Scene:01 開拓惑星ピクル(2)
「ふ~ん。そんな事件があったのか」
「……学校の歴史の時間に習いませんでしたか?」
「そ、そうだったかい? どうだった、サーニャ?」
「き、記憶にないにゃあ」
「二人とも真面目に勉強してたのですかぁ?」
シャミルが疑いの眼差しでカーラとサーニャを見ていると、遠くでシャミル達を呼ぶ声が聞こえた。
声がした方を見てみると、多くの歩行者の間を縫うように、シャミル達に手を振りながら、砂漠の民の民族衣装を身にまとった男性が近づいて来ていた。
「あれは……」
久しぶりに見るその顔は本当に嬉しそうだった。
「シャミル! いやあ、久しぶりだなあ」
「ハシム殿。ご無沙汰しております」
シャミルは丁寧にお辞儀をした。
「おお、そうそう。シャミルのそのお辞儀も久しぶりだ。やっぱり、シャミルのお辞儀は気持ちがこもっているから嬉しくなるぜ」
そう良いながら、ハシムはシャミルをハグしようとしたが、二人の副官が黙っている訳がなかった。
シャミルに近寄ろうとしたハシムの前にカーラが立ち塞がり、素早く背中に回ったサーニャがハシムの背中に飛び乗った。
「ハシム~ン! 久しぶりだにゃあ! 寂しかったかにゃあ?」
「誰だよ、ハシムンって! それに、お前らじゃねえ! シャミルに会えなくて寂しかったんだよ! てかっ、お前ら! 相変わらず、俺の恋路を邪魔してくれるじゃないかよ!」
「何、言ってるんだい。これから船長とのデートを企画してやろうかと思っているところなのに」
「マジか?」
「おうよ。ところでどうだい? 儲けてるんだろ?」
カーラは、ハシムの肩に腕を回して、愛想笑いを浮かべた顔をハシムに近づけた。
「まあ、ぼちぼちだな」
「うんうん。それで腹が減ってないかい?」
「腹か? うーん、お昼には、まだ、ちょっと早いかな?」
「そうかい? アタイ達はちょうど腹が減ってきててなあ。船長もお腹がぺこぺこって言っていたぞ」
「おお、急に腹が減った! 俺も腹がぺこぺこだ!」
「何てグッドタイミングなんだ!」
「まったくだ! よし、任しとけ! シャミル、何を食いたい?」
「いえ、あの……」
シャミルはさすがに遠慮をしたが、副官達の勢いは止まらなかった。
「おっ、ちょうど良い匂いがするにゃあ」
サーニャの言うとおり、食欲をそそる匂いが大通りに漂って来た。時間的には正午前であり、仕込みをしている匂いかもしれなかった。
辺りを見渡してみると、数軒先に質素な造りの食堂があった。どうやら良い匂いはそこから漂って来ているようだ。
「あそこで良いか?」
ハシムがその店を指差しながらシャミルに訊いたが、答えたのはカーラだった。
「開拓中だから、豪華なレストランとかは、まだ、できてないだろう。仕方が無いな。あそこで良いぜ。なっ、船長」
「え、ええ」
副官達の勢いに押し切られてしまうシャミルであった。
「どんなご馳走が出るかにゃあ」
待ちきれないようにサーニャがその店まで駈けて行き、シャミル達も後を追った。
両開きのドアを押し広げながら店内に入ったシャミル達は、四人掛けのテーブルについた。当然のことながら、シャミルの隣や正面にハシムが座れることはなく、シャミルの隣にはカーラが、シャミルの前にはサーニャが座り、ハシムはカーラの前、シャミルの斜め前の席に着かされた。
店には、カウンター席の他に、四人から六人が座れるテーブルが四つほどあり、その一つには老夫婦が座って、注文した品が出てくるのを待っているようだった。
カウンターの奥の厨房と思われるスペースから、瞳に白い部分がない目と少し緑がかった肌の、あまり見慣れぬ種族の男性がお冷やを持って、シャミル達が座っているテーブルにやって来た。どうやら、この食堂を一人で切り盛りしている店主のようだ。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
シャミルが微笑みながら挨拶をすると、たちまち店主は相好を崩した。
「こんな辺境の惑星まで、何の用だい、お嬢さん?」
「この隣の空域にある惑星の探査に来たんです」
「惑星の探査? あんた、探検家のスタッフなのかい?」
カーラが含み笑いをしながら、店主に言った。
「へへへ、親父! こちらにおわすのが我らが探検チームのリーダーで船長のシャミル・パレ・クルス様なのさ!」
「へえ~、こんな若い女の子がねえ!」
「ちょっと! カーラ!」
シャミルが顔を赤らめながらカーラをにらんだが、全然怖くなく、むしろ可愛いのはご愛敬だった。
初対面の人に、シャミルが船長を務める探検家だと言うと、それを聞いた者はみんな、この店主のように驚き、そして、シャミルは照れまくるので、カーラとサーニャは、毎回のようにその反応を楽しんでいたのだ。
「ところで親父。この店で一番高い料理は何だい?」
「グロッティ・ローストだな。この惑星の名物料理だぜ」
「グロッティという肉の丸焼きか。よし! それをくれ!」
「カーラ。そんな勝手に……」
「へへへ。シャミル、心配するなって。こうやって、シャミルと一緒に飯が食えるだけでも、俺は十分幸せなんだからよ」
心配そうにカーラを見たシャミルに微笑みながらハシムが言った。
「……そうですか?」
「親父! そのグロッティ・ローストを四人前だ! もちろん美味いんだろうな?」
ハシムが店主に注文をした。
「もちろんさ。少し時間が掛かるが良いか?」
「シャミル、時間は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
「よっしゃ。じゃあ、それを頼む」
「毎度あり」
店主はニコニコしながらカウンターの奥に引っ込んで行った。
「ハシム殿。それでは、遠慮無くご馳走になります」
「へへへ。シャミルのその喜んでくれる笑顔を見られるだけで俺は満足だぜ」
「それは何もあんただけじゃないよ」
「そうだにゃあ。ウチらも船長の喜ぶ顔が見たくて、ずっと船長と一緒にいるのだにゃあ」
「なるほどな。いつもシャミルと一緒にいられるお前達が、時々、羨ましくなるぜ」
「ところで、ハシム殿。今日は、惑星ピクルに何のご用事ですか?」
これ以上、自分のことを話題にされるのを避けるため、シャミルは話題を変えた。
「もちろん商売さ。開拓惑星は、我々、商人にとっては、濡れ手で粟の場所だぜ。だって、何も無いんだからな」
「それもそうですね」
「工場から大量に安く仕入れて、この辺境の惑星にまで運んで来て、高く売る。そんな商売のイロハをするだけで、かなりの収益が見込める。居住可能惑星の開拓が始まると、その惑星の優先利用権を持っている商人だけじゃなく、色んな商人がその儲けの分け前に預かれる訳だ。もちろん早い者勝ちだ」
「でも、辺境の惑星だけに危険も多いですよね」
「そりゃそうさ。そういう資材を満載した商船が頻繁に行き来しているが、連邦軍の警備態勢は、まだ、それほど整っていないから、海賊が集まって来ている。民間の護衛艦を雇っている商人もいるが、費用対効果を考えると、俺は疑問があるな」
「ということは、ハシム殿は、いつも丸腰なのですか?」
「まあ、その方が多いな。海賊に遭遇する確率ってのは、宇宙空間で飛び回っている小天体と衝突する確率と同じくらいだっていう説もある。常に索敵レーダーを最大出力にして警戒を怠らないようにしていれば大丈夫だって」
「そうやって慢心している奴に限って襲われるんだよ」
皮肉っぽく言ったカーラにハシムが反論した。
「どこまで経費を削減できるかが商人の腕の見せ所なんだよ。事前の情報収集を欠かさないようにして、本当に必要だと判断すれば、俺だって護衛を付ける時もある」
「ハシム殿。お気を付けてください」
「シャミルを嫁にもらうまでは、くたばってたまるかってんだよ」
「ところで、ハシム殿は何を運んで来られたんですか?」
ハシムが真顔で言った「シャミルは俺の嫁」宣言を華麗にスルーしたシャミルだった。
「我が商会が請け負ったのは、ドルミン合金板一万トンだ」
「ドルミン合金板ですか。建築資材とかに使うんでしょうか?」
「まあ、何に使うかまでは確認してないが、ある程度の硬度を持ちながら、加工しやすい合金なんだ。建築資材と言うよりは、様々な機械類の構造材にするんじゃないかな」
「もう荷渡しは終わったのですか?」
「いや、この後、午後一時に宇宙港で引き渡す約束だ」
「えっ、大丈夫なのですか? 今、午前十一時ですよ」
「少々、遅れたって大丈夫だよ。俺にとっては、商売よりシャミルとの歓談の方が重要だからな」
「破談になっても知りませんよ」
「ここは極端な売り手市場なんだ。少々、強気に出ることも駆け引きだぜ」
「そうですか」
間もなく店の中に食欲をそそる良い匂いが充満しだした。
「おお、なかなか良い匂いじゃないか」
「楽しみだにゃあ」
カーラとサーニャは待ちきれないようだった。
程なくすると、店主がドームカバーをかぶせた大きな皿をキャスターに乗せて厨房から出て来た。
「お待たせ」
店主は大皿をキャスターからテーブルに移すと、ドームカバーを取った。中には、こんがりと焼き色がついた全長五十センチほどの、多足の芋虫のような生き物が横たわっていた。
「美味いぜ。食べてみな」
「…………」
思わず無言になってしまった四人であった。




