消毒薬くさいにおい。人気(ひとけ)のない、並んで二台のベッドの置いてある部屋。

 開け放った窓からは、桜の花びらの混ざった風が吹き込んでくる。

「なんで俺は、ここにいるんだ……」

 それも、昨日、一昨日と取らされた、同じ恰好で。

「なぁ、……綾音。琳」

「ん、なぁに?」

「なになに、なにか問題でもっ!?」

 綾音は婉然と笑い、琳は楽しげな表情で、大翔を見つめる。

「おまえの言うことは、なんでもツッコミどころ満載だな!」

 相手が女の子でなければ、祐介を相手にするように、一発食らわせていたところだ。

「問題だ、問題! なんでいったい、こうなるんだ!」

 大翔は、ベッドの上に仰向けになっていた。上にのしかかってくるのは、綾音と琳。三人の体重を呑んで、ベッドはいやな音を立てて軋んだ。

「綾音が気分が悪いって言うから、ついてきてやったんだぞ?

「そうよ。わたしは、気分が悪いの」

 琳に言い聞かせるように、つんと顎を反らせて綾音は言った。

「だから、大翔に連れてきてもらったのに……都合よく、先生もいないのに」

 綾音は、きっと隣の少女を睨みつけた。

「なんで着いてくるのよ、あなた。あなたには関係ないでしょう?」

「大翔の行くところには、わたしも行くのっ! それに、綾音がこうやって大翔に迫ってるんだもん、ほっとけるはずないでしょう?」

「あの……」

 このふたりは、仲がいいのか悪いのかわからない。こうやって喧嘩しているように見えるけれど、言うこともやることも気が合っているところは、仲のいい子猫が二匹、じゃれあっているようにしか見えない。

 しかも、二匹ともとんでもない美猫たちなのだ。

「ねぇ、大翔。どっちがいいの?」

「もちろん、わたしよねぇ? 大翔は、わたしと『大人の行為』をするんだから」

「い、いや……」

 直接ではないとはいえ、触れあっている体が苦しい。重い。どいてほしい。しかし少女たちはそのようなことはお構いなし、まるでじゃれあう子猫たちのように、騒ぎ立てる。

「あなたの呪詛(カース)を、食べさせて?」

「あなたの子供を、生ませて?」

 ずい、とふたりが迫ってくる。今にもキスできそうな距離に顔を近づけられて、柔らかい体を押しつけられて。大翔の体に熾る熱の温度が、高くなる。少女たちに反応して、爆発寸前にまで高まっていく。

「だから、そういうのはやめろ……!」

 わぁぁ、と大声をあげて大翔はふたりを振りほどく。しかし彼女たちは少し大翔の上からどいただけで、大翔を押し倒している体勢なのは変わらない。なおも、四つの瞳がじぃっと大翔を見つめている。

 これほどの美少女に凝視されて、体を寄せられて。嬉しくない、ということはない。ないのだけれど――。

 昨日は琳に押し倒されて感じた、柔らかいボールのような感触。四つのそれが大翔の胸の上で跳ねる。それもまたずくん、と腰に響く衝撃として、大翔を苦しめた。

「あら、綾音。ないもんだと思ってたら、意外とあるのね」

「なに言ってるの? あるに決まってるじゃないの」

 聞き捨てならないといように琳を睨んだ綾音に、琳はにやにやと彼女の胸を凝視している。

「着痩せするタイプ? 綾音にこんなにあるとは思ってなかったんだけど」

「あなたみたいに恥じらいもなく、胸もと開けてたりしないからよ」

「別にわたし、開けてたりなんかしてないわよ!」

 少女たちは、きゃいのきゃいのと言いあっている。それは大変微笑ましい光景である――それが、自分の体の上でなければ。彼女たちが、ぎゅうぎゅう胸を押しつけてきていなければ。

(なんの話だっ!? ないと、あるとか!)

 大翔の胸もとには、少女たちの胸が当たっている。四つの柔らかいものがなんなのか、心当たりがないわけではないのだけれど。

「あら、大翔。反応してるの?」

「なにが、どこがだっ!」

 努めて、修行僧のような気持ちになろうと思った。美少女を前にしても押し倒されても、胸を押しつけられても何とも思わない、平静な気持ちでいられるようにと努力する。

 しかし呼吸を落ち着けて、自分の身に今起こっていることを、意識せずに――なんて。

(意識せずに、なんていられるかーっ!)

「いいから、この体勢はやめろ!」

 ふたりの下から抜け出そうとしながら、大翔はもがく。離せと叫んでもじたばたあがく大翔を、ふたりが見下ろしてくすくす笑い始めた。

「大翔、おもしろーい」

 と、琳が言って。

「わたしのこと、意識してくれてるのね」

 と、綾音が言う。

「わぁぁぁ!」

 意識してる、なんて。言われるとますます意識してしまう。大翔は顔を熱くして、両手をぶんぶんと振りまわした。

「わっ、危ない」

「そもそも、呪い? 呪詛(カース)って、なんなんだよ!」

 大翔は喚いた。

「なんで、俺は呪いを受けてるんだ? 俺だけじゃない、俺の父さんもじいちゃんもって、いったいどういうことなんだよ」

 すっ、と。琳の表情が引きしめられた。彼女は身じろぎして大翔の上から移動する。綾音もつられるように大翔を押し倒す姿勢から、ベッドの上に腰を降ろす体勢になる。

 とはいえ、この狭いベッドだ。上からどいてもらったとはいえ、苦しいのには変わりないのだけれど。

「そういえば、琳は犬のにおいがするわね。どうしてなの?」

 犬のにおい――? 大翔には感じられないけれど、呪詛喰らい(カース・イーター)たる綾音には人間とは違う鼻の利きかたがある、といったところだろうか。

「わたしは、犬神さまの眷属よ」

 聞き返したくなるようなことを、琳は言った。実際に綾音は聞き返し、琳は同じことを言う。

「なんだ……眷属って」

「身内、従者。付き従う者のことよ」

「言葉の意味を聞いてるんじゃない! なんで、犬神の眷属なんかがここにいるんだ? なんで俺が、俺たちが、呪いを受けなきゃならないだよ?」

「うーん……」

 綾音は少し考え込んで、それから鼻先を大翔の首筋に突っ込んで、くんと匂いをかいだ。

「においからは……はっきりとはわからないけど」

 犬のにおいというのはどういうものか、単に犬を飼っているとつくものだとかそういうものではないのかと訊いてみたかったけれど、話が脱線しそうなのでやめた。

「あなたの先祖の誰かが、犬神と関わったのね」

 綾音が、話を受けた。

「犬神の力を借りて誰かを呪ったか、呪われるかして、呪いを受けた。それはずっと昔々のこと……その呪いが先祖代々蓄積して、大翔の中にこもってるのよ」

 話しながら、綾音の表情がだんだんと恍惚としてくるのがわかる。そう、大翔の家のリビングで、彼女に押し倒されたとき。綾音はまるでマタタビを前にした猫だった。今もまた、話しながら思い出したのだろうか。琳も、綾音の変貌ぶりに目を丸くしている。

「あなたなんかに、食べさせないわよ。呪詛喰らい(カース・イーター)!」

 身構えて、琳がそう言った。

「聖なる犬神憑きは、永遠に呪われてあれ! わたしは、犬神憑きの血筋を守るために、大翔の子を生むのよ。その子はさらに濃い呪いを帯びた、もっともっと聖なる気を宿すに違いないんだから」

「それも、悪くないけど……」

 ごくん、と興奮を呑み下して綾音は言う。

「でもわたしは、大翔がいいの。大翔が呪詛(カース)で、よかった……大翔以外の誰かと『大人の行為』をするなんて、いやだもん」

(え……)

 綾音たちはしょせん、大翔の『呪詛(カース)持ちである』という部分だけを求めているのだと思ったことを思い出した。大翔ではない誰かが呪詛(カース)持ちなら、それでいいのだ。大翔でなくてもいいのだ。しかし綾音の言葉に、大翔は何度もまばたきをする。

「ねぇ、大翔。大翔は、わたしなんかじゃいや?」

「そんな……、いやだなんて……」

 ふるふる、と大翔は首を振った。

「わたしなんか、ただの小物の呪詛喰らい(カース・イーター)で。大翔は、もっと力のある人がいいんじゃないの? 陛下とか、妃殿下とか。呪詛喰らい(カース・イーター)の王、が」

「そんなこと、ない」

 王たる者がどういう者かは知らない。知らないけれど、『大人の行為』をするのなら、その誰かよりも知っている綾音がいいと思った。

「俺は、綾音が……」

「だめよ、そんなの」

 口を挟んできたのは、琳だった。彼女は言葉だけではなく体も、綾音と大翔の視線を断ち切るように入り込ませてくる。

「王にも王妃にも、もちろん綾音にも、犬神の呪いを食わせたりしないわ。これほどに大きくなった犬神さまの呪い……わたしが血を継いで、さらに大きなものにするんだから!」

「琳には渡さないわ」

 そう強い声で言った綾音は、自分の腕を大翔の右腕に絡ませた。ぎゅっと抱きしめ、琳を睨みつける。

 凄まじいまでの美貌なのに、そんな表情はとてもかわいい。まるで家を失った小さな動物のようにそうやって抱きついてくるものだから、大翔としても振り払えないし、振り払う気もない。綾音が家を失ったのなら、自分の家に招き入れてやりたい。大翔に縋ってくるのなら、抱きしめてやりたい。そんな気持ちを呼び起こす、綾音の仕草だった。

「わたしが大翔の呪詛(カース)を食べるの、わたしが、大翔にとっての特別になるのよ!」

「綾音……」

 思わず手を伸ばして、自分の左腕にしがみついている綾音を抱きしめかけた。それを阻止したのは、右腕にしがみついてきた琳だ。

「大翔の子供を生むのは、わたしなんだから! わたしが、大翔の特別よ!」

「琳はだめだって言ってるじゃない。ねぇ、大翔。大翔はもちろん、わたしを選んでくれるわよね?」

 首をかしげて覗き込まれ、そう尋ねられては大翔も返事に窮する。

「大翔が選ぶのは、わたしなんだから! 綾音こそ、離れなさいよ」

(あぁ……。また、このパターン……)

 綾音の言葉や仕草にぐっと心を掴まれたものの、最後にはこうなるのかとため息をつきながら、大翔は両腕にしがみつく美少女ふたりを見やりながら、ため息をついた。



 帰り道、祐介と校門の前で別れてから逢ったのは、やや茶色がかったショートカットとメガネの少女。

「ひより」

 彼女の名を呼びかけると、振り返っての笑顔があった。

「入学してから、毎日逢うね」

 ひよりの笑顔が妙に眩しかったのは、

「今日は? 今日も、美人さんに囲まれてたの?」

「そのことは言うな……」

 肩を落とした大翔に、ひよりはくすくすと笑う。

「疲れてるねぇ」

「疲れもするよ……」

 大翔の不運を呼んでいたのは、犬神とやらの呪い、らしい――が、それが判明したところで、では大翔の不運は消えたのかというと、違う。

 相変わらず美少女ふたりに追いかけまわされていて――まぁ、綾音のかわいいところが見られた、それは得したな、と思うけれど――この呪詛(カース)を食わせるには『大人の行為』をしなくてはならないらしいし、琳はそのようなことはとんでもないと言うし。

(まぁ、俺もとんでもないと思うけど)

 ちらり、と見たひよりは、横を歩いている大翔がそんな不謹慎な思いに囚われているとは知るよしもなく、目が合うと「なに?」とでもいうように首をかしげた。

「大変だねぇ」

「大変だよ……」

 狭い歩道は、まわりに誰もいない。ふたりきりの道で口数少なく歩きながら、ひよりはふと、口を開いた。

「ねぇ、元気の出るおまじない、してあげようか?」

「なんだ、それ?」

 肩をすくめた大翔に、ひよりはにっこりと笑いかけてくる。

「いいから、ちょっと止まって」

 そしてひよりが手招きするから、大翔は彼女に耳を寄せるような仕草をした。

「なんなんだ、おまじないって」

「ちょっと、目つぶって」

 いわれるがままに、彼女に従う。と、いきなり額に、柔らかいものを感じた。

「なに……?」

 思わず、目を開ける。間違いなく、ひよりに『おでこにちゅ』をされたのだ。

「おまえ……」

「またね、また! ばいばいっ!」

 そう叫んで、ひよりは逃げるように行ってしまった。

「おい……『おでこにちゅ』……ってか」

 それは、小さいころよくやっていたおまじないだ。もっとも本当に小さいときのことで、幼稚園のころにはすでに「恥ずかしいからもうやめる」と言ったはずなのだけれど。

「もう、高校生だぞ……」

 残された大翔は、ひよりのくちびるを感じたところに手を当てた恰好のまま、唖然と彼女を見送った。

(高校生になって、されるとは思わなかった……)

 今の今まで、大翔も忘れていた『おまじない』だ。その効果があったのか否か、大翔の頭からは懸念ごとがすっかり消えてしまったけれど。

「ちぇ……」

 ひよりが駆けていってしまい、ひとり残された大翔は、困惑のため息をついた。

「なにやってんだ、ひより……」

 首を振り、あれはただの『おまじない』で、ひよりもそれ以上の意図はなかったと、知っているけれど。

「明日から、顔見づらいだろう……?」

 今まで毎日顔を合わせることが当然の幼馴染みを意識してしまうと、大翔は独りごちた。その言葉を聞くものはなにもなかったのだけれど。

 大翔の声を奪うように、桜色の風が吹く。

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