Scene:05 回想――永遠に無くならない負債――(1)
グリンブルスⅥの探査を終えて、シャミル達は依頼主である商人の本店にやって来た。
あらかじめ、メールで簡単な調査結果は知らせていたが、シャミルは、記念すべき最初の惑星探査の結果を、直に依頼主に報告をしたくて、やって来たのだ。もっとも、商会当主は忙しいの一点張りで会おうとはせず、商会の広報担当のそれも末席の係員が対応するということになっていた。
今回の依頼主たる商会は、積極的に惑星探査の依頼を出している、大企業といえる商会であったが、ミッドガルド市にそびえ立つ超高層ビル内の商会本店の応接間に通されて、既に一時間近く経っていた。
「いつまで待たせるつもりなんだい? 船長、わざわざ商会の人間に会わなくても、探査結果を収めたメモリを置いておけば良いんじゃないかい?」
「相手の方もお忙しいのでしょう。せっかくですから、もうちょっと待ちましょう」
シャミルは微笑みを絶やさずに言うと、カーラはため息をつきながらも、ソファに座り直した。
応接間のドアが開き、一人の若い男性が、手に書類を持って入って来た。
「お待たせしました」
待たせたことを詫びる台詞であったが、事務的に、しかも頭も下げずに言ったその台詞は、シャミル達には届かずに、応接間の天井を抜けて行ってしまったかのように虚ろに響いた。
その男性は自己紹介もせず、シャミル達の対面のソファに座ると、自分が持って来た書類を眺め始めた。どうやら、シャミルが数日前にメールで送った報告書のようであったが、今、初めて読んでいるのか、書類を顔に近づけて読みふけっていた。
「あの~」
シャミルが話し掛けようとすると、男性は掌をシャミル達に差し出して、無言で制止させた。
二、三分、無言で書類を読んでいた男性が目を上げると、シャミル達に話し掛けてきた。
「結局、この時空の割れ目が、不特定の場所に頻繁に出現して、その原因を取り除かないと、この惑星は利用できないということだな?」
「はい、そうです。調査の顛末と合わせて、もう少し、詳しくご報告をさせていただきたいのですが……」
「うん? この報告書に書かれている結論が変わるかもしれないような事実があるのか?」
「いえ、結論は、その報告書に載せているとおりで変わることはありません。しかし、いくつか補足説明をさせていただければと思います」
「それを聞いても、結局、その惑星には利用価値は無いという結論が変わる訳ではないんだろう? それなら聞くまでもない」
せっかく探査依頼を出したのに、このままでは居住可能惑星として開拓できないという結論に、探査費用の回収もできない商会としては、面白くないことは事実だろう。
「私達も危険な経験をしましたので、これからも惑星探査の依頼をされるのであれば、ご参考までに、その辺りのことを、ご説明させていただきたいのですが……」
シャミルがそう言うと、男性は明らかに不快そうな顔をした。
「報酬に文句でもあるのか? それはあらかじめ上乗せして倍近い報酬額を提示して依頼を出していたぜ」
「いえ、そういう訳ではなくて……」
「探検家は依頼された内容をちゃんと実行してくれれば良いんだよ。こっちはそのために高い銭を払っているんだからな」
「…………」
「そして、我々が知りたいのは、その惑星が利用価値が有るのか無いのかだけだ。探検家がどんな危険な目に遭ったかなんて興味もないし、それを我々が聞くことで何かの利益になるのか?」
「…………」
「危険負担は探検家の自己責任だろう? そんなことに、こっちはいちいち構っていられないだよ。我々は商機を逃さすことのないように、次から次へと探査依頼を出さなくてはいけないんだ。そのために、探検家ギルドにも高い金を出して探検家を雇っているんだ」
「…………」
「この件はもう良いよ。調査結果のメモリはそこに置いておいてくれ」
「…………分かりました」
シャミルはそう言うと、探査結果の詳細データが入ったメモリを応接セットのテーブルの上に置いた。そして、男性が持っていた書類に左手を伸ばし、それを奪い取ると、右手でコト・クレールを抜いた。
「な、何をする? 脅迫するつもりか?」
男性は今までの傲慢な態度から一転、怯えたような顔でシャミルを見た。
シャミルは、男性をにらみつけながら、書類を机の上に置き、メモリを書類の上に置き直すと、そのメモリにコト・クレールを突き刺した。
メモリは真っ二つに割れてしまい、その下にあった書類は青白い炎をあげて、あっという間に燃え尽きてしまった。
「……!」
シャミルの両隣に座っていたカーラもサーニャも驚いた。探査結果のデータがこれで消えてしまったからだ。
コト・クレールをナイフシースに仕舞ったシャミルは、二つに割れたメモリを右手で持つと、いきなり男性の顔に投げつけた。メモリは、みごとに男性の眉間にぶつかり、めり込んでいるように、眉間に張り付いたままだった。
「ぐっ! ……な、何をする!」
男性が眉間のメモリを取り除きながら、シャミルに対して文句を言ったが、シャミルが見せていた怒りの表情に、怯えを拭い去ることはできなかったようだ。
そんな男性に、シャミルは毅然と言い放った。
「探検家は商人の方の使用人でも召使いでもありません! 対等なパートナーであるはずです。私は探検家という職業に誇りを持って、この仕事を始めました。そして、今回の依頼は、仲間の力を借りて、やっと遂行できたのです。お金を出すだけで、安全な場所にいるあなた方には分からないでしょうけど、私達は命を懸けて、惑星探査をしているのです。それを理解しないで、お金さえ出せば、人の命させも買えると思われているような商人の方からは、今後、一切、依頼を受けるつもりはありません!」
シャミルは、怒りの眼差しを男性に向けたまま立ち上がった。
「今回の契約も無かったことにさせていただきます。先に送ったメールも削除させていただきます。違約金もちゃんと支払ます。それでは失礼します!」
シャミルは、きちんとお辞儀をすると、唖然とする男性を残して、応接間から出て行った。
カーラとサーニャが慌てて後を追って来た。




