Scene:11 幼き日の絆(1)
セルマの皇帝即位決定の発表があった次の日。
アシッドを始めとする反体制派の幹部達も、戴冠式に出席するようにとの宮殿からの要請に基づき、治安維持派遣軍の護衛の元、惑星アルダウに着いた。
以前、連邦に再調整を依頼した和平交渉の再開について、銀河連邦政府としても積極的に推し進めることとされ、皇帝派に治安維持派遣軍を通じて申し入れがされたが、皇帝派からの回答は、メヒトス九世の葬儀及び戴冠式が終わってからということになった。
惑星アルダウに滞在中、アシッドは、皇帝派の中でも穏健派と呼ばれる貴族達と密かに会い、講和の着地点を見出そうと精力的に活動していた。
そして、戴冠式を明日に控えた日の夕刻。
シャミルと二人の副官が、アシッド達の滞在しているホテルを訪れると、反体制派の幹部達がミーティングに使用している会議室に通された。カーラとサーニャは小さな箱のような機械を、ショルダーバックのように肩からぶら下げていた。
「いらっしゃい、シャミルさん」
「こんにちは」
アシッドと笑顔で挨拶を交わしたシャミルは、ミーティング用テーブルを挟んで、アシッドの正面の椅子に座るように勧められたが、シャミル達は椅子に座らず、その位置に立ったままだった。
「今日は、どういうご用件なのでしょう?」
不審げな顔を見せながら訊いたアシッドの問いに、シャミルは笑顔で答えた。
「アシッドさん。申し訳ありません。決して、アシッドさんを信頼していなかった訳ではないのですが、ここに来ていただく方が方ですから、慎重を期して、私達が先にこの部屋にお邪魔したのです」
「はい?」
「カーラとサーニャが持っているのは、盗撮カメラや盗聴器の存在を探るための機械です。どうやら、そのような物は無いようですね」
「我々はシャミルさんを信頼していますから」
「ありがとうございます。でも、皇帝派の方が仕掛けているかもしれませんしね」
「それであれば、我が方でも徹底的に事前調査をしています」
「そうですか。それなら、尚更、安心ですね」
「しかし、どういうことなのですか? ここに来る方というのは誰なんですか?」
その時、会議室のドアが開かれた。来客の予定はなかったことから、反体制派の幹部達は反射的に身構えた。
しかし、開いたドアの所に立っていたのは、軍服ではなく私服姿のキャミルと、フードを深く被ったローブ姿の小柄な人物の二人連れだった。
キャミルの隣に立っていた小柄な人物は、部屋の中に進み入ると、フードを取った。
そこにいたのは、セルマだった。
「……殿下!」
反体制派の幹部達は反射的と言って良いほど素早く席を立って、前に進み出て跪こうとした。
反体制派と言っても、穏健派の幹部達は、皇族自体に憎悪や反感を持っている訳ではなく、思想的に民主主義国家建設を目指している者達であったからだ。
「無用じゃ! ここは宮殿ではない!」
セルマは手を伸ばして、それを制した。
「このような所にどうして?」
「キャミル少佐から、ここに反体制派の幹部達が滞在しており、シャミル殿が会いに行くという話を聞いて、居ても立ってもおられずに、ついて行くとお願いしたのじゃ」
「とにかく立ち話という訳にはいきません。このようなテーブルしかないですが」
アシッドは、自分達が座っていたミーティング用テーブルの上座をセルマに勧めた。
「結構じゃ」
反体制派の幹部達も貴族ではなく、そもそも同じテーブルに着くことすらできない身分であったが、セルマはそんなことを気にすることはなかった。
セルマの両隣にシャミルとキャミルが座り、カーラとサーニャもその両脇に座った。そして、下座に当たる側に、アシッドの左右に反体制派の幹部達が並んで座った。
「殿下。この度の皇帝陛下の御崩御、謹んで哀悼の意を表し奉ります」
「かたじけない」
アシッドの言葉にセルマも頭を下げた。
「アシッド。マリアル殿のご容態はいかがじゃ?」
「相変わらず、意識が戻らず寝たきりでございます」
「そうか。それは悲しいの。そなたは側にいてやらずとも良いのか?」
「母親が付いております。それに少しでも事態の打開を図ることが、私の使命と考えております」
「そうか。……そなたは、やっぱり一足先に大人になったのじゃなあ」
「……。殿下、今日、わざわざ、こんなところにお出でになられた目的は何でございましょう?」
「そうじゃな……」
言い淀んでいたセルマに、シャミルがぽつりと言った。
「殿下。私達は外に出ております」
「えっ?」
シャミルは、アシッドに向かっても言った。
「アシッドさん。アシッドさん以外の方も一緒に外で待機しているように命じていただけませんか?」
「はい?」
「いえ、命じるまでもありません」
アシッドの隣に座っていた長老格の男性が自ら立ち上がると、他の幹部達も全員が立ち上がった。
シャミルとキャミル、そしてカーラとサーニャも立ち上がり、反体制派の幹部達と一緒に会議室を出て行った。
一番、最後に会議室を出て行こうとしたシャミルがドアの所で振り返り、ミーティング用テーブルに二人だけ残っているセルマとアシッドに言った。
「お話が終わりましたら、お声を掛けてください。私達は、こちらの部屋で、お茶でも飲んでいますから」




