Scene:01 追憶へのいざない
シャミルは、アスガルドの商人から依頼を受けた惑星探査を無事に終え、いつもどおり、その結果を、依頼主に直接、報告するために、アスガルドに向かっていた。
アスガルドには、アルフヘイム首都特別区だけではなく、連邦経済の中心地ミッドガルド市があり、多くの商会の本店が集まっていたことから、惑星探査の依頼も多く出されており、探査結果を必ず依頼主の元に赴いて報告しているシャミルは、アスガルドにはたびたび寄港していた。
スレイプニール移動システムを使った超光速航行から通常航行に移行し、自動航海に切り替えたアルヴァック号の艦橋には、一つの仕事をやり遂げたという充実感と、危険な辺境空域から帰って来たことによる安堵感が広がっていた。
宝石箱をひっくり返したような、輝く星のトンネルの中を進んでいるアルヴァック号の真正面には、恒星ユグドラシルが一際大きく輝いていた。
宇宙船の航行量が多い首都空域では、それほどスピードを出すことはできないことから、ユグドラシル恒星系第三惑星であるアスガルドに到着するには、あと一時間ほどは掛かりそうだった。
「アスガルドも久しぶりだな」
副官席に座ったカーラが、艦橋モニターを見つめながら、誰にともなく言うと、さっそくサーニャが突っ込んできた。
「一か月前に行ったばかりだにゃあ。脳味噌の記憶中枢も筋肉に取って替わられたのかにゃあ?」
「どういう意味だよ、そりゃ! ……でも、そうだったかい?」
「間違いないにゃあ」
「そう言えば、そんな気がしてきたな。……まずいなあ、本当に物忘れが酷くなっているような気がするよ」
「もう、歳だにゃあ」
「うるさいよ! 確かに、サーニャよりは年上だが、五歳くらいしか違わないだろうが」
「五歳も違えば、大きな違いだにゃあ。中学生と大学生くらい違うにゃあ」
「例えがおかしいだろう。九十歳も九十五歳も老人には違いないだろうが!」
「そっちこそ、例えがおかしいにゃあ!」
二人の副官席の前に座っている、航海士、通信士、そしてレーダー担当の三人の艦橋スタッフは、この凸凹コンビの掛け合いに笑いをかみ殺しながらも、それぞれの席の前に設置されたモニターを見つめて、注意を怠ることはなかった。
そして、新入り艦橋スタッフであるピキは、副官席に座っているサーニャの足元で、子犬のように丸くなって寝ていた。ピキは、成長の早いヘグニ族の子供であるはずだが、アルヴァック号の乗組員となって既に一か月以上経つのに、まったく体長が伸びず、相変わらず、二頭身近い愛嬌のある姿のままだった。
カーラとサーニャは、年齢論争をしばらく戦わせていたが、お互いにしゃべり疲れて、最後は、いつもどおり曖昧な決着のまま矛を収めた。
「ところで、サーニャ。今日の晩飯はどこに行く? アスガルドには連邦中の美味い物が集まっているからな。久しぶりに、ぱぁ~と行くかあ?」
「良いにゃあ! やっぱり飲み食いが一番の楽しみだからにゃあ」
「そうだろ。船長は何が良い?」
カーラとサーニャが、後ろの船長席の方に振り向くと、シャミルは、椅子の背もたれに体を預けて、少し首を傾げた格好のまま、珍しくうたた寝をしていた。その寝顔のあまりの可愛さに、思わず赤面してしまうカーラとサーニャだった。
「せ、船長もお疲れだにゃあ」
「そ、そりゃそうだ。ここんとこ休み無しで航海しているからな。それに船長は、アタイらの倍の時間、艦橋に詰めているからな」
「そうだにゃあ。そっとしておいてあげるにゃあ」
二人はゆっくりと前に向き直り、シャミルを起こさないように、小さな声で艦橋スタッフに指示を出したりして、船長が指示を出せない時にはその代理を務める副官たる職務に専念し始めた。
シャミルは夢を見ていた。探検家としてスタートを切った頃のことを……。




