Scene:09 ジョセフの娘達(2)
キャミルは左腕の情報通信端末で、アルスヴィッドで待機しているビクトーレに指示を出した。
「ビクトーレ! あの宇宙船を撃ち落とせ!」
「駄目です。艦長達に近すぎて危険です。距離が十分離れてから砲撃を開始します」
メルザの乗り込んだ黒い宇宙船は、反転をするとエンジンを全開にして飛び去った。
アルスヴィッドからビーム砲が放たれたが、アルヴァック号同様、速さを追求した流線型の船体は、あっという間に見えなくなってしまった。
「くそ! 逃したか!」
地団駄を踏んだキャミルだったが、メルザの方が数枚上のようだった。
黒い宇宙船の砲撃を受けて負傷した兵士達の救護を命じたキャミルは、アルスヴィッドの隣に着陸したままのフェンリスヴォルフ号に用心しながら向かった。しかし、フェンリスヴォルフ号からは何も反応が無かった。
開いたままの搭乗ゲートから中に入ったが、その中は張り子のように空洞だった。しかも、よく見ると、かなり雑な作りだった。
「何だ、これは?」
キャミルは、隣にいたシャミルに訊いた。
「私達を油断させるための仕掛けでしょう。フェンリスヴォルフ号がここにあれば、誰も逃げられるとは思いませんからね」
「メルザは、自分が逃げられるように、わざわざこの張り子の宇宙船を作って、ここに置いていたということか?」
「そうですね。それだけキャミルに会いたかったのでしょう」
シャミルとキャミルが張り子の宇宙船から外に出ると、ちょうど、アルヴァック号がやって来て、アルスヴィッドの隣に着陸した。
アルヴァック号の搭乗ゲートから、カーラとサーニャが飛び出してくると、一目散にシャミルの元に駆け寄った。
「船長!」
「カーラ! サーニャ!」
カーラに抱きついたシャミルの後ろからサーニャが抱きつき、まるでカーラがシャミルとサーニャの二人を抱っこしているみたいになって、ほんの数時間ぶりなのに、生き別れになった親族が初めて再会した時のように喜び合った。
「カーラ、怪我は?」
「こんなのかすり傷さ」
包帯のような働きをするジェルサポーターを塗った右手首をバシバシと叩きながら、カーラは言った。
「そうだにゃあ。かすり傷だにゃあ」
「痛っ!」
サーニャは、カーラの右手首を一回軽く叩いただけだったが、カーラは飛び上がって痛がった。
「カーラ。無理をしてはいけません」
「無理なんてしてないさ。アタイの命は船長に拾ってもらったみたいなもんだ。船長のためなら、いつでも、また捨ててやるぜ」
「もう、まったく」
シャミルは呆れながらも、カーラとサーニャに優しい笑顔を見せた。
感動の再会シーンの邪魔をしてはいけないと、少し遠慮をしていたキャミルが、シャミルの側にやって来た。
「どうやら、今回は、二人ともメルザに振り回されたという感じだな」
「そうですね。でも、メルザさんも父上を名乗る人からのメールで、私と会うことになったようなんです。誰かが私達とメルザさんを会わせようとしたみたいです」
「それは私達の父親なのか?」
「父上のアドレスから送られていたそうですが、それが本当に父上からのメールだったのかどうかは分かりません」
「そうか。謎は深まるばかりということか」
「はい」
「ああ、それから、さっきシャミルは、目を見れば、我々がジョセフの娘かどうかが分かると言っていたが?」
「メルザさんが言っていたのです。そして、実際に分かってました」
「どうやって分かったのだろう?」
「キャミル」
シャミルは、キャミルのすぐ近くに寄っていき、自分の顔をキャミルの顔のすぐ前に持って来た。
「な、何だ、いきなり?」
「キャミル。あなたの目をじっくりと見せてください」
「そ、それは良いが……、顔が近すぎないか?」
「だって、これくらい近づけないと、よく見えないんですもの」
これからキスをするかのように、少し身長が高いキャミルの首の後ろに両手を回して、シャミルはキャミルの目をじっと見た。キャミルもシャミルの目の中に注目しているようだった。
赤いキャミルの瞳には、シャミルが映っていたが、よく見ると、その瞳の奥に、星のようにキラキラと輝いている小さな点があった。その光点をじっと見つめていると、突然、フラッシュのように眩しい光が一瞬、輝いたかと思うと、次の瞬間には、白い光に満たされた空間に浮かんでいた。自分の目の前には、やはり呆然とシャミルを見ているキャミルがいたが、二人の周りには、天井も壁も床も無かった。
時間が止まっているかのようにも、ほんの一瞬のようにも思えた。
しかし、次の瞬間、まるでテレビのスイッチが突然オンになったかのように、二人は元いた場所に立っていた。
「……シャミル。今のは一体?」
「キャミルにも見えたのですね?」
「ああ、はっきりと」
「一瞬、別の空間に飛ばされていたような感覚でした。メルザさんもこの不思議な空間を見たのでしょうか?」
「これがジョセフ・パレ・クスルの娘であることの証なのか? 我々の父親は、一体、何を私達に残したのだ?」
「……分かりません。まったく何も分かりません。でも、リンドブルムアイズは、宝石とか美術品とか、そんな経済的価値があるものではなく、何か、強大な力を持ったものなのだそうです」
「そうだとすると、私達の父親は、その力を手に入れて、どうしようとしていたのだ? やはり、只の探検家と考えることはできないのではないか?」
「…………ごめんなさい。今日は、余りにも多くのことがあったので、頭が混乱しています。自分でも考えをまとめることができません」
「ああ、すまん。……シャミルなら、何でもすぐに分かるだろうという先入観で、また質問ばかりをしてしまった」
「いいえ。……でも、また、キャミルに助けてもらいましたね。ありがとう、キャミル」
「約束しただろう。シャミルは絶対に私が守るって」
「キャミル。アタイ達も、命を懸けて船長は守るぜ」
そう言いながらカーラが、サーニャとともに、シャミルとキャミルの側にやって来た。
「そうだな。みんなで守ろう」
カーラの右手首を優しくさすりながらキャミルが言うと、サーニャも手を重ねてきた。
「ウチも忘れないでくれだにゃあ」
キャミルとその両脇に立った副官達に、シャミルは少し頭を下げた。
「ありがとう、みんな。……じゃあ、私はみんなに何を返せばいいのかしら?」
「ずっとそのままでいてくれれば良いさ」
キャミルが笑いながら言うと、シャミルはちょっと不満げに言った。
「カーラ達にも同じことを言われました」
「みんな、考えることは同じということだろう」
カーラとサーニャも嬉しそうにうなづいた。
一旦、兵士達の方を向き、特に重傷者はいないことを確認したキャミルは、再びシャミル達の方に向き、連邦宇宙軍士官として告げた。
「海賊メルザに襲われた被害者を安全な場所まで護送するため、アルヴァック号をアルスヴィッドに格納する。良いかな、船長殿?」
「はい、お願いします」
「カーラもアルスヴィッドの軍医に診てもらうと良い」
「それは願ったりだ。早く治さないと、サーニャだけじゃあ船長の護衛が心許ないからな」
「ウ、ウチだって船長を守ってあげるのにゃあ!」
「お願いしますね。サーニャ」
少し膝を折ってサーニャに微笑んだシャミルは、キャミルの方に向き直って言った。
「それでは、キャミル。またまた、お邪魔します」
「ああ」
並んでアルスヴィッドに向かうキャミルにシャミルが話し掛けた。
「キャミル。もう一度、ゆっくり目を見せてくださいね」
「えっ、……あ、ああ。そ、そのうちにな」
「え~、今ここで!」
「わ、私を困らせるな!」
「ふふふふ。それじゃあ、二人きりの時にね」
赤い目よりも顔を赤くしたキャミルと腕を組んで、シャミルは小悪魔のように笑った。




