Scene:07 「過去の足跡」
連邦の領土空域から出る場合には、惑星開発省の許可が必要であり、また、その空域が他の星間国家の領土空域であることが明らかな場合には、それに追加して外務省の許可が必要であった。
シャミルは、アシッドから依頼を受けた次の日には許可申請を出した。アシッド・ルイードという留学生を危篤になった父親の元に送り届けるためという、アシッドの偽名以外は本当の目的を申告した。
シャミルは、最短でも許可が下りるまで一週間ほどかかると踏んでいたが、二日ほどで許可が出た。そして、その許可書の末尾には次の一文が追記されていた。
「なお、申請者は、申請に係る空域において、不慮の事故や戦闘行為に遭遇する危険性があることを十分認識した上で許可を受けており、同空域において、いかなる身体的損害や財産的損害を受けることがあったとしても、連邦に対して、何らの請求をしないことを誓約する。」
つまり、自己責任で行けということである。
アスガルドを飛び立ったアルヴァック号は、アシッドの父親の容態が更に悪化しているとの連絡を受けていたこともあり、可能な限り、スレイプニール航行システムを使用して、一週間後には、銀河連邦の国境を越え、アルダウ帝国の領土空域に入った。
そもそも客を乗せるスペースのないアルヴァック号であったが、船長室をアシッドに使ってもらって、シャミルはずっと艦橋に詰めていた。
アルダウ帝国の領土空域では、数多くの宇宙船が密着した位置でレーダーに探知された。どうやら宇宙戦の最中らしく、アルヴァック号に対して、再々、ヴァルプニール通信システムを通じて、船籍の報告を求められたが、外国である銀河連邦所属の宇宙船であり、そして何よりも小型の宇宙船であったことから、戦闘艦という認識を持たれることがなかったようで、アルヴァック号は、思ったよりはすんなりと、惑星シアルディに到着することができた。
惑星シアルディの宇宙港に着陸したアルヴァック号の近くに、一台のエアカーが近づいて来た。
「シャミルさん、どうやら迎えが来たようです。本当にお世話になりました」
「いいえ。ちゃんと報酬もいただき、私達もビジネスとして遂行したのです。こちらこそ、ありがとうございました」
最後に深々とシャミル達にお辞儀をしたアシッドは、エアカーに乗り込み、走り去ってしまった。
「さて、船長。これからどうする? もう帰るかい?」
「せっかく許可を取って、はるばる異国の地まで来たのですから、ちょっと観光しましょう」
「観光って言ったって、内戦状態の中じゃ、あちこち行き回れないだろ」
「実は、惑星ソウラには治安維持派遣軍の一員としてキャミルが来ているはずなんです。だからソウラに行きましょうか?」
「船長、キャミルは観光地じゃないぞ」
カーラも呆れながら言った。
「でも、滅多に会えないから、史跡並みに珍しいじゃないですか」
「つい一か月前にも会った気がするけどな。でも、惑星ソウラは航行禁止空域になっているんじゃないのかい?」
「キャミルにお願いしたら何とかなるんじゃないでしょうか?」
「そんな行き当たりばったりな」
「とりあえずキャミルにメールを入れておくことにして、この惑星シアルディにも、ちょっと見ておきたい史跡があるんですよね」
「へえ~、どんな所だい?」
「この惑星シアルディは開拓惑星なんですけど、アルダウ族が入植する前に、先住民族がいた形跡があるらしいのです。もっとも、アルダウ族がこの惑星を発見した時には、その先住民族はいなかったようなんですけどね」
「ふ~ん。何かの原因で滅亡しちまったってことなのかい?」
「その民族がいなくなった理由は、まだよく分かっていないらしいんです。でも、ちょっとロマンがありますよね。消えた謎の民族って」
キャミルのことばかりを言いながらも、しっかりと探検家の顔をしているシャミルに、カーラとサーニャも嬉しく、そして頼もしく感じているようだった。
「それじゃあ、そこに行ってみるか? この惑星内であれば、航行はできるんだよな?」
「ええ、さっきアシッドさんに許可申請先を教えてもらいました」
数時間後、シャミル達は、惑星シアルディの「過去の足跡」史跡に来ていた。そこは、シアルディの砂漠の中に忽然と現れる、廃墟となった都市の跡であった。
砂に埋もれた地表から多くの高層ビルらしき建造物が林立しており、中には少し修理すれば、すぐにでも使用できそうなほど、保存状態が良いビルもあった。
「これが前銀河暦十万年以上も前の建造物だなんて信じられませんね」
シャミルは、目をキラキラさせながら、カーラとサーニャに言った。
「本当だな。でも、これだけの技術を持った種族が十万年前に忽然と消えてしまったというのは、なんとも不思議だな」
「ええ。この史跡は、ヒューマノイド共通起源説を採っている連邦アカデミーの教授達も注目している史跡で、今度の内戦で破壊されないように、アルダウ帝国に要望書を提出しているはずなんですね」
「何だい、ヒューマノイド共通起源説って?」
「まだ、はっきりと確立された理論ではないですけど、今のヒューマノイドは、過去に存在した種族の末裔ではないかという説なんです。この銀河系の何万光年と離れたあちらこちらの惑星で生まれ進化してきた知的生命体のうち、ヒューマノイド種族だけが共通の容姿や遺伝子情報を持っていて、そして何より交配ができるという事実を考えたとき、不思議に思いませんか?」
「確かにそうだな」
「その疑問を解決させる一つの仮説がヒューマノイド共通起源説なんです。つまり、超古代に、この銀河系のあちらこちらの惑星に入植した種族が、何らかの原因で滅びてしまったけれど、その遺伝子情報を受け継いだ生物が各惑星で進化を遂げていった。それがヒューマノイドだという説なんです」
「なるほどねえ。それなら確かに、ヒューマノイドが共通の容姿や遺伝子情報を持っている説明は付くな」
「でも、一方で、そんな高度に発展した種族が何故この銀河系からすべて消え去ってしまったのか説明できないことと、その種族の存在を示す確たる証拠が何一つ残っていないことから、まだ定説とまではなっていないんですね」
シャミルは、遠い過去に思いを馳せるように史跡の建物を見渡した。
「だから、この史跡は、ヒューマノイド共通起源説を採っている先生方からすれば、一つの大事な手掛かりなんです」
その時、シャミルの腕に付けた端末にメール着信があった。
「キャミルかしら?」
いそいそと端末を見たシャミルは、戸惑いを隠すことができなかった。
「キャミルじゃないのかい?」
「ええ、……アシッドさんからです」




