Scene:08 ニズヘッグⅦ再び(4)
「おのれ! まだ生き残りがいたか! 全員突撃!」
キャミルはエペ・クレールを抜いて、先頭を切ってトカゲの一団に突進して行った。
マサムネと兵士達も遅れることなく抜刀して、キャミルに続いた。
「アタイも行くよ! 船長」
カーラはシャミルの許可を得る前に、すでにキャミル達の後を追っていた。もちろん、シャミルも止めるつもりはなかった。
ヘグニのベビールームは一転して戦場となった。
子供トカゲ達は逃げ惑っていたが、襲って来た大人のトカゲ達は、その子供達を保護するような行動も取らず、ひたすらキャミル達に戦いを挑んできて、子供トカゲを踏みつけながら戦いを続けるトカゲ達もいた。ヘグニ族には、卵から生まれる子供達に対する愛情という感情は持ち合わせていないようだ。
トカゲ達は、その鋭い牙で噛みついてきたり、太い尻尾を鞭のように振り回したりするなど、まるでかつて太古のテラに生息した肉食恐竜のように戦っていた。ヘグニ族は、星間飛行を開発している技術力を持っているにもかかわらず、自らの身体の戦闘力を強化させる進化を遂げてきたことから、戦闘のための道具を開発してこなかったのかもしれなかった。
キャミルとアルスヴィッドの兵士達は、狭い空間の中で敵味方が入り乱れての戦闘での相打ちを避けるため銃を使わず、剣を振り回しながらヘグニ族と戦っていたが、まるで鎧のように固い鱗で体が覆われているヘグニ族に対して、キャミルのエペ・クレールや、マサムネの先祖伝来の日本刀「マサムネ」はその鱗を突き刺し又は切り裂くことができたが、他の兵士達が持っている剣は歯が立たなかった。
「腹だ! 腹を狙え!」
マサムネは、固い鱗がトカゲ達の腹部には無いことに気が付いたようだ。大きな声で部下の兵士達に伝えた。
それまで一進一退だった状況は、マサムネのアドバイスで、キャミル達の方が優勢に立った。キャミルの部隊は次々とトカゲ達を倒していったが、トカゲ達は次から次へとベビールームに現れてきた。
「どれだけいるんだい?」
カーラも思わず叫んだほど、きりがなかった。
サーニャは、ベビールームの壁際にシャミルと一緒に寄り添って、戦いの推移を見守っていたが、かかとに何かが軽くぶつかったと感じた。
サーニャが振り返りながら足元を見てみると、ヘグニ族の卵が一個、転がっていた。サーニャは、サッカーボールのようにその卵を足で軽く蹴って遠くに転がすと、また、シャミルの方を向いたが、また、すぐにかかとに何かがぶつかった。振り返って見ると、おそらくさっきと同じ卵が、またサーニャの足元に転がって来ていた。サーニャはまた足で軽く蹴って遠くに転がしたが、逆回転するようにサーニャの足元に転がって戻って来た。まるで、サーニャの足元に寄りついて来ているようで、さすがに何回も同じようなことをしていると、サーニャもその卵が気になってきて、周りを見渡して、みんな戦闘に集中していて、誰もサーニャの方を見ていなかったことから、こっそりとその卵を背中のリュックの中に入れた。
一方、シャミルは、ベビールームの周りを用心深く見渡してみたが、出入り口は産卵場に続いている穴だけであり、そこから次々にトカゲ達がベビールームに入って来ていた。シャミルはゆっくりとその穴の所まで移動して、向こう側を見ると、トカゲ達は産卵場の入口である穴、つまりシャミル達が産卵場に入った時に通った穴から入って来ていた。
ちょうど、キャミルがシャミルの側にやって来た。
「シャミル! 大丈夫か?」
「ええ、私なら大丈夫です。それよりキャミル。ヘグニ族は、私達が通ってきた廊下の方から来ているみたいです。それと……」
「それと?」
「何となくですけど、一定の間隔を置いて出てきているような気がして……。つまり、順番に出て来ているような感じです」
「……とにかく、廊下の方に行ってみよう。マサムネ!」
「はい!」
マサムネがヘグニ族をぶった切りながら、キャミルの側にやって来た。
「どん詰まりのこの部屋にいてもきりがない。こっちから打って出る! 敵がやって来ている方に行く。援護を頼む!」
「承知!」
そう言うと、キャミルは産卵場への穴を通って、その通路を廊下に向かって走った。
「サーニャ! 私達も行きましょう」
「えっ、行くのかにゃあ?」
「そうです」
シャミルとサーニャもすぐにキャミルの後を追った。
キャミルは産卵場の通路で反対側からやって来るヘグニ族を相手に戦いながら、少しずつ前に進んでいた。
マサムネもすぐにやって来て、露払いのように、キャミルの行方を阻むヘグニ族を切り倒していき、キャミルとシャミルそしてサーニャの三人はその隙を縫って、廊下に出た。
廊下でも襲ってくるヘグニ族を切り倒しながら、やっと三人は廊下が十字になっている所まで戻ってきた。束の間、襲って来る敵の姿が途切れていた。
「アルスヴィッドが着陸したデッキがあるのがこっちだったな。すると、後はこっちとこっちだが……」
「サーニャ!」
シャミルに言われるまでもなく、既にサーニャは聞き耳を立てていた。
「あっちからヘグニ族が歩いて来ている音がするにゃあ!」
シャミル達は、その方向に向けて廊下を進むと、前からヘグニ族が襲って来た。
しかし、すぐにマサムネと兵士達がキャミルのサポートに回った。
「艦長! 向かってくる敵は我々が相手しますから、スルーして先に進んでください!」
「マサムネ! 頼む!」
キャミルとシャミルそしてサーニャは、敵をかわしながら、前に進んでいくと、また穴の先に部屋があった。
三人がその部屋の穴の所まで行って、中を覗くと、中には大勢のヘグニ族がたむろしていた。そして、後ろから押し出されるように、その穴から外に飛び出して行っていた。
「キャミル! あれを!」
シャミルが指差した先であるその部屋の奥には、階段状に高くなっている場所があり、そこには、直径約二メートル、高さは約四メートルの円柱形の透明なカプセルが三本、柱のように立っていた。そして、その何もない透明なカプセルの中に、放電された稲妻のような光が何筋も見えたと思うと、次の瞬間にはヘグニ族がそのカプセルの中に現れていた。カプセルの前面が開いて、ヘグニ族が外に出ると、またカプセルは閉まって、同じようにヘグニ族をその中で出現させており、三つのカプセルから次々に新たなヘグニ族が現れていた。
「何だ、あれは? まるでヘグニ族が瞬間移動して来ているみたいだが」
「まさに瞬間移動ですね。さっき話した小型のワープ装置じゃないでしょうか」
「ワープ装置! 宇宙船のみならず、推進力を持たない生物まで、あんな小型の装置でワープさせることを可能にしているのか?」
「正確なところは分かりませんが、事実として、ヘグニ族の兵士が止めどなく送られてきているということは間違いありません」
「あの装置を破壊しないことには、きりがないというということだな。それなら破壊するまでだ!」
そう言うと、キャミルは一人で、その装置のある部屋に入って行こうとした。
「キャミル! 一人では危ないです! その部屋はヘグニ族で溢れています。マサムネさんが追いつくのを待っているべきです」
「こうやって待っている間にも、ヘグニ族は次々と来ている。アルスヴィッドの兵士達の犠牲もそれだけ大きくなる。私にとってはもう一刻の猶予もない。私は行く!」
「でも……」
「ならば、シャミル! 私に力を与えてくれ!」
「えっ?」
「今、この右手に持っているエペ・クレールが震えているのが分かる。私に行けと命じている。そして私ならできると教えてくれている。だから……、シャミルの力を私に分けてくれ! ヨトゥーンでシャミルがやったように!」
シャミルは、仕方がないという笑顔をキャミルに向けた。
「……もう、あなたはどんどんと前に向いて走ってしまうから、ハラハラします。でも、止めても止まらないのでしょうね?」
「そうだ! これは、……部下達の弔い合戦でもあるんだ! 『恥ずかしがり屋のうさぎ』で会ったあの子に私は約束したんだ!」




