過去と友情
この物語は同じ過ちは繰り返さないという気持ちを大切にして欲しいという願いを込めています。
石原和人、辻信男、山本恵の3人は同じ小学校出身の友達である。
僕、石原和人はクラスでも大人しく影の薄い存在だ。
辻信男は暴れん坊で入学式早々に喧嘩をやらかした事は学校中の噂になっている。
山本恵は明るく成績優秀で真面目な風紀委員で人気も高い。
まったく違う性格ではあるが中学でもどうにか上手くやっている。
僕達3人が小学生の時はこれほど性格に違いが出ている訳ではなかった。
一番変わったのはノブだろうな。
ノブは小学生の時は僕達3人の中で一番大人しかった。メグが一番活発な子で僕とノブはいつも何をするにしてもメグに引っ張られてた。
ある時、僕達は大人しかったノブが周りからイジメを受けている事に気付いた。僕はイジメっ子からノブを一生懸命に庇い、メグは先生に何度も訴えた。
その結果、ノブの代わりに僕がイジメられるようになり、メグは告げ口をしたと罵られるようになった。
「ゴメンね。僕のせいで」
気の弱いノブが思い詰めた顔で僕達2人に謝った。
「大丈夫、気にしてないから」
僕は笑って言ったつもりだったけど笑顔が作れなかった。
「謝る事なんてないよ。イジメが起きる環境が悪いのよ」
メグは笑顔を作る事は出来たけど、いつもの明るさはない。
「僕、強くなるから」
ノブは顔をあげて歯を食いしばってそう言った。
この時から何かが変わり始めた。
ノブは僕がイジメられているとイジメっ子を殴り掛かるようになった。
最初は負けていたが何度も何度も挑み続けた。
あの暴力の嫌いなノブがいつの間にか周囲からは悪ガキと評されるようになった。
メグは規則、規律を正し、イジメの根絶を真面目に取り組むようになった。
でも、僕は・・僕は・・何一つ変わらなかった。その事は僕の中で後ろめたさとなって形を残している。
「なぁ、どうした?」
一緒に下校しているノブが顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもないよ」
笑顔を取り繕い、返事を返す。
「大丈夫だって。メグもそうきつくは言ってこないだろう」
ノブは明るく肩を叩いてくる。
さて、メグに言われた【いつもの場所】だが、これは僕にとっては非常にはた迷惑な呼び名だ。
もともとは問題児のノブが口うるさいメグから逃げ込んできたのが始まりで【いつもの場所】となった。
それは僕の部屋だ。
今ではノブが悪さをしてメグが怒り、僕が宥めて、最後は3人で談笑するというのが恒例化しつつある。
ま、今回の場合は僕も叱られる側になっているのだが・・
家に入るとそーっと自分の部屋の前までいき、静かにドアノブを回す。
ガチャリ
「居るか?」
ノブが静かに声を掛けてくる。
中を見たが誰もいない。
僕は溜め息を吐いてドアを大きく開けた。
本来なら僕の部屋に他人であるメグが主である僕より先に居る訳はないんだが、メグとノブは特別なのだ。
僕の家の鍵はもしもの為にスペアキーが植木鉢の下にある。
ある日、僕の帰りが遅くなった時にメグとノブの2人が玄関で僕の帰りを待っていた。丁度その時両親が帰って来てスペアキーの場所を教えたのだ。
両親曰わく「和人が帰ってない時は勝手に上がって待ってなさい」らしい。
こうして両親公認の不法侵入者?不法滞在者?不法占拠者?が頻繁にやってくる事になった。そのおかげで僕は一人っ子だが、近所では3人兄弟と勘違いされたりしている事もある。
事もあろうか稀に2人兄弟(影の薄い僕を除く)と勘違いしている者までいるらしい。
「メグはいないな」
ノブは本棚から格闘モノの漫画を取り出していつもの壁際で読み始めた。
この漫画は僕の趣味じゃなくノブが勝手に置いていったものである。因みにノブが取った本棚の一段下には参考書や少女漫画が置かれている。これも僕の物ではなく、メグが置いていった物だ。
この2人が部屋に置いていった物はそれだけにとどまらず少女モノの人形、ハート型のクッション、ロボットのプラモデル、怪獣の玩具などがあり、この部屋を違和感溢れるバランスに仕上げてくれている。
この前なんかはメグがテスト勉強をしている隣で僕とノブがテレビを見ていると理不尽にも「うるさいからボリュームを下げて」と怒られたりした。
もっともメグも怒った後に自分の立場(不法滞在者)を思い出し、小さく「ゴメン」と謝ってきた。
心の中でどんだけ馴染んでるんだよとツッコミを入れるが、その後、テレビのボリュームを下げた僕も僕だが・・
物思いにふけらせているとガチャリとドアノブを回す音に僕は現実に引き戻される。
現れたのは予想通りメグだった。
「お、おかえり」
僕は引きつった顔で挨拶をする。
メグは鞄を壁にもたしかけて腕を組んで僕達を見据える。
ノブは漫画を開けたまま、一瞬硬直していた。
「で、説明してくれる?」
有無を言わず、問い詰めてくるメグに僕とノブは顔を見合わす。
(ヤバいな)
(かなり怒ってるよ)
咄嗟のアイコンタクトで僕とノブは意志を疎通させた。
結果は
「ごめんなさい」
2人揃って姿勢を正し、謝る事にした。
「それで?」
尚も問い詰めるメグを前に2人は渋々と今回の件を語り始めた。
「・・・・という訳でめでたし、めでたし」
ノブがおどけた感じで一通りの説明をした。ノブなりにメグに心配を掛けまいとしたのだろう。
「そのカズのクラスの不良はまた同じ事を繰り返すかもしれないわね。担任の先生に注意をしてもらいましょう」
ノブの茶化しを軽くスルーしてメグは答えた。
「そんな必要ないさ、俺がビシッと睨みを利かせるからさ」
ノブは親指を立てた拳をひねりつぶすように逆さまにする。
「ふざけないで!ノブはもう先生に目をつけられてるんだよ」
メグは床をバンと強く叩いて声を張り上げる。
「ダチ守る為に先公になんて思われようが関係ない!」
ノブは気圧される事もなくメグの目を真っ直ぐ見据えて強く反発する。
メグはノブがこういう目をした時には強く言い聞かせても無理だと長年の付き合いからなんとなくわかっている。
「次になんかあったら庇いきれないよ。お願いだから私に任せて」
メグはノブの悪さを口うるさく再三にわたって注意しているが先生に対しては擁護している。
それはノブが絶対に自分本位な暴力を振るわない事をよく知っているからだ。これまでの暴力沙汰は自分からではなく、相手が仕掛けてきたものばかりだ。
ノブもメグに何度も庇われてきた事は知っている。だからメグの説教は素直に聞いてきた。
だけど今回は少し違った。
「メグだって先公に告げ口なんてすれば周りから冷たい目で見られるぞ」
「私はそんなの気にしないわよ」
2人が珍しく対立して一歩も譲る気はないらしい。
2人とも方向性は違えど過去にあったイジメから学び自分なりの答えを見つけている。
それに比べて僕は・・・
「2人とも止めてよ。僕が我慢するからさ」
泣きそうな声でそう言った。
すると、2人はすごく悲しい顔で僕を見た。
「ノブもメグもあの頃から比べたら強くなった。でも僕は強くもないのにイジメを止めようとして2人の足を引っ張ってる。何も変わってない。僕はノブが先生に叱られるのも、メグが告げ口して周りから白い目で見られるのも嫌なんだ。ゴメンよ。僕がもっと強かったらノブが今みたいに先生に目を付けられる事もなかったのに・・メグにも気遣わせる事もなかったのに・・」
2人に心の底から謝罪をした。今までずっと言えなかった言葉だった。
「カズ・・それは違うぞ。俺はあの時お前に庇われて、優しさに支えられて強くなれたんだ。もっと自分を大事にしろ」
「そうよ、カズは昔から優しい子なんだよ。変わる必要なんてなかったのよ」
僕は2人に許されて、慰められて凄く嬉しかった。
友達で良かった。
2人に僕は一つだけ尋ねた。
「・・僕達はまた昔みたいに楽しくやれるかな」
「なれるわよ、だってカズは変わらず人の痛みがわかる優しい子だし、ノブだって少し乱暴になったけど根は昔と変わらず仲間想いなんだもの」
「メグも口うるさいけど人を思いやるトコは変わってないもんな」
「誰が口うるさいって!」
メグが怒るとノブも後ずさりながら反論する。
「メグが先に乱暴って言ったんだろ」
2人が顔を見合わせてどちらとなく吹き出した。僕もそんな2人を見て笑い出した。
僕はこの2人とならどんな困難でも支え合い乗り越えられると思った。
だって生き方は違っても心の底から信頼しあえる友達なのだから・・・
イジメ問題は非常に難しいと感じています。
学生のストレス、両親の多忙、学校の教育指導の在り方、保護者の考え方などがあり、一概に学校、加害者、親のどれに責任があるかわかりません。
たが、痛ましい死と真摯に向き合い、それぞれが努力すれば必ず解決すると思います。
私達は心を持った人です。
人には他人を思いやり、いたわれる善意があると信じていたいです。
亡くなった生徒から何かを感じとってください。
どうやれば悲惨なイジメを無くせるのか考えて見て下さい。
それぞれ違う結論に至り、何が正しいのか迷うかもしれない。
でも私はそれでいいと思います。
心に誰かを思いやり、いたわれる心があるのならば悪い事にはならないと信じています。