Scene:06 ニズヘッグⅦ(2)
カメラの画面から目を上げたシャミルは、身長二メートルほどのトカゲのような生物が一匹、岩の近くに立って、シャミル達を見つめているのを見た。
まるで古代のテラに生息した二足歩行の恐竜に似た生物で、大きく開いた口からは鋭い牙が飛び出しており、手と言った方が正確と思われる小さな前足と、逞しく筋肉が付いた後ろ足、そして太く長い尻尾があった。
オレイハルコン探査機を座って操作していたカーラとサーニャも気がついて、思わず立ち上がった。
「何だい、あいつは?」
「どこから出て来たんだにゃあ?」
シャミル達が驚いている間にも、同じ岩陰から、次々にトカゲ達が出て来て、十匹ほどのトカゲ達が横一列に並んだ。
「カーラ! サーニャ! 逃げましょう!」
とてつもなく邪悪な意思が感じられたシャミルは、早々に撤退を決めた。
オレイハルコン探査機もそのままにして、三人はアルヴァック号に向けて走り出そうとした。しかし、ニズヘッグⅦの重力は、シャミル達が走る速度を抑制させたし、一方、トカゲ達は、信じられないほどのスピードで走り寄って来て、あっという間に、シャミル達を取り囲んだ。そして、じりじりとその包囲網を狭めてきた。
「どうする、船長?」
作業用宇宙服を着ている三人は武器を携帯していなかった。アンモニア大気に覆われた、この荒野に生物などいないと勝手に判断していた。
「突破するしかないですね。カーラ、できますか?」
「やるっきゃないだろ!」
カーラが先頭となり、その後ろに隠れるようにシャミルとサーニャが続いて、一直線状になって、アルヴァック号の方向にいたトカゲに突っ込んで行った。
カーラは、そのトカゲにタックルを喰らわしたが、トカゲはびくともしなかった。逆にそのトカゲはカーラに頭突きをしてくると、カーラは、その後ろに立っていたシャミルとサーニャを巻き込みながら吹き飛ばされてしまった。
すぐにシャミル達は起き上がったが、トカゲ達はますますその包囲網を狭めてきた。
「最近、体重が増えたカーラが飛ばされるにゃんて!」
「うるさいよ!」
こんな時にも冗談が言える副官達のお陰で、こんな危機的状況の中でも冷静になれたシャミルは、アルヴァック号からシャミル達に向けて照射されているサーチライトが眩しく感じられたことに、文字どおり「一筋の光明」を見出した。
「カーラ! サーニャ! 頭に付いているライトを一斉に点灯させましょう!」
「えっ、どうして?」
「今、説明している暇はありません! アルヴァック号の方向に向けて、……三、二、一、スイッチオン!」
三人が一斉にアルヴァック号を背にして立っていたトカゲに向けて、作業用宇宙服の額部分に付いているライトを点灯させると、そのトカゲは思わずひるんで頭を下げた。
今度は、シャミルが先頭を切り、三人は、そのひるんだトカゲの脇を通り抜けて、包囲網を脱出すると、一目散にアルヴァック号に向けて走った。
そして、シャミルは走りながら、ヘルメット内蔵の通信端末でアルヴァック号の艦橋に指示を出した。
「サーチライトをトカゲ達に向けてください!」
シャミルの指示により、アルヴァック号のサーチライトの向きが、シャミル達からトカゲ達に変えられた。シャミル達を追って来ていたトカゲ達に、直接、強烈なライトの光が照射されると、トカゲ達の足が止まった。
その隙に、シャミル達がアルヴァック号に逃げ込むと、アルヴァック号はすぐに離陸をし、上空百メートル付近でいったん停止した。
シャミル達が、作業用宇宙服を脱いで、艦橋に戻り、モニターで地表を見てみると、トカゲ達はアルヴァック号を見上げながら、その場に立ち尽くしていた。
「やれやれ、アンモニアを吸って生きているトカゲがいるとはねえ。しかし、あいつら、何を食って生きているんだ?」
あのトカゲ以外の生物がいる痕跡のないニズヘッグⅦで、どのような食物連鎖が構築されているのか、カーラでなくとも疑問に思うところだ。
「あのトカゲ達は、岩陰から突然、出て来たようでした。それに、あのトカゲの容姿は……」
シャミルが何か引っ掛かっていたことを話そうとした時、艦橋スタッフが声を上げた。
「四十五−〇四−〇二に飛行物体確認! 距離千! 当船に向かっています!」
「何だって! 距離千! 何で、そんな近くに来るまで気がつかなかったんだよ?」
カーラが索敵係に訊いた時には、既に、アルヴァック号の十倍ほどの大きさがある、円柱形の宇宙船が艦橋モニターに大きく映し出されていた。
「全速発進! 八十七−七十七−六十七に反転!」
シャミルの指示でアルヴァック号が進行方向を変えた直後、円柱形の宇宙船から放たれた砲撃のビームがアルヴァック号をかすめた。
アルヴァック号は、円柱形の宇宙船からほぼ直角の角度の方向に向きを変えると、エンジンをフルパワーにした。円柱形宇宙船からはビーム砲撃がされたが、アルヴァック号は小刻みに船体を揺らしながら飛んでいき、巧みにかわした。
速さを追求した流線型のアルヴァック号は、大気圏内であっても空気抵抗を最小限にすることができ、見る見ると円柱形宇宙船を引き離していき、あっという間に宇宙空間に飛び出した。
「とりあえずは逃げられたみたいだにゃあ」
サーニャの一言で、艦橋スタッフも、それまで張りつめていた緊張の糸が緩んだように、大きく息を吐き出した。
「でも、船長。今の宇宙船はどこから現れたんだろうね?」
「レーダーに突然、現れました」
索敵係が言い訳のように言ったが、もちろんシャミルは、索敵ミスだとは思っていなかった。
「考えられることは、地表から出てきたか、本当に突然、何もない空間に現れたのかのどちらかでしょうね」
「でも、あんな宇宙船が地表にいたら気がつくはずだよ」
「ええ、だから、……例えば、地下から出て来たとか」
「地下から? 地下に宇宙船の基地でもあるとでも言うのかい?」
「あくまで推測ですけれどね。それより、あの宇宙船は……」
シャミルの頭の中にはキャミルの顔が浮かんでいた。




