Scene:13 最初で最後の勅命(1)
戴冠式の日。
連邦の治安維持派遣軍により警護された宮殿正殿前の大広場で戴冠式が執り行われることとされていた。
正殿正面玄関前にセットされたステージの周りには、元老院、枢密院、貴族院の構成員である貴族達、儀仗近衛兵、そして近隣諸外国から招待された使節団などで溢れかえっていた。
銀河連邦からは、治安維持派遣軍のコンラッド中将以下の将校達が政府代表の名代として出席していた。
また、その近くには、一命を取り留めたアシッドも、腹部に負担を掛けないように杖をつきながら、反体制派の幹部達とともに立っていた。
階級的には出席できるはずもないキャミルと、一介の惑星探検家であるシャミルと二人の副官も、セルマの口添えで列席しており、アシッドの近くに立っていた。
戴冠式の様子は、帝国中に生放送されており、その映像がステージの左右にセットされた大スクリーンにも映し出されていた。
パイプオルガンで奏でられているような荘厳な音楽が会場に響き出し、壇上の奥の扉が両方にスライドして開くと、煌びやかな衣装に身を包んだセルマが現れ、ゆっくりと壇上の中央に進み出た。
脇に控えていた元老院議長が、従者がうやうやしく掲げた王冠を受け取ると、セルマに近づき、頭を少し垂れたセルマの頭上に王冠を戴いた。
間髪を入れず、壇上の左右に並んだ儀仗近衛兵が一斉に剣を抜き、天に向かって突き上げた。
「皇帝陛下、万歳!」
「万歳! 万歳!」
帝国側の出席者の「万歳」大合唱が起こったが、外交団や反体制派の出席者達は醒めた目でそれを見ていた。
大合唱が収まると、セルマは一歩、前に出て、大広場の出席者達を見渡した。
「本日は、わらわの戴冠式をかくも盛大に祝ってもらったことに感謝する。わらわは、今この時をもって、皇帝メヒトス十世となった。そうであろう、議長殿?」
セルマは、壇上の脇に控えていた元老院議長に問い掛けた。
「さようでございます」
「皇帝であるわらわの命令は絶対であろう、議長殿?」
「……さようでございます」
元老院議長は、セルマの質問の意味が分からなかったようだった。
「これから、わらわは皇帝として、初めての勅命を下す」
会場からざわめきが起きた。
「帝国臣民は我が勅命に従うか?」
「もちろんでございます!」
最前列に並んでいた貴族院議長が答えた。
「我らも皇帝陛下に忠誠を誓いまする!」
同じく最前列に並び、先ほど「皇帝万歳」の音頭を取った近衛兵隊長が言った。
セルマは満足げにうなづくと、まっすぐを前を向いて、高らかに言い放った
「わらわは、今、この時をもって退位する! 元老院、枢密院そして貴族院を解散させる! 身分制度は廃止する! わらわの大権は、アルダウ市民のものじゃ!」
会場は水を打ったように静まりかえった後、割れんばかりのどよめきが起きた。
どよめきが収まるまでの間、瞬きもせずまっすぐに前を向いていたセルマは、再び、口を開いた。
「そして、当面、アルダウ市民を代表して、この国を取り仕切る機関として、暫定統治機構を作る! その議長には、……アシッド・ミルドを任命する!」
セルマは、会場を見渡した。どうやらアシッドを探していたようだ。
「アシッド・ミルド! 前に出なさい!」
アシッドが参列者の列の中から、杖をつきながら、メインロードに出て、セルマの前に進み出た。
アシッドが跪こうとすると、セルマが止めた。
「無用じゃ! わらわの勅命に服せよ、アシッド・ミルド!」
「どのような勅命でしょうか?」
「そなたを暫定統治機構の議長に命ずる! 可及的速やかに国民主権の憲法を制定し、それに基づき全市民が参加する普通選挙を実施せよ!」
「私のような若輩者よりも、もっと経験も能力もある人材が……」
「その者どもが何をした?」
「はっ?」
「その者どもが何をした? 自らの要求を突き付けて、この国を無用の戦火に巻き込んだだけではないか! そのような者どもに、この国の未来を託すことはできぬ!」
「……」
「そなたがやるのじゃ! そなたなら……この国を二度と争いの中に放り込んだりはすまい?」
「はい」
「わらわは無茶を言うておるかの?」
「無茶ではありますが、無理ではないかと」
「ならば、我が勅命に服するか?」
「……かしこまりてございます。この命に代えましても!」
次に、セルマは銀河連邦代表団に向けて言った。
「銀河連邦の盟友に告げる! まず、この国の治安を今まで守っていただいたことに深く感謝する。そして、願う。これから生まれ変わる我が国を、民主主義国家の先輩として導いて欲しい。市民達が望めば、連邦の一員に加えて欲しい」
セルマは一気に述べると、うつむき加減になり、ぽつりと呟いた。
「この国は、わらわ一人には重すぎる。皆で支える国になってほしい」
セルマは、王冠を自らはずし、壇上の床に置くと、壇上からゆっくりと降りて行き、アシッドの前で立ち止まった。
「アシッド・ミルド。それでは、この国の命運、あなたにお任せします」
「陛下、一つ条件がございます」
「何じゃ?」
「復権をうかがう皇帝派の連中が、あなたを担ぎ出そうという動きを見せるやもしれません」
「そのような動きには、わらわは乗らぬ!」
「それは分かっております。しかし、それに不安を感じる市民達もいるでしょう。だから、……私が常に陛下を見張らせていただきます。宮殿とは比べものにならないほど小さな家でございますが、陛下がお嫌でなければ、我が家に軟禁させていただきます」
「……アシッド」
「その果敢なる決断でこの国の未来への扉を開かれた陛下は、……ずっと、私がお守りします」
「それは?」
「陛下、いえ、セルマ・メヒトス殿。皇帝でも皇族でもなくなり、私の元に舞い降りて来られたあなたであれば、私も胸を張って言いましょう。ずっと私のお側にいてくださいと!」
「アシッド!」
セルマはアシッドの胸に飛び込み、二人は固く抱擁した。
「もう、離しませぬ。あなたには、私と一緒にこの国を生まれ変わらせる責任があるのです。一人だけ逃げようとしても駄目ですぞ」
「分かっておる。……分かっておる」
そんな二人にみんなが見とれていた隙に、壇上に昇った人物がいた。
「そんなことは許されぬ! セルマが皇帝を退位したのであれば、次の皇帝は儂じゃ!」
カリアルディ公爵が、壇上の床に置かれていた王冠を自ら頭に戴き、叫んだ。
「自らの退位までなら、皇帝の一存で可能かもしれぬが、皇帝位や皇族、貴族制度の廃止などが皇帝の一存でできる訳がない。元老院、枢密院、そして貴族院の承諾が必要である。そのようなことを言い放つことは、国家転覆を企図していると言われても言い逃れできぬほどの大罪人じゃ! 近衛兵ども! この大逆人であるセルマ・メヒトスを引っ捕らえろ!」
近衛兵達も皇帝位が廃止されると自分達が失業してしまうと考えたのか、一斉に剣を抜いて、セルマ達に迫って来た。




