Scene:02 回想――旅立ち――(1)
テラ族の故郷惑星テラ。
かつて地球と呼ばれていたこの惑星は、銀河連邦の首都惑星であったが、連邦の領土空域が拡大するにつれて、その位置が相対的に辺境となり、首都としては不便であるという理由で、銀河暦百二年、アスガルドにその地位を譲った。そして、その後は、古き良き物が残っている古都として、そして、テラ以外の惑星で生まれたテラ族にとっては、その祖先が生まれた惑星として、毎年多くの観光客が訪れる観光惑星となっていた。
シャミルの実家は、その昔、パリと呼ばれていた地区にあった。
シャミルの母方の曾祖父が始めた骨董店を、祖父そしてシャミルの母親マリアンヌ・シモンが引き継いで、現在も、その確かな鑑定眼をもって、多くの馴染み客を有する店として、「シモンズ骨董店」という屋号で営業中であった。
連邦アカデミーを二年という短期間で、しかも首席で卒業したシャミルは、学生寮を引き払って、二年ぶりに実家に戻って来た。その日はちょうど、店の定休日であり、店に併設されている自宅の応接間で、シャミルは母親に帰宅の挨拶をしていた。
骨董店をやっているだけのことはあり、応接間の中は、趣味の良い調度品が飾られ、優雅な雰囲気が漂っていた。
「母上。つつがなく卒業をいたし、ただいま帰ってまいりました」
「お帰りなさい。卒業おめでとう」
シャミルの前には、休日であるにもかかわらず、しわ一つ無いスーツをバリッと着こなし、上品なアクセサリーを身に付けている母親が、背筋を伸ばして、アンティークなデザインのソファに腰掛けていた。
シャミルと同じプラチナブロンドの髪をアップにして、細身の眼鏡を掛けたシャミルの母親は、まだ三十歳代後半の、若く美しい骨董店主と評判の婦人であり、シャミルは、その美貌を余すことなく受け継いでいた。
「弁護士試験と高級官僚採用試験にも合格したそうですね。どちらの道に進むつもりなのですか、シャミル?」
母親は未婚のまま、一人娘のシャミルを生んでおり、母親はその愛情のすべてをシャミルにつぎ込んできたと言っても過言ではなかった。シャミル同様、連邦アカデミーを首席で卒業している才媛である母親は、シャミルに、勉強はもちろん、いかなる世界の男性に嫁いでも恥ずかしくないように、料理などの家事をはじめ、様々なお稽古事を習わせた。シャミルも、母親に文句一つ言わず、母親の勧めに素直に従って、それらの知識や技能をみるみると修得していった。母親の思い描いているシャミルの未来は、就職をしたとしても、最後には良縁に恵まれて、良妻賢母への道を歩むことであることは明らかだった。
しかし、今、シャミルは生まれて初めて、母親に抗おうとしていた。
「母上。その二つの試験は、教授から『受けてみなさい』と言われたので、受けてみただけなのです。私は、そういった職業に就職するつもりはありません」
「そうですか。それでは社交界にでもデビューしますか?」
「いいえ。私は、もっと世の中のためになるような仕事をしたいのです」
「弁護士や政府高官も世の中のためになる仕事だと思いますが? ……それでは何になるつもり?」
「私は……」
言葉に詰まったシャミルは、勇気を振り絞って、自分の正直な気持ちを母親にぶつけた。
「私は、父上の後を継ぎたいと思います!」
「どういうことかしら?」
「私は、探検家になりたいのです!」
「…………そう」
シャミルの予想に反して、母親は穏やかな顔つきのまま、シャミルを見つめていた。
「……母上。反対されないのですか?」
「私が反対すると思っていたの?」
「少なくとも賛成はしないだろうなとは思っていました」
「そうね。……賛成はしません。どんな親だって、危険な職業に就こうとする我が子を引き留めたいと思うでしょう」
「……はい」
「でも、あなたがお父上の事を大好きだってことも分かっていましたから、もしかしたらお父上の後を継ぐと言い出すのではと、密かに思ってはいました」
「……母上は、いつもお見通しですね」
「あなたは嘘がつけるような子ではありませんからね。探検家になりたいと、ちゃんと顔に出ていますよ」
シャミルは思わず、両手で自分の顔をこすってしまった。
「ほほほほ。消えていませんよ」
母親は、シャミルが可愛くてたまらないという笑顔を見せていたが、やがて心配そうな顔つきに変わった。
「でも、シャミル。探検家になりたいといっても、先立つ物はあるのですか? 船はどうするの? 船が用意できたとして、一人で航海なんてできませんよ。船乗り達も集めなければならないでしょう。そして、それらにはすべて資金が必要ですよ」
「はい。……とりあえず、他の探検家の方のスタッフに入れていただこうかと考えています。そこで経験を積んで、資金も貯めてから、自分の船を持とうと思います」
「雇われ探検家になると?」
「はい。まだ具体的に誰の元で働くかは、全然決めていませんが、母上のお許しが出たら、早速、探したいと思います」
「そうですか」
母親はしばらく腕組みをして考え事をしているようだったが、何かを吹っ切ったように立ち上がった。
「シャミル。一緒に来なさい」
「はい?」
シャミルが立ち上がった時には、母親は既に応接間の出口に向かっていた。慌ててシャミルが追った母親が向かった先は、自宅の横にあるガレージだった。
「母上。どちらに行かれるのですか?」
「黙って一緒に来なさい」
ガレージに停めていたエアカーの運転席に母親が、助手席にシャミルが乗って、自宅から走り出すと、ほんの十五分ほどで郊外の宇宙船係留地に着いた。
そこは小型宇宙船専用の宇宙港に併設された係留地で、探検家の業務用、観光業者の観覧飛行用、セレブ達のレジャー用など、様々な種類の小型宇宙船が見渡す限り係留されていた。
母親は、場所を思い出しながら運転しているようで、辺りを見渡しながら、係留地内の通路上をゆっくりと走っていたが、目的の宇宙船を見つけたようで、少しスピードを上げて、一隻の宇宙船の近くまで行くと、エアカーを停めた。
母親とともにエアカーを降りたシャミルが、その船を見てみると、全長四十メートルほどの流線型をした小型宇宙船であった。船首付近のボディには、連邦の公用語で「アルヴァック号」と書かれていた。
「シャミル」
「はい」
呼ばれてシャミルが母親の方を向くと、母親は、懐かしいものを見ているような眼差しで、宇宙船を見つめていた。
「この船をあなたに差し上げましょう」
「えっ?」
「この船は、今日からあなたのものです」
「あの、……この船は一体?」
「この船は、お父上の船です」
「父上の?」
「そうです。お父上と連絡が取れなくなるちょっと前だったかしら。お父上は新しい船を買ったから、この船はもう乗らないとおっしゃったのですが、この船を処分することはしませんでした。ここに係留しておくと費用も掛かるので、私が処分をしてくださいとお願いしたこともありましたけど、『いつか役に立つ時が来るから』と言って、首を縦に振りませんでした」
「いつか役に立つ時が来る……」
「そう。それが、今なのかもしれませんね」
「父上は、私が探検家になると思ってらっしゃったのでしょうか?」
「分かりません。でも、お父上と連絡が取れなくなって四年。……もう、この船を取りに来ることはないでしょう」
母親の視線は、宇宙船を通り抜け、遙か彼方を見つめているようだった。




