Scene:03 狙われる姫君(1)
コンラッド中将から宮殿行きの命令を受けてから、間もなく、戦艦エアリーズに宮殿からやって来たロボット馬車に乗って、キャミルは宮殿に向かった。
宮殿は、帝国の首都機能が集中する地区の真ん中に、広大な敷地を擁して建てられており、キャミルを乗せたロボット馬車は、荘厳な塔がそびえる正門から宮殿に入った。
正門を入った所は、広大な広場となっていた。
「この広場は、皇帝陛下の閲兵式や皇室の祝賀行事などに使用される広場でございます。現皇帝陛下の戴冠式もこの広場で行われました」
馬車に同乗していた皇女の侍女は、求めてもいないのに、キャミルに説明をした。
正門から広場を真っ直ぐに進むと、一際大きな建物が見えてきた。
ドーム型の屋根をした巨大なモスクのような建物で、その四隅にはオベリスクのような高い塔がそびえ立っていた。
「あれが、皇帝陛下が鎮座あそばされている『正殿』でございます。我が帝国の中枢と言って良いでしょう」
「そうですか」
キャミルは、生返事をしながらも、警備上、必要かも知れないと、各建物の位置関係を頭の中に整理させていた。
馬車は正殿の脇を通り、その裏側に入って行った。そこには、美しく整備された庭園が広がり、その先には、正殿と同等の大きさを有する豪華な修道院のような建物があった。
「あれが、セルマ殿下が住まわれている『奥の院』と呼ばれる建物でございます」
馬車は、その「奥の院」の正面玄関で停まった。
玄関に迎えに来ていた侍女長と思われる老女の案内で、キャミルは応接間に通された。
贅を極めた調度品が部屋のあちらこちらに飾られ、高さ十メートルはあろうかという天井には極彩色の絵画が描かれており、これほどの広さが必要なのかと誰しも思ってしまうほどの広い空間の真ん中に置かれた応接セットのふかふかのソファに、キャミルは一人座っていた。
程なく、十メートルほど離れた所にある大きなドアが重々しく開くと、侍女を二人従えたセルマが入って来た。
身にまとったオリエンタル調ドレスは、腕の部分はシースルーで、その他の部分はシルクのような光沢のある素材で作られ、豪華なサンダルを履いた素足が隠れるほどの丈であり、レセプションの時に着ていたドレスよりも質素なデザインであったが、高貴な雰囲気は失われていなかった。
「キャミル少佐!」
すぐに立ち上がったキャミルの側まで来たセルマは、満面の笑みを浮かべて、両手でキャミルの両手を握った。
「よくぞ来てくれました」
「い、いえ、命により参上いたしました」
「堅苦しい挨拶は抜きじゃ。まずは座られよ」
そう言うと、セルマはキャミルの両手を握ったまま、キャミルを一緒にソファに座らせた。
「今日はずっと一緒にいてもらえるのじゃな、キャミル少佐」
「はい。殿下がお休みになられるまで、お側におります」
「うんうん」
セルマは満足げに頷くと、部屋の隅に待機していた侍女達を叱った。
「これ、何をしておる! 早くお茶とお菓子を持て!」
慌てて侍女達がドアを開けると、ちょうど、別の侍女がお茶とお菓子を乗せたカートを押して応接間に入って来るところであった。
「キャミル少佐は甘いものはいかがじゃ?」
「もちろん嫌いではございません」
「そうか、そうか。このお菓子は、わらわの大好物なのじゃ」
「そのようなものを私にも?」
「もちろんじゃ。わらわの好きなものを、キャミル少佐にも好きになってもらいたいのじゃ」
「はあ」
そうしているうちにも、セルマとキャミルの前のテーブルに、ミルクがたっぷり入った紅茶のような暖かい飲み物とチーズケーキのようなお菓子が並べられた。
「さあ、食べてたもれ」
「いただきます」
キャミルは、ケーキ皿を持ち、フォークでケーキを一口大に切ってから口に入れた。レモンのような風味が効いている爽やかな味であった。
そのキャミルの横顔を眺めていたセルマは、ニコニコと笑いながらキャミルに感想を求めてきた。
「いかがじゃ?」
「とても美味しゅうございます」
「そうであろう。どれ、わらわも食べようぞ」
ケーキを平らげたセルマは、キャミルの腕にすがりながら、キャミルに言った。
「キャミル少佐。今日は、どこにお出かけしようかと、昨日からずっと悩んでいたのじゃが、朝起きたら良いお天気だったので、ピクニックに行くことにしておる」
「はい?」
「と言っても、わらわが行ける所は限られておるがの。……昨日、レセプションが開かれた離宮の裏に、とても気持ちが良い庭園が広がっておる。今日はそこに行こうと思うのじゃ」




