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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episodeー03 命を賭して守るべきもの
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Scene:04 回想――初めての惑星探査――(2)

 エンジンリミッターは、宇宙船の安全運行のため、エンジンの過剰運転を避けるように、エンジンが最大限出力できる性能の約八十パーセントにエンジン出力をセーブさせる装置であり、法律で装着が義務付けられているものである。

 リミッター装置は、スピードを競わなければならないレースに出場する場合などに、事前にエンジンから分離させておくことはあるが、通常の航行でリミッターを解除することは許されておらず、緊急に危険を回避する必要があるなど、エンジンをオーバードライブさせてもやむを得ないと船長が判断した場合に限り許されていた。もっとも、どのような場合にリミッター解除をすることが許されるかは、現実には想定されていない。

 また、今のように、エンジンをフルパワーで稼働中にリミッター解除することは、非常に危険を伴う作業であり、そんなことを思いつく船長は皆無かいむと言っていいだろう。

 しかし、今がどんな状況であるかは、機関室にも伝わっていた。

「エンジンを止めないでリミッターを外したことはねえが、やってみますよ!」

 大型貨物船の機関長をつとめ上げ、定年退職リタイヤしていたが、航海の楽しさを忘れられずに、シャミルの船乗り募集に応じてきた機関長は、何となく楽しそうに答えた。

 リミッターを解除するには、リミッター装置をエンジンから物理的に分離させる必要がある。その作業手順を少しでも誤れば、エンジンが停止するか、暴走するかのどちらかだ。

「お願いします」

 相変わらず、前進もせず、後退することもなく、アルヴァック号は船体を小刻みに震わせながら、空中に浮かんでおり、機関室からの連絡を待っている艦橋かんきょうでは、時間が間延まのびしているかのように長く感じられた。

 十分ほど経過した頃、機関室からリミッター解除の準備ができた旨の連絡が入った。

「いつでも解除できますぜ!」

「十秒後に解除! 解除後、すぐにブレーキブーストをかけます! 全員、衝撃に備えてください! ……五、四、三、二、一、解除!」

 機関室では、エンジンとリミッターをつなげていた最後の部品を、シャミルの合図に合わせて外した。

 次の瞬間には、艦橋かんきょうスタッフは座っている椅子に押し付けられるような感覚を覚えた。それまで結ばれていたゴムの紐がちぎれたように、アルヴァック号は前に飛び出した。

「ブレーキブーストレベル五!」

 タイミングをはかって、シャミルが急減速を命じた。そうしないと、アルヴァック号はグリンブルスⅥの地表に激突してしまうからだ。時空の割れ目の吸引力とアルヴァック号の推進力のバランスを瞬時に計算した上で、適切なタイミングで出したシャミルの指示のおかげで、アルヴァック号はグリンブルスⅥ上空五千メートルで停止し、そのままホバリング状態となった。

 艦橋かんきょうスタッフにも安堵あんどの表情が浮かび、全員が自分の席で大きく息をついた。

「何てこった。これが魔の空域の正体なのか?」

 カーラがひたいの汗をぬぐいながら、独り言のようにつぶやいた。

「でも、時空の割れ目が突然できたりするにゃんて、聞いたことがないにゃあ」

「この銀河の大海原には、まだまだ私達の知らないことがたくさん存在するのでしょう。そんな未知の事象じしょうを発見して、その不思議を晴らしていくことこそ、探検家冥利(みょうり)に尽きるとは思いませんか?」

 シャミルは、今まで講義や研究書でしか知らなかった事象じしょうを、じかに目で見ることができたことが嬉しくて、ニコニコと微笑みながら、カーラとサーニャに言った。

「まあ、その考えも分かるけどさ、命あってのものだよ。でも、よく、リミッター解除を思いついたねえ」

「たまたまですよ」

 褒められたシャミルは照れ笑いをカーラに向けた。

「しかし、船長。やっぱり危険だ。これ以上、この空域にはいない方が良いんじゃないか?」

「いいえ。もう、しばらくは時空の割れ目は現れないでしょう。それが一時間後なのか一日後なのかは分からないですが」

「どうして、そんなことが言えるんだい?」

「これは、はっきりと確立された理論ではないですが、時空の割れ目は、銀河のあちらこちらで発生している重力による空間のゆがみのしわ寄せが特定の空間に集まって起きるという考え方があります。つまり、一枚の布のあちらこちらで無理に引っ張ったり、縮めたりしていると、その布のどこかがほころびてしまうのと同じなのです。そして、一度ほころびると、その分だけ遊びというか余裕ができますから、また布が耐えきれなくなるまでは、ほころびができないという訳なんですね」

「その理論というのは信頼できるのかい?」

「ええ、連邦アカデミーの時空学の教授が唱えられている説ですから」

「さすがだねえ」

「でも、先ほども言ったとおり、空間が耐えられなくなるまでに、どれだけの時間が掛かるのかは、まったく分かりません。早く探査を済ませましょう」

「止めるとは言わないんだね」

「可能性がある以上、チャレンジすべきです」

「……分かったよ。それじゃあ行くか!」

「はい」

 アルヴァック号は地表に向けて降下して行った。

 大陸の一つに近づいていくと、サバンナのように、所々に灌木かんぼくが生えている草原が一面に広がっているのが見えてきた。そして、更に高度を下げると、牛か馬のような野生動物の群れが、アルヴァック号の影におびえて、右往左往して走り回っているのが見えた。

 アルヴァック号は、上空約二百メートルを寒帯から熱帯まで、くまなく飛行してみたが、生物は「動物」レベルのものばかりで、知的生命体の存在は確認できなかった。そして、その間に大気成分や放射線量、紫外線量などを測定して、ヒューマノイドが居住するのに適していることが確認できた。

 シャミルは、温帯地域にある湖のほとりの広大な草原にアルヴァック号を着陸させた。

「この惑星には、私達が初めて降り立つのですね。何だか感動します」

 艦橋かんきょうから搭乗ゲートに移動しながら、シャミルがカーラとサーニャに言った。

「そうだろう。この時の感動が忘れられなくて、アタイ達も探検家を続けているみたいなものだからな」

 搭乗ゲートに着いた三人は、もう一度、外気成分や放射線量などを測定して、宇宙服を着なくとも問題がないことを確認したが、マニュアルどおり、もしもの場合に備えて、ベルトポーチ大の簡易酸素ボンベを、それぞれのベルトに装着してから、ゲートを開けた。

 階段状になっているゲートが、アルヴァック号の船底から伸びて地表に接地すると、三人はゲートを通って、地表に降り立った。

 良く晴れた青空の下の見渡す限りの地平線に、爽やかな風が吹き抜けており、湖の水面にさざ波を立たせていた。

 シャミルは、その惑星に上陸したことを公式に明らかとするための、惑星開発省公認のICチップ内蔵のプレートを地表に打ち込み、映像記録も残した。

 カーラとサーニャが湖から液体を採取して、簡単な成分測定をすると、「水」であることが確認でき、不純物は検出されなかった。

 カーラがまわりを見渡しながら言った。

「空気、水、そして気候。すべて申し分ないじゃないか。こりゃあ、かなり快適度が高い居住可能惑星だよ」

「そうですね。時空の割れ目さえ無ければですけど」

「さっき船長が言った理屈では、この惑星に時空のゆがみが集積してきているということだよな?」

「ええ」

「それって解消させることはできないのかい? それか、ゆがみが集まる位置を変えることはできないのかい? せっかくの居住可能惑星なのに、いつ、また時空の割れ目ができるか分からないようでは、安心して移住できないよな」

「そうですね。それができるという話は聞いたことがありません。それに、それは依頼主さんが考えるべきことであって、我々は、この惑星のデータを詳しく調べて、それをありのままに依頼主さんに報告するだけです」

「ああ、まあ、そうだな」

「それでは、別の地点にも行ってみましょう」

 アルヴァック号に戻ろうとしたシャミルは、五メートルほど離れて立っていたカーラの背後の景色が、陽炎かげろうのように揺らいで見えたのに気がついた。


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