Scene:08 海賊船フェンリスヴォルフ号(3)
父親が生きていることの証とも言えるメルザの台詞に、シャミルは興奮を抑えきれなかった。
「ち、父上から連絡があったのですか?」
「そうさ。伝えたいことがあるから、アスガルドの第二宇宙港のハーバーに一人で来いとメールが来ていたのさ。私のアドレスを知っているのは、ジョセフくらいだからね」
「あ、あなたは、私の父上と、どういう関係なのですか?」
「言っただろう。ジョセフと一緒にアルヴァック号に乗っていたと」
「父上と一緒に探検をしていたということですか?」
「そうだね」
メルザの言葉に偽りの匂いはしなかった。
シャミルは、父親がメルザと一緒に海賊をしていたのではないかとの不安を払拭することができた。
「それでは、父上は、今、どこにいるのですか? 今日、会えたのですか?」
「残念ながらジョセフは来なかったよ。代わりに、アルヴァック号とあんたに会えたけどね。どうやらメールの主は、私とあんたを会わせることが目的だったらしいね」
「父上からの連絡はメルザさんにはちょくちょくあるのですか?」
「いいや、どれくらいかね。……四年ぶりくらいかな、ジョセフから連絡があったのは」
「すると、メルザさんも四年前から父上と連絡が取れていないということですか?」
「ということは、あんたもそうだってことかい?」
「はい。父上とは一緒に住んではいませんでしたが、私の小さい頃は、ごくたまに私の家に来てくれていたような記憶はあります。私が小学校に入ってからは、家に来ることもなりなりましたが、よくメールは送ってきてくれました。でも、私が中学校に入る頃には、メールも来なくなりました」
「それが四年前ってことかい?」
「はい」
「あんたは、まだ若いんだねえ。羨ましいね」
近くで見るメルザの顔は、年齢不詳な美しさであったが、肌の張りとか、引き締まったプロポーションからは、まだ、二十歳代ではなかろうかと推測できた。
「私も、四年前まで、ジョセフと一緒にリンドブルムアイズを探していたのさ」
「四年前に、いったい何があったのですか? その時のことを、メルザさんはご存じなんですか?」
「四年前……。そう、四年前に、ジョセフは、突然、いなくなった。あんたにメールが来なくなったのと、おそらく同じ頃だろうね」
シャミルは、メルザに肩を抱かれたまま、メルザの昔話に聞き入った。
「四年前。新しい船を造ったって言って、それまで乗っていたアルヴァック号から、その船に乗り換えたんだ。その船の名前は、フェンリスヴォルフ号って言うんだよ。私は、アルヴァック号は、てっきり中古船市場にでも出したもんだと思っていたのだけどね」
そこまでしゃべると、メルザは、テーブルに置いていたグラスを持ち、残っていた酒を一気に飲み干すと、ソファから立ち上がり、カウンターに向かった。
「フェンリスヴォルフ号は、アルヴァック号よりも大きく、エンジンも最新鋭で超高速を出せる船だった上、ビーム砲も多く搭載していて、戦闘能力も高い船だった」
「探検家である父上がどうして、そんな戦闘艦を?」
「ふふふふ」
シャミルの問い掛けに、渇いた笑い声だけで答えたメルザは、グラスに新しい酒を注いで、カウンターに背もたれながら話を続けた。
「そのフェンリスヴォルフ号の処女航海でテラに行き、その日はテラに停泊するということで、私達はフェンリスヴォルフ号で寝泊まりすることにしたが、ジョセフは行く所があるからと言って、一人、テラの街に消えて行った。そして、そのまま、行方不明さ」
「テラで?」
「ああ、そうさ。ひょっとして、あんたの母親の所にでも行ったのかもね」
「そうだったのかもしれません。でも、その頃から、私達の前からも父上は消えてしまったのです」
「誰にも何も言わずに忽然と消えたってことだね?」
シャミルは、メルザが意図的に隠している事実、まだ話していないことが沢山あると感じていた。
「あなたは、父上とどうやって知り合ったのですか?」
「それは訊かない方が良いんじゃないかい」
「どういう意味ですか?」
「好きに想像してもらって良いよ」
「そ、それでは、父上がいなくなった後、あなたはどうして海賊になったのですか?」
「それも訊かない方が良いよ。そんなに幸せな気分になれる話じゃないからね」
メルザは再び、グラスを持って、シャミルの隣に座った。
「シャミルさん。その怒った顔も可愛いねえ。思わず虐めたくなっちまうよ」
シャミルは、ぷいと視線をメルザから背けた。
「ふふふふ。そうだ。一つだけ教えてあげるよ。ジョセフが残したフェンリスヴォルフ号は私が受け継いだんだよ。そう、フェンリスヴォルフ号てのは、この船だよ」
「……!」
シャミルは、思わずメルザに顔をまた向けた。
「軍の艦船以外で、これほどの戦闘力を持っている船ってのは、そんなに無いだろうね」
「父上は何のためにこんな戦闘艦を?」
「私とずっと一緒にいたら、ぽろっと口走るかもしれないよ。シャミルさん」
メルザは、シャミルの前髪を優しく撫でていたが、ふいに目線をシャミルの背後に移した。
「そろそろ着くよ」
シャミルが後ろを振り向いてみると、壁に小さなモニターが付いており、そこには居住可能と思われる青く輝く星が映し出されていた。
しかし、フレキ空域には、居住可能惑星は無かったはずだ。
「ここは?」
「フレキⅣの衛星だよ」
「……! メルザさん、何を考えていらっしゃるんですか?」
シャミルはメルザの目的が分からなかった。フェンリスヴォルフ号は、シャミルを拉致したフレキⅣの衛星から飛び立って、その周りをふらふらと飛び回ってから、再び、フレキⅣの衛星に舞い戻って来たということになる。
「もう一人のジョセフの娘を呼び寄せたいのさ」
「えっ!」
「キャミルさん、だったね?」
「まさか……」
「あんたがその腕に付けた端末からラブコールが出ていたんだろう?」
「……」
「ふらふらと、この飛び回っていると、その船が後をつけてきているかどうかが分かるからね」
レーダーに映る船が自分の船を追って来ているかどうかを見極めるためには、不規則に進路を取れば一目瞭然だ。
フェンリスヴォルフ号は、フレキⅣの衛星の赤道付近に向けて高度を下げて行った。
メルザは、立ち上がると、シャミルに右手を差し出した。
「さあ、おいで。一緒にお出迎えをしようじゃないか」
メルザが伸ばした右手が、ふいにシャミルの顔に近づいたかと思うと、シャミルは、眠り込むように意識がなくなり、ソファに倒れ込んだ。




