Scene:04 皇帝謁見(1)
「キャミル少佐!」
キャミルが宮殿に入ると、待ちかまえていたように、セルマが走ってやって来た。
キャミルは直立不動で敬礼をした。
「殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう祝着至極でございます」
「そのような堅苦しい挨拶は無しじゃ」
そう言うと、セルマはキャミルの手を取って、さっさと自分の部屋に連れ込んでしまった。
部屋に入ったセルマは、部屋の鍵を閉めると、ウォークインクローゼットのカーテンを勢いよく開けた。
そこには、新調したと思われるドレスが三着、掛けられていた。
「キャミル少佐。これからキャミル少佐は、わらわとずっと一緒にいてくれるのであろう?」
「はい。撤収命令が出るまでですが」
「あっ、……そうじゃの。でも、それまでは、いてくれるのじゃな?」
「はい」
「これはキャミル少佐のために新たに作ったドレスじゃ。どれも似合いそうじゃ」
「はあ?」
「宮殿で寝泊まりするのであるから、そんな軍服なんかよりドレスの方が良いに決まっておるのじゃ!」
「いや、しかし、私は殿下を護衛するという任務を負っている身。そのようなドレスを着ていては、いざという時に戦えません」
「宮殿の中は安全じゃ。この前みたいに、外に出る時にだけ軍服にすれば良かろう?」
そう言うと、セルマは侍女達にも手伝わせて、無理矢理、キャミルにドレスを着せてしまった。髪も解いて丁寧にブラッシングされ、小さなティアラまで付けられた。
セルマが着ているドレスと同じようなデザインのオリエンタル調ドレス姿のキャミルの前に、侍女が姿見を持って来た。まるで自分ではないようなその姿に、キャミルは一人照れてしまった。
「キャミル少佐、お似合いじゃ。わらわの見立てどおりじゃ。皆の者、どうじゃ? 可愛いであろう?」
「はい。見違えましてございます」
侍女達も本当に驚いているようで、お世辞という訳ではなさそうであった。
「そうじゃ。キャミル少佐、陛下には、まだご挨拶をしていなかったのう」
満足げにキャミルを見ていたセルマは、思い出したかのように言った。
「はい」
「誰か、陛下への謁見をセットしてまいれ」
セルマの命令で部屋を出た侍女は、すぐに戻って来た。
「今すぐ、謁見の間に来られたいとのことでした」
「あい分かった。キャミル少佐、ついて来てたもれ」
セルマがキャミルの手を取って、奥の院の正面玄関に出ると、待機していたロボット馬車に乗り込み、正殿に向かった。
正殿正面に停まった馬車を降りて、正面玄関を入り、そこから真っ直ぐに伸びている、豪華な調度品で飾り立てられた大廊下をしばらく歩くと、槍を持った二人の近衛兵が左右に立った、一層、豪華なドアの前まで来た。
近衛兵が重々しく開けたドアから、キャミルがセルマと一緒に部屋に入ると、そこは謁見用の大広間で、正面の玉座には既に皇帝が座っていた。
プライベートな謁見ということだからか、通常は玉座の左右に並ぶ重臣達はおらず、侍従長らしき老人ともう一人、連邦惑星軍の軍服を着た人物が、玉座がある壇上のすぐ下に控えて立っていた。
連邦惑星軍情報部のレンドル大佐であった。
皇帝は、男性としては小柄な体を煌びやかなローブで覆って、白髪頭をオールバックにセットした頭には豪華な王冠が輝いていた。
セルマに手を引かれたまま、玉座の前まで進み出たキャミル少佐は、セルマが手を離すと、膝を折って優雅に一礼をした。
キャミルが口上を述べようとしたが、先にレンドル大佐が口を開いた。
「おやおや、キャミル少佐ではありませんか! これは見違えた。どちらの姫君かと思いましたぞ。いや、本来の美しさに気づかなかった私の落ち度ですな。そんなことだから、いつまでも私は女性にもてないのですなあ」
大袈裟に驚いて見せたレンドル大佐が、今度は皇帝の方を向いてキャミルを紹介した。
「これは申し訳ありません。あまりに驚いてしまって、無駄口を叩いてしまいました。こちらは、私などは足元にも及ばない、我が連邦軍でも並ぶ者なき逸材である、キャミル・パレ・クルス少佐と申します。私も軍服姿のキャミル少佐しか見たことがなかったものですから、その美しさに思わず興奮してしまったのです」
「ほう、年端もいかぬ娘であるにもかかわらずに、もう士官だとはのう」
皇帝も少なからず驚いているようであった。
一方、先手を打たれて、自ら紹介をする機会を失ったセルマは不機嫌そうに、父親である皇帝に話し掛けた。
「陛下! この男はどなたでございますか? 見るところ、キャミル少佐と同じ銀河連邦軍の士官のようですが」
レンドル大佐は、セルマの下座まで下がってから敬礼をした。
「これはセルマ殿下、ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。また、殿下とは気づかずにご無礼をいたしました。ご容赦願います。銀河連邦惑星軍大佐ヒエリ・レンドルと申します。どうかお見知りおきを」
レンドル大佐がセルマの顔を知らないはずも忘れるはずもなく、どういう意図があるのか分からなかったが、演技なのは見え見えだった。
「わらわは陛下に訊いておる!」
レンドル大佐に対して不機嫌な顔をして言ったセルマに、皇帝は穏やかな口調で話した。
「セルマには、まだ紹介しておらなかったのう。この男は、治安維持派遣軍司令部と我が陣営との連絡調整を担当している者だ。カリアルディ公爵の元に出入りしていたが、公爵から面白い男なので、一度、会ってみればいかがかと勧められてのう。実際に会ってみると、本当に面白い男じゃ。連邦軍内部でも、かなりの情報通らしい。側に寄らせて、色々と面白い話を聞かせてもらっているのだ」
どうやらレンドル大佐は、既に皇帝の知遇を得ているようだった。
「キャミル少佐とやら」
皇帝はキャミルを優しく見つめながら話し掛けた。
「はっ!」
ドレスを着ていても、キャミルはいつもの癖で敬礼をした。
「セルマは、余が歳を取ってからできた一人っ子じゃ。今の混乱状態で、学校も閉鎖され、母親も兄弟姉妹もいない宮殿暮らしでセルマも寂しい思いをしておる。護衛を兼ねて、そなたがセルマの側にいてくれると、色んな意味で心強い。連邦軍がアルダウにいる間だけではあるが、セルマの側にいてやってほしい」
皇帝は、父親としての顔を包み隠さず見せていた。
「お任せください」
「うむ」
皇帝は満足げにうなづいた。




