Scene:03 狙われる姫君(3)
キャミルが辺りの気配を注意深くうかがっていると、小さいが聞き覚えのある音が聞き取れた。
キャミルが、その音がした方を仰ぎ見ると、反重力グライダーを背負った五人組の黒ずくめの男達がキャミル達の方に飛んで来るのが、生い茂った枝葉の間から見えた。
男達は、キャミル達の近くに着地すると、一斉に剣を抜いた。
「何者じゃ! ここにおわすをセルマ皇女と知っての狼藉か?」
侍女長が男達を一喝したが、そんなことで怯む男達ではなかった。
男達は無言で、キャミル達に迫って来た。
キャミルは、抱っこしていたセルマを侍女の近くに降ろした。
「殿下! ここでしばらくお待ちください」
「キャミル少佐。どうするのじゃ?」
「殿下の命を狙う不逞の輩どもは、私が討ち取ってご覧に差し上げましょう」
背中を向けていたキャミルに向かって男達が一斉に襲いかかった。
しかし、キャミルは、すばやく振り返りざまにエペ・クレールを抜き、横に一振りした。それだけで、五人の男達全員の剣はすべて跳ね返されていた。
「銀河連邦宇宙軍少佐キャミル・パレ・クルスである! 治安維持が我らに与えられた使命なれば、それを乱す貴様達を見逃す訳にはいかん!」
そう言うと、キャミルは五人の男達に打って掛かった。
男達は、連邦軍でも一、二を争う剣の達人であるキャミルの敵ではなかった。
キャミルは、セルマ達がいる方に男達を行かせないようにしながらも、男達の背後に回っては、その背中に背負った反重力グライダーをエペ・クレールで破壊した。普通の剣であれば不可能な、軽金属で覆われた機械の破壊も、エペ・クレールであれば容易いことであった。そうして、男達全員の逃亡手段を奪っておいてから、あっという間に全員の剣を弾き飛ばすとともに、太腿を軽く傷付けた。
五人の男達は太腿を押さえながら、のたうち回っていた。
「皮を切っただけだぞ。それだけの痛みに耐えることもできずに、よくも殿下を殺しに来られたものだな」
エペ・クレールを鞘に収めたキャミルも、暗殺者としてはお粗末な痛がりように呆れてしまった。
間もなく、近衛兵達が駆けつけて来て、男達を連行していこうとしたが、キャミルが呼び止めた。
「待て! 隊長は誰だ?」
「私ですが」
小柄で太った男が、一歩、前に進み出てきた。
「どこで何をしていた?」
「はあ?」
「近衛兵でありながら、賊が離宮の上空から侵入してくるのに気がつかなかったのか?」
「何分、我々の手勢だけでは、この広い離宮の周りすべてを警備することは不可能にて……」
「ならば、そのような危険な場所に殿下がお出掛けにならぬように、お諫めすべきであろう!」
「そ、それは……」
近衛兵隊長が言い淀んでいる間に、キャミルの側にセルマが近寄って来た。
「キャミル少佐。わらわがどうしてもと言って、ここに来たのじゃ。その者どもを責めるでない」
我が儘と聞いていたが、部下に責任を押し付けることなく、部下を庇うセルマの態度に、キャミルも少しセルマのことを見直した。
「分かりました。殿下の部下達に部外者の私が出過ぎたことを申しました。お許しください」
「キャミル少佐。許すも何もない。わらわの方こそ礼を申す。そなたはわらわの命の恩人じゃ。かたじけない」
「私は自らの責務を果たしたまででございます。それより……」
キャミルはセルマの後ろに控えて立っていた侍女と召使い達に近づいて行くと、再び、エペ・クレールを抜いて、侍女達に突き付けた。
「キャミル少佐。何をするのじゃ?」
キャミルは、驚いたセルマの方を向かず、侍女達から注意をそらすことなく言った。
「あのロケット弾を、あれほど正確に着弾させるには、誰かが標的の位置を知らせていたと考えるしかない。そして殿下の側にいたのは、私の他には、お前達しかいない。つまり、お前達の中に、ロケット弾を誘導した者がいるはずだ!」
侍女や召使い達は驚いてお互いの顔を見渡した。
「この中に裏切り者がいるというのか?」
セルマの問いにキャミルは、更に侍女達に近づきながら答えた。
「知らず知らず協力していたということかもしれません」
「どういう意味じゃ?」
エペ・クレールを突き付け、自分の情報端末をチラチラと見ながら、侍女三人と召使い二人の周りを一周したキャミルは、エペ・クレールを仕舞うと、一人の侍女に近づいた。
そして、キャミルは、裾の長いメイド服のような服を着たその侍女のスカートをいきなり膝の辺りまでたくし上げた。
「何をなさいます!」
侍女長がキャミルをにらみつけながら言ったが、キャミルはたくし上げたスカートの裏地を侍女長の方に向けた。そこには空豆大の機械が取り付けられていた。
「これは?」
セルマも顔を近づけて、その機械を見た。
「小型のGPS発信装置です。この装置が発する電波に誘導されて、ロケット弾は飛んで来たのです」
「わ、私は何も知りませぬ!」
スカートをたくし上げられていた侍女は必死で否定した。
「知っていたのか、知らなかったのかは、近衛兵達に調べてもらいましょう」
五人の暗殺者達が足を引きずりながら連行されて行くのに続いて、その侍女も近衛兵達に連行されて行った。
「マイラは、わらわが子供の頃からずっと、わらわの側にいた者じゃ。何かの間違いじゃ!」
連行されていった侍女を庇おうとするセルマにキャミルが優しく言った。
「殿下。先ほども申し上げたとおり、マイラという侍女が知らない間に、スカートの裏に、先ほどの装置を取り付けられたのかもしれません。いずれにしろ、近衛兵達が真実を明らかにしてくれるでしょう」
辺りを見渡したキャミルは、とりあえずは、差し迫った危険を見つけることはできなかった。
「殿下。宮殿に比べて、ここは警備が手薄で危険です。第二、第三の攻撃がないとは限りません。とにかく、ここから立ち去りましょう」
「……うむ。分かった」
朝から高かったテンションも鳴りを潜めてしまったセルマは、大人しくキャミルの勧めに従って、離宮から宮殿に戻った。




