Scene:09 ジョセフの娘達(1)
目を覚ました時、シャミルは地面に打ち付けられた杭に後ろ手に縛られて立たされていた。
すぐ目の前には、フェンリスヴォルフ号が着陸しているのが見えたが、辺りには誰もいなかった。
首を回して周りを見渡してみると、右手にはそれほど高くはない山が連なっており、左手に向かって扇状地のように開けている原野のようだった。
「お目覚めかい?」
真後ろからメルザの声がしたと思ったら、杭ごと後ろからシャミルを抱きしめるようにして、顔を近づけてきた。
「そろそろ来る頃だよ」
メルザがその台詞を言い終わった直後に、空が急に暗くなった。
シャミルが、空を見上げると、上空に黒い小さな点が見え、その点はみるみる巨大なギャラクシー級戦艦の姿となって、フェンリスヴォルフ号のすぐ隣に着陸した。
そして、間髪を入れずに、アルスヴィッドの船底から乗降ゲートが開いて、階段状のゲートが地面に接地すると、迅速にそして整然と、武装した兵士達の一団が降り立ち、戦列を組んで、メルザと対峙した。
そして、その兵士達の後ろから、キャミルが進み出てきた。
「海賊メルザか?」
「そうだよ。初めまして、キャミル少佐」
「どうして私の名前を知っている?」
「ふふふふ。連邦アカデミーを首席で卒業して探検家をしているシャミルさんと、連邦第一士官学校をこれまた首席で卒業したキャミルさんの話なんて、アスガルドで訊けば、いくらでも耳に入ってくるよ」
「キャミル! 気をつけて! これは罠です!」
シャミルが叫んだ。
「罠?」
「あなたをおびき寄せるための罠です!」
「シャミルを餌に私をおびき寄せたというのか? だが、そうだとしても、この状況で逃げおおせるはずはない。メルザ、お前の計画はどうやら失敗のようだな」
「そうだね。こんなに早く、あんたがやって来るとは思わなかったよ。さすがは宇宙軍の超エリートさんだね」
そう言うと、メルザはキャミルの方に数歩進み寄った。
「ふふふふ。どうだい? あんたも自分の手で直に私を捕らえてみないかい?」
「どういう意味だ?」
「私と差しで勝負しないかって言ってるんだよ」
「何?」
「どうせ、私はもう袋のネズミさ。でも、私も女狼と呼ばれたメルザ様だ。一矢を報いたいと思ってね。あんたと差しの決闘を申し込むよ」
「艦長、相手にする必要はありません」
キャミルの側にいたマサムネがキャミルを止めた。
「いや、私も連邦軍人の端くれ。海賊から戦いを挑まれて背中を見せたと言われたくはない」
「艦長!」
「心配するな。私は負けない。皆も手を出すな!」
キャミルは兵士達にそう告げると、兵士達の戦列の前から、一人、メルザの前に進み出た。
「ふふふふ。勇気のあるお嬢さんだこと。尊敬するわよ」
その言葉を言い終わらぬうちに、メルザは剣を抜いて、キャミルに突進し、打ち掛かってきた。
しかし、キャミルも素早くエペ・クレールを抜いて、メルザの剣を防いだ。
振り回す剣の軌跡も見えないほどの素早い剣さばきで、二人は数合打ち合った。そして、いったん間合いを取ったメルザが、再びキャミルに突進して袈裟懸けに剣を振り下ろしたが、キャミルも剣を立ててそれを防ぐと、二人はそのまま、それぞれの剣を自らの体に近づけ、力を込めて押し合った。顔と顔を近づけながら、全身の力を込めて、つば競り合った。
メルザは、キャミルの目を見つめて、満足げに笑った。
「赤い目の娘。……やっぱりそうだ。間違いない。あんたもジョセフの娘だね」
キャミルは、動揺を隠せずに強引に剣を払って、少し後ろに下がって間合いを取った。
「どうして私がジョセフの娘だと言える?」
杭に縛り付けられたままのシャミルがキャミルに向かって言った。
「メルザさんは、私の目を見て、父上の娘だと分かったみたいです。キャミルもそうだったのでしょう」
「私の目を?」
「ああ、そうだよ。本当にそうなのかどうかを、この目で確かめたかったのさ」
メルザは、シャミルの方に振り向くと、近づいて来た。
「待て、メルザ! シャミルをどうする気だ?」
キャミルがメルザに突進をしようとすると、メルザはキャミルの方に向き直った。
「心配しなくても良いよ。シャミルさんを解き放してあげようと思ったのさ」
「何?」
メルザはキャミルから注意を逸らさずに、後ずさりしながらシャミルの近くまで来ると、持っていた剣で、シャミルを杭に縛り付けていた縄を切った。
「さあ、シャミルさん。キャミルさんの近くに行って良いよ」
シャミルは、メルザの考えがまったく読めずに、いぶかしがりながらも、ゆっくりとキャミルの側に近づいて行き、隣に立った。二人が並んで立っている時にいつも感じるようになった、コト・クレールとエペ・クレールが震えているのが分かった。
メルザは、並んで立った二人をじっと見ていたが、少し落胆したような表情を浮かべた。
「ジョセフの娘が二人揃えば、何かが起きると期待したんだけどねえ。……でも、コト・クレールとエペ・クレールが少し荒ぶるだけみたいだね。まだ、何かが足りないようだ」
髪を掻きながら、独り言のように呟いたメルザだったが、落胆した表情は、顔を上げて、キャミルとシャミルを見つめた時には消えていた。
メルザは剣を収めながらキャミルに言った。
「でも、今日は色々と分かったことも多かったよ。キャミルさん、あんたはかなりの剣の使い手のようだね。あんたと真剣勝負をするのはお預けにするよ」
「何! 自ら勝負を挑んできておいて逃げるのか?」
「ああ、そうだよ。申し訳ないが、今、あんたに捕まる訳にいかなくなった。まだ、色々とやりたいこともできたからね」
「逃げられると思っているのか?」
しかし、その時、不敵な笑みを浮かべたままのメルザの背後、遠くに見えていた低く連なった山の向こうから、黒い宇宙船が出て来ると、低空を飛行しながら、みるみるメルザに近づいて来た。
「ふふふ。それでは、二人とも、また会いましょう。ごきげんよう」
メルザは突然、空に飛び立った。その背中からは小さな羽のようなものが見えていた。
「何? 反重力グライダーを背負っていたのか! 撃て! 撃ち落とせ!」
キャミルの命令で一斉にビーム銃が放たれたが、パーソナルシールドを展開していたメルザの手前で弾き返されていた。
逆に、近づいて来ていた黒い宇宙船からビーム砲が放たれ、シャミル達の近くに着弾して、数人の兵士達が吹き飛ばされてしまった。
アルスヴィッドの横に停まっているフェンリスヴォルフ号とうり二つの黒い宇宙船は、ちょうどシャミル達の真上の空中でホバリング状態になり、搭乗ゲートが開かれると、メルザは、すばやくその宇宙船に乗り込んでしまった。
メルザは、その宇宙船のゲートにいったん腰掛け、シャミル達に投げキスをすると、振り返り、そのまま宇宙船の中に消えていった。




