Scene:13 最初で最後の勅命(2)
キャミルがエペ・クレールを抜き、近衛兵達の前に、一人、立ち塞がった。
「貴様達は、先ほどまで忠誠を誓っていた前皇帝陛下に剣を向けるのか!」
近衛兵達に言い放った後、キャミルは壇上のカリアルディ公爵に向けて叫んだ。
「公爵閣下。平和を願ってのご英断を下されたセルマ殿を大逆人扱いとは合点がいかぬ! セルマ殿は私がお守りいたす!」
「これは我が国の内政問題じゃ! 第三国たる銀河連邦が口を挟むべき問題ではない! さあ、そこをどけ!」
「いいや、どかぬ! セルマ殿を捕らえるのであれば、このキャミル・パレ・クルスを切ってからにしろ!」
壇上のカリアルディ公爵は、不敵な笑いを浮かべて、コンラッド中将らに向けて言った。
「あなた方の軍には、分からず屋がいるようですな? 教育がなっていないようだ。これだから平民を軍人にすると、こんな奴も出て来るのだ。さあ、この跳ねっ返りのお嬢さんに命令していただこう!」
「キャミル少佐、控えろ! 公爵のおっしゃるとおり、これはアルダウ帝国の内政問題だ。我々が関与できる問題ではない!」
コンラッド中将も狼狽えながら、キャミルをたしなめた。
「それは命令ですか?」
キャミルは、目の前の近衛兵達から注意をそらすことなく訊いた。
「そうだ、命令だ!」
「上司の命令だぞ。さあ、そこをどけ!」
勝ち誇ったように、カリアルディ公爵がキャミルに言った。
「分かりました」
キャミルは右手でコト・クレールを握ったまま、左手で詰め襟の階級章をむしり取ると、床に叩き付けた。
「ならば、今ここで私も退役します! 私は一人の友人として、セルマ殿を守る!」
そんなキャミルの後ろに、シャミルと二人の副官も並んだ。
「私達はキャミルの友人です。そんなキャミルの友人であるセルマ殿も友人です。私達もセルマ殿をお守りしますよ」
「キャミルにだけに、良い格好はさせないぜ」
「ウチらも格好良いところを見せるにゃあ」
「お前達……」
セルマとアシッドの前に立ち塞がったキャミル達に、近衛兵達がじりじりと迫って来た。もっとも近衛兵達もキャミルが相当の剣の使い手であることは承知していたことから、不用意に飛び込んでくることはなかった。
「おいおい。もうチャンバラはお仕舞いにしなよ!」
みんなが声のした方を向くと、レンドル大佐がカリアルディ公爵の立っているステージのすぐ下に、腕組みをしながら立っていた。
そして、カリアルディ公爵を見上げながら言った。
「閣下、この声が聞こえませぬか?」
「何?」
カリアルディ公爵が訊くまでもなく、高い塀で囲まれた大広場にも、塀の外から大きなどよめきが届いていた。
「放送局の撮影クルー達よ。宮殿の外の様子をモニターに映し出してくれ」
レンドル大佐がそう言うと、戴冠式の中継を担当していた放送局スタッフがスイッチを切り替えて、ステージ横の大スクリーンに宮殿の外の様子が映し出された。
宮殿の外には溢れんばかりの群衆が集まっていた。一般市民に混じって、帝国軍人達もいた。みんなが肩を抱き合い、歓喜の雄叫びを上げていた。
「戦争は終わった!」
「平和がやって来た!」
「みんな銃と剣を捨てろ!」
平和を持ち望んでいた市民達の喜びが爆発していた。そして、その喜びの声は、次第に一人の女性の名前の連呼へと変わっていった。
「セルマ! セルマ! セルマ!」
セルマの名前が大合唱されだした。
自ら退位をして、この不毛な戦いを終わらせた、「元」皇帝セルマを称える声であった。
「閣下。確か、宮殿で、閣下もいらっしゃる時に、私がセルマ殿に言った記憶がございます。この戦いの正義がどちらにあるかは、市民達が決めるものだと」
レンドル大佐は不敵な微笑みを浮かべ、スクリーンの方を見ながら言った。
「どうやら決まったようですな」
レンドル大佐は、振り返り、一旦、ステージを背にしたが、すぐに首だけを振り返らせ、公爵に向けて言った。
「もちろん、先ほども言われたとおり、これはアルダウ帝国の内政問題であって、我々が関与できない問題です。閣下御自身がお考えください」
それから、またステージを背にしたレンドル大佐は、キャミル達に迫っていた近衛兵達の所に歩いていくと、自分の頭を指差しながら、近衛兵達に言った。
「君達も自分の頭で考えることだな。今、この国の支配者は誰かということを」
そう言うと、レンドル大佐は、近衛兵達の間をすり抜けて、キャミル達の近くまで歩いて行った。
近衛兵達は、左右を見渡しながら悩んでいたようだが、しばらくすると、一人、また一人と自ら剣を鞘に収めていった。
「お、お前達! お前達は皇帝に忠誠を誓う近衛兵ではないか! 儂は皇帝だぞ! 儂の命令が聞けぬのか?」
しかし、カリアルディ公爵に忠誠を誓う者はいなかった。
レンドル大佐は、キャミルが投げ捨てた階級章を拾い上げ、キャミルに渡した。
「キャミル少佐。あなたはまだまだ連邦軍に必要な人材だ。それに、あなたがいなくなると、私も寂しいですからなあ」
レンドル大佐は、コンラッド中将に訊いた。
「コンラッド中将。キャミル少佐の退役は、まだ許可されておりませんよね?」
「あ、ああ」
コンラッド中将も事態の急変に自分の考えが追いついていないようであった。
「ということだ。今、退役されても、まだ恩給は少ないですぞ。ははははは」
そう言い放つと、レンドル大佐は、コンラッド中将ら治安維持派遣軍の司令官達が並んでいる列に戻り、素知らぬ顔をしてその列の後ろに並んだ。
宮殿の大広間に列席していた貴族達も、宮殿の外から聞こえてくる大歓声に、今、抵抗することの無意味さを実感していたようだ。
一方、アシッドとセルマの周りには、反体制派の幹部達が集まって来て、満足げな笑顔を見せてうなづき合い、自らが思い描いていた形で成し遂げられた平和の実現に喜びを噛み締めていた。
シャミルとキャミルは、アシッドとその腕にしがみつくようにして立っているセルマの元に近づいて行った。
「お二人なら、必ず、この国を新しくすることができるでしょう。ねっ、キャミル?」
「もちろんだ。従来の考えに固執しない、若い二人なればこそだ」
「あらっ、キャミル。何だか台詞が年寄り臭いですよ」
「な、何を言っているんだ!」
「ふふふふ」
セルマもその背負っていた重りを脱ぎ捨てたような晴れやかな顔付きになって、一緒に笑った。
「キャミル少佐。シャミル殿。お二人には本当に世話になったのう。礼を申す」
「殿下がアシッドさんとこれから進もうとしている道は平坦ではないでしょう。でも、お二人なら乗り越えることができるしょう。ねっ、アシッドさん?」
「はい!」
アシッドの目には、その道がしっかりと見えているようだった。
アルダウ連邦共和国へと生まれ変わったアルダウ帝国は、その後、市民の圧倒的な要求に基づき、銀河連邦に加入をした。五つの惑星系は、そのまま連邦構成国家となり、アルダウ共和国の初代執政官には、アシッド・ミルドが圧倒的多数で選出された。そして、その傍らには、執政官婦人となったセルマが常に寄り添っていた。
――もちろん、これは、もう少し先のお話。




