Scene:06 疎開
アルダウ帝国の和平交渉は難航していた。両勢力とも、実質的に均衡する勢力を保ったままであり、一方が譲歩すべき理由は何も無かった。
交渉は平行線のまま、ついに和平交渉期限の最終日になった。
連邦は、和平交渉の延長を勧告したが、そもそも戦火を開きたがっていた両勢力はこれを拒否。しかし、帝国市民の保護の要求については、市民の支持を失いたくない両勢力とも興味を示した。
結局、治安維持派遣軍が警護をしていた惑星ソウラを今後も停戦区域として、自国民の自由な避難を保証することで合意がされた。
首都惑星アルダウに駐留していた連邦の治安維持派遣軍は、全軍が惑星ソウラに移動し、ソウラに駐留していた部隊と合流して警護を続けた。
帝国内の停戦協定期限が経過した時をもって、惑星ソウラ空域以外の空域で再び戦火が開かれた。
残る四つの惑星の陣取り合戦は熾烈を極めた。
ソラウ空域の警護をしていたアルスヴィッドに、司令部からヴァルプニール通信システムで連絡が入った。
「至急、首都惑星アルダウに向かって欲しい」
「何事でしょう?」
「皇帝派から女性皇族のソウラ疎開について反体制派に打診があり、反体制派も了承したことから、これからアルスヴィッドで惑星アルダウに向かい、女性皇族達をソウラまで護送してほしい」
「惑星アルダウにも戦火が及んできているということでしょうか?」
「いや、まだ、さすがに皇帝派の最後の砦でもある惑星アルダウが戦場となっていることはない。これは皇帝の意向だ。おそらく、女性皇族といっても、皇帝の頭の中は、セルマ皇女の身の安全を万全なものにしたいということで一杯なのだろう」
キャミルは、謁見の時に垣間見せた皇帝の父親としての顔を思い出した。
「何と言っても、セルマ皇女は皇位継承権第一位で、次の皇帝になる方だからな。兵士達の士気を考えると、皇帝自身が首都惑星アルダウを退去することはできないだろうが、もしもの場合を考慮して、大事な跡取りは避難させておきたいということだろう」
「分かりました。それでは至急、アルダウに向かいます!」
「うむ、頼む。しかし、両勢力の中にも強硬派や指示が行き届いていない部隊もあるようだ。女性皇族の避難について合意ができているからといって、襲われることはないという保証は無い。充分に気をつけたまえ」
惑星アルダウに向かう途中にも、不審な動きをする宇宙船の船影がいくつか確認されたが、さすがに連邦のギャラクシー級戦艦に攻撃を仕掛けようとする船はなく、アルスヴィッドは、約一週間ぶりに惑星アルダウに戻った。
アルダウ宇宙港の貴賓室に待機していた女性皇族達を乗せると、アルスヴィッドはすぐにアルダウを飛び立った。
攻撃に遭遇する危険性を少なくするため、スレイプニール航行システムを可能な限り使用して、ソウラまでは約二時間の船旅であった。
キャミルが、女性皇族方の船室に急遽した、アルスヴィッド内の一番広い会議室を訪れると、キャミルを待っていたのは、セルマの笑顔だった。
部屋の一番奥に置かれた椅子に座っていたセルマは、ニコニコと笑いながら、自分の方からキャミルに近づいて来た。
「キャミル少佐! やはり、そなたがわらわを守ってくれる運命の人なのじゃな!」
おそらく治安維持派遣軍の司令部にキャミルを派遣するようにねじ込んだのであろう。
「しばらくは居心地の悪い戦艦の中ですが、ご辛抱のほどを」
「キャミル少佐は艦長なのであろう?」
「はい、そうです」
「すると艦長室はあるのか?」
「ございます」
「わらわはそこで休む」
「分かりました。私は、いつも艦橋に詰めておりますので、艦長室はいつも空いております」
「キャミル少佐も一緒におれば良いであろう」
「この船の指揮を執らなければなりませんので」
「副官とやらに任せれば良いではないか。この前のように」
キャミルに対しては、まるで駄々っ子のように我が儘な顔を覗かせるセルマであったが、それもキャミルのことを信頼し、本当の姉妹のようになりたいと願うセルマの正直な気持ちであることが分かっていたキャミルも折れて、アルスヴィッドの指揮を二人の副官に任せて、自分は、艦長室で、セルマのおしゃべりに付き合った。何と言っても、皇位継承権第一位のセルマ皇女であり、それだけの特別扱いをしても不自然ではないのである。
楽しい時間はすぐに経ってしまうようだ。
「もう着いたのか? キャミル少佐。もう一往復しても良いぞ」
「ははは、殿下。今の航海中も殿下のお命を狙っている者が乗ったと思われる船がうろちょろしておりました。もう一往復は止めておきましょう」
惑星ソウラに着くと、一行は、皇帝の代理人である総督が執政を執る建物である総督府を、急ごしらえの仮宮殿として、そこに入った。
セルマ護衛の任務を済ませたキャミルの元には、予想どおり、仮宮殿から使者が来て、セルマの護衛をしてほしいとの要望が伝えられた。
キャミルが、治安維持派遣軍の司令部にお伺いを立てたところ、すぐに許可が下りた。許可というより命令に近いものであった。
キャミルは、再び、セルマの護衛のため、仮宮殿に出向き、セルマの部屋となった総督の居室にいた。
「急いで宮殿を出て来たから、キャミル少佐のために仕立てたドレスを持って来ることができなかった。わらわがもう少し大きければ、わらわのドレスをキャミル少佐に着てもらえるのにのう」
「殿下。ここは連邦の治安維持派遣軍が警護していますが、やはり、アルダウの宮殿のように、警備が万全とは言えません。私も、常に警戒を怠らないようにしなければなりません」
「そうか。……キャミル少佐は、今度もずっと、わらわの側にいてくれるのじゃな?」
「それは何とも言えません。和平交渉停戦時から、既に一か月以上経過しております。私の部下達もずっと働きずくめですので、そろそろ休暇を与えなければなりません。代わりの派遣軍が編成され次第、今いる師団には撤退命令が出されるでしょう」
「キャミル少佐も一緒に帰ってしまうのか?」
「私は戦艦アルスヴィッドの艦長が本務なのです。軍人は司令部からの命令に従わなければなりません」
「そうか。……でも、撤退命令が出るまでは、わらわの側にいてくれるのじゃな?」
「もちろんでございます。殿下の身の安全は、私が命に替えても保証いたします」




